109.After the Thursday Diner アフター・ザ・サーズデイ・ダイナー
文国ヨヤアサ南東部。ストラグラー家領にて。
シュラたちと合流したネロアは、本邸を出て、ここから離れた位置にある、二回りほど小さな屋敷を目指して、広い庭園を両断する石畳の道を歩いていた。
そこにいるとされる、ストラグラー家の首領、『父上』に会い、今回の乱に終止符を打つためにだ。
歩きながら、ネロアはここまでのことを思い出して、つぶやく。
「いやぁ、短いようで長い旅でした。まさか平和で有名な文国でまで、このような騒動に巻き込まれるなんて」
すると右隣にいるシュラはペコリと会釈して、
「本当にすまない、ネロア君。なんでボクはわざわざこんなことをしたのか、今となっては理解に苦しむよ」
さらにシュラの右隣にいるブラゼファも頭を下げ、
「我輩からも、すまなかった。あのような卑劣な手段で貴方のような偉大な方を拐うとは、いくら盟約があるとはいえど、酷い行いをしてしまった……」
「なんかもう、すっかり協力者になってるなコイツ……」
ネロアの左にいるエマヌエスは、ボソッとツッコんだ。
ネロアはブラゼファの方を向いて言った。
「僕は別に酷いとは感じていませんよ。ロジスティクス神戦そのものを止めて、自国を守るという思いは、決して間違っていませんから。ただ、いくらかやり方を間違えていたというだけで」
「……ネロア殿、シュラ殿。今の我輩の立場上、これから言うことは不適当やもしれぬが、何卒、寛大に受け取っていただきたい。
貴方の言う通り、ストラグラー家は悪を滅ぼしたいわけではなく、悪に打ちのめされた弱き人々を守りたかっただけだ。
そしてその使命は今後も、この大陸には必要であると我輩は信じておる。
だから、どうか、二方に頼む。如何なる形であっても構わぬから、ストラグラー家の存続だけは容赦して頂きたい」
「わかりました、僕は……」
と、ネロアが言い掛けた瞬間、シュラは彼女の口の前辺りに手のひらを出して、
「すまないネロア君。ここだけはボクに任せて欲しい。いい加減、こういうことはヨヤアサの化神官が沙汰を決めなくては情けないだろう?」
「……そうですね」
シュラはネロアからブラゼファに目線を移し、穏やかに言った。
「いいとも。ただ、その形は、これから父上との対面を経てから決めさせてくれ」
「はっ、仰せのままに……」
石畳の道をたどり続け、シュラたちはその中間辺りに達した。
そしてそこに、杖をついた白髪と長髭を持つ男――ストラグラー家の『父上』が立っていた。
その存在を確認するや否や、シュラとブラゼファは彼の前で跪く。ネロアたちトードイスムカ勢も、礼儀としてそれに合わせて片膝をつく。
「お初にお目にかかります。シュライベン=ブラット=グリュムです。
この度は、貴方がたの字都襲撃の件で参りました」
父上は最小限に口を開き、シュラたちへその老人のような低い声を聞かせる。
「……詳しく要件を言え、シュラよ」
「貴方がた、ストラグラー家の評判は聞いております。
各国で落ちぶれたプレイヤーたちを拾い上げ、再起のチャンスを与える献身的なギルドであると。
だからこそ、近い日に行われるロジスティクス神戦に反対し、その逆の考えを持つボクを捕らえ、文国を参戦させないようにした。そこまでの話は貴方の子息から聞いています。
ですが、何故、貴方が字都襲撃と化神官誘拐を前提としているこのような過激な方法で――しかも、いくつかの不運が重なったためでもありますが、死国の方々まで巻き込んで――参戦を止めようとしたのか。
その、あまりにもストラグラー家の主がするはずのない悪行に手を染めた理由を聞かせていただけませんか?」
父上は平板な声で返す。
「……貴様はもう公子四人を無力化し、ネロアも救い出した。もう儂らの脅威から十分逃れられているではないか。
なのに、なぜ儂の行動の真意を知りたい?」
対するシュラは、今までに誰も見せなかった、化神官としての意気に満ちた、真剣な眼差しで彼を見上げて、こう答えた。
「……文国の長として、この一大事に最良の決断を下すため、偉大な貴方の考えを聞いておかねばならないと思ったからです。
もし答えたくないのなら、大人しく帰ります。ただし、貴方がたの願いは考慮いたしかねますが。どうでしょうか?」
父上は、シュラへ尋ねた。
「……貴様は、【文神の執筆】なるスキルの副次効果で、儂のステータスを一部覗けるのだろう?」
「はい」
「では、それで儂の名前を言ってみろ」
真意は掴めていないが、シュラはその要求に素直に答え、父上の名前を堂々と答える。
「『アンソニー=シェイクスファーザー=ストラグラー』でしょう?」
「……そうだ、それが俺の名前だ。それで、何か思うことはないか?」
「……失礼を承知で言いますが、四公子と比べるといささか捻りが足りていない気がします」
「そうか。やっぱり、俺が一番望んでいる返しは出てこないか……」
父上――アンソニーは首を前に傾け、そこに片手を添える。
そして髪と髭を掴み、頭を上げる。と、片手には髪と髭が塊となって丸々残り、アンソニーは、髭に覆われていない素顔と、若緑色の地毛を顕にした。
ブラゼファは主の真の姿に、思わず驚嘆する。
「なんと……父上は、御老人ではなかった……」
アンソニーは変装道具のカツラと付け髭を、虚空に突き出しつつ――自分のアイテムボックスに収納しつつ、
「……そうだ、ブラゼファ。かれこれこんな変装をして、父上と呼ばせて、さも年上感を出していたが、実際はさほど年の差は無いんだ」
シュラはアンソニーに尋ねる。
「それでアンソニー君、貴方はどうして、ボクに名前を答えさせて、ボクたちの前でご年配の変装を解いたんですか?」
「……この顔を見てもわからないか。あの時とほぼ同じようにキャラメイクしたというのに。
そうだよな、所詮みんな、その程度の認識だものな……」
と、アンソニーは一人でボソボソと嘆いた後、
「……お前たちは『サーズデイ・ダイナー事件』を知っているか?」
シュラ、ネロア、ブラゼファ、十殺の五人は、揃って首を縦に振った。
ここで一つ解説を入れるとしよう。
サーズデイ・ダイナー事件とは、ロジスティクス・サーガがリニューアル後間もない頃、現実で起こった事件である。
事の経緯を簡潔に言うと、とあるプロゲーマーが化神官に就任して、そのアカウントデータを手に入れようとした資産家が、現実のダイナーでそのプロゲーマーに手下を送りつけ、店内で銃撃沙汰にまで発展し、最終的にはその資産家が逮捕された。というものだ。
幸い、被害者は軽症者数人で済んだものの、現実にまで騒動が広がったことを重く受け、ロジスティクス・サーガ運営は各被害者に誠実で手厚い対応を行った。
ロジスティクス・サーガ内でも、化神官に就任した場合、その素性を『非公開』とするなどの仕様を改善し、事件再発を防いだ。
「けど、お前たちは知らないだろう。このクソみたいな事件の最大の被害者が、あの後どうなったのかを。
そしてそいつが、今お前たちの目の前にいることを」
アンソニーは自分を指さしながら、こうカミングアウトした。
*
アンソニーは当事件の一番の被害者として、ロジスティクス・サーガ運営から、最大限の謝罪と賠償を受け取った。
アンソニーは、非常に誠実な対応であったと認めており、今も昔も運営のことを恨んではいなかった。
もしよければ、何一つ怪我しなかった自分よりも、無関係にも関わらず怪我した人たちのほうを構ってほしかったと思っていたくらいだった。
けれども、やはりあのような事件に出くわしたというトラウマは強く、彼は文神ユールコアに化神官の座を返上し、ロジスティクス・サーガを引退した。
それからは心機一転、別のゲームを専門とし、プロゲーマーとしての活動を再開しようとした。
ところが、周りがそれを許してくれなかった。
彼の両親は、その世代にはありがちなゲームに対して懐疑的な思想を持っており、この事件をやり玉に挙げて『こんな社会の為にならない仕事をするな』と、再三に渡って要求した。
彼が所属している団体のメンバーや同業者からは、『アイツはロジスティクス・サーガからの補助金で豪遊している』、『実はあの事件はアイツの売名行為』などと根も葉もない陰口を受けた。
さらに、行く先々で出会っただけの人たちからも、自分の素性が報道に乗ったわけでもないのにも関わらず、『こいつと関わるとギャングに襲われるから』と言わんばかりの冷たい対応をされることが多くなった。
そうした社会からの二次災害にさらされつつあった結果、アンソニーの心は荒んでいき、団体を辞め、家族とも絶縁し、自分の家に籠もり、貯金を切り崩す虚しい生活を送ることになった。
そんな中、アンソニーはその時の何となくの気分で部屋の片付けをしようしていた時、未開封のロジスティクス・サーガのVR端末を見つけた。
運営が謝罪の際に、『もしまた戻りたくなったら、こちらで新しいアカウントに生まれ変わってください』と言われて渡された粗品だった。
この発見に、アンソニーは何か運命的なものを感じ、よくあるダメな話にならないようにきっちりと部屋の片付けを終えてから、端末を起動した。
プレイヤー名、キャラクターの容姿、ジョブなど、何もかも、サーズデイ・ダイナー事件以前のアカウントと同じものにした。
ロジスティクス・サーガの中でなら、自分のことを知っていて、温かく迎えてくれる人がいるのではと祈ってのことだった。
しかし、ネットの世界での事件は流行り廃りが激しいのが世の常。アンソニーのことを覚えているプレイヤーは、誰一人いなかった。
前のアカウントでお世話になっていた、文国ヨヤアサに帰っても、結果は変わらなかった。
やがてアンソニーは、淡い期待をした自分が情なくなり、森の老賢者のような変装をして、キャラメイクの失敗を誤魔化すようになった。
ただ、ロジスティクス・サーガ自体はやめなかった。
いつかは自分の噂を聞きつけてくれる人がいるのではと思い、ヨヤアサ南東部の土地を手に入れ、そこでヨヤアサらしい、近隣住民とのコミュニケーションや土地耕しをメインにしたスローライフを送りつつ、待っていた。
そうすることゲーム時間でおおよそ一年。
アンソニーの家に、一人のプレイヤーが訪れた。その名前は、ツィムブレン・オーヴェノムという
ツィムブレンは、居場所がなく、金銭も物資もギリギリのまま各国を放浪していたという、誰が見ても可哀想な様子のプレイヤーだった。
アンソニーは当然、彼のことを憐れみ、しばらく自宅に泊めさせることにした。
そんな中、アンソニーはツィムブレンが何故こうなったのかを尋ねた。
するとツィムブレンは、ざっとまとめると『自分は元命国ミレアの化神官であり、ミレアの発展のため身を粉にして働いたが、政争に敗れ、誰からも救いの手を差し伸べられないまま、国を追われた』と話した。
化神官は国の頂点として、ある程度の尊敬を集める者であるはずなのに……と、自分自身も元化神官として、ツィムブレンの話に同情し、ひどく心を痛めた。
同時に、アンソニーは思い出した。
自分の家の近くにいる住民たちも、元々別の国にいたのだが、そちらでの情勢や人間関係に恵まれず、ヨヤアサに移り住んだ者が多かった。
ここでアンソニーは決心した。
そういった他国で落ちぶれた者たちを救済するためのギルドという、自分の新しい居場所を作りたいと。
*
アンソニーは、シュラたちに自分の過去と、ストラグラー家の原点を語った後、
「そう言えばシュラ。お前は『何故、俺があまりにもストラグラー家の主としてするはずのない悪行に手を染めた理由』を聞いていたな?」
「そうだね。その時は君が別の質問をしてきたから流れちゃったけど」
「すまない。では、それについて今答える……俺は、居場所を失うのが本当に怖かっただけなんだ」
「居場所を失うというのは、言葉通りロジスティクス神戦の結果でストラグラー家に何らかの被害がふりかかることだけじゃないよね?」
アンソニーは薄っすらと目を潤わせながら答える。
「そうだ。これに関連して、また俺は誰にも見向きもされなくなることが怖かったんだ。
神戦が起こるという報道を知ってから、ギルド中が怯え始めた。もしかしたらストラグラー家が滅ぶかもしれないと。
ブラゼファはドーンと構えて『もしそうならば我輩が先頭に立ち、ヨヤアサの盾とならん!』と頼りになることを言っていたが……」
「はっ、覚えてくださり光栄であります!」
「……他の三きょうだいは、そこまで激しく取り乱してはいなかったが、俺に対応を迫っていた。
そこで俺は、ストラグラー家を立ち上げてから初めて大きな難題を突きつけられたことに焦り、自分の直感に自信を無くし……そしてシュラが『ロジスティクス神戦についての演説』を行うと知った途端、俺は、もう冷静じゃいられなくなった……ブラゼファ」
「はい、何でしょう?」
「お前が間違って、シュラではなくネロアを連れてきた時、俺は本当は、カツラと付け髭を落として、大泣きして喜んでやろうとしていたよ……だって、これなら直接、ロジスティクス神戦そのものを止められるんじゃないかとしれないから。まぁ、それはそれで三人にびっくりされるから、すんでのところで抑えたが。
けれども、やっぱり現行の化神官の壁は、落伍者には高すぎた……おかげさまで、公子のうち三人はゲームオーバーとなり、家主も、ご覧の通り、二人の化神官に追い詰められるのだからな」
そしてアンソニーは杖を無意識に手放し、両手で目を拭ってから、
「ではシュラ、今度はこちらから聞かせて欲しい。お前は、俺とストラグラー家をどうする気だ?」
それにシュラは即答する。
「別に、もうどうともしないよ?」
「……は?」
「……なっ!?」
「……ええ!?」
その瞬間、アンソニーとブラゼファ、それから死国の面々は、口をポカーンとしたり、過剰に辺りを見渡したりと、各々のやり方で驚いた。
その中で、シュラはアンソニーに言う。
「君たちの兵を何千と倒した。君の公子を三人も倒した。屋敷もなかなかに散らかしてあげた。これだけされれば、君はもう、十分報いを受けたと思うんだけどな?」
「た、確かにそれはそうかも……だが! いいのか!? 特に我々は、お前の化神官命令に従いロジスティクス神戦に家ごと参戦するつもりすらあったのだぞ!?」
「ああ、そういうことね……それはいいよ。だってボクはずっとスタンスを変えてないから。『文国の方々は、来たいのなら、ぜひ来て欲しい』って。
なのに、君たちストラグラー家だけ強制的に越させちゃあ、お互い印象が悪いじゃないか。
まぁ、もしストラグラー家が、本心から参戦したいのであれば、普通にそうしてくれても構わないよ。もっとも、その本心は、今もあまり積極的ではなさそうだけど」
「……ああ、そうだ。今回の件を経ても、やはり私個人としても、家全体の意見をまとめても、ストラグラー家は神戦には無干渉の立場を置きたい。
しかし、今回の件を踏まえ、ストラグラー家は化神官の考えを尊重し、もう、ロジスティクス神戦への文国参戦を止めない。シュラ、お前の健闘をヨヤアサから応援する……」
「そうかい。その言葉を聞けて嬉しいよ」
「……ただ、一つだけ頼みがある」
「だよねぇ。そう都合よく綺麗さっぱり終わるわけないよねぇ……で、頼みって何?」
アンソニーは、倒していたままの杖を拾い、それで石畳を突き音を鳴らす。
と、その杖の、上に向けているほうの一端に、一体の小さな竜が止まる。蝶のように鮮やかに緑に輝く四枚羽を生やした、幻想的な竜だ。
「これは俺がストラグラー家で初めて生み出した新種にして、俺の相棒【ファミリアドラゴン】だ。
今からコイツと俺とで、シュラ、ネロア、お前らが本当にロジスティクス神戦で活躍できるかどうか、最終試練をさせてくれないか?」
「ほう、そう来たか……どうする? ネロア君?」
シュラはネロアへ振り返ると、彼女は黙って首を横に振っていた。
シュラはこの意味を察し、ペコリと会釈した後、アンソニーへ答える。
「わかりました。ぜひとも、今のボクたちの力を試させてください!」
「ああ、思う存分かかってこい!」
と、答えた瞬間、今までシュラの横で片膝をついていたブラゼファが立ち上がり、父上――アンソニーの右横に立ち、ランスを構える。
「ならば、このブラゼファも、今一度ストラグラー家の誇りを見せつけるとしよう!」
「見せつけなくていい、ブラゼファ」
「ええっ、し、しかし我輩は……」
「ブラゼファ。お前は今日何度戦えば気が済む? それに、ラスボスは一人で立ちはだかったほうが様になるんだよ。
だからお前に今から盟約を追加で課す。『この最終試練中、お前は戦うな』……いいな?」
「……は、仰せのままに!」
と、ブラゼファは返事した後、スタスタと後ろの本邸に帰っていった。
「それでは気を取り直して、俺と戦う準備はいいか!? 『はい』か『いいえ』で答えろ!?」
シュラはレイピアを構え、堂々と答える。
「いいよ! さぁ、始めよう!」
「『はい』か『いいえ』で答えろと言ったのだがな……まぁいい。では、最終試練、開始!」
アンソニーは、ファミリアドラゴンが止まる杖を自分の正面へ動かし、その蝶の羽と、自分の顔が重なった瞬間に、こう詠唱する。
「【人竜一体】!」
するとアンソニーの姿は幻想的に変化する。蝶の羽を模した仮面を被り、背中からは枝葉で構成された四枚の羽が生え……妖精の王のような姿になった。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【ファミリアドラゴン】
分類:モンスター
ランク:オリジナル
レベル:80
ストラグラー家の創始者、アンソニーが独自開発したドラゴン。ストラグラー家が最初に生み出した魔物であり、家の歴史の原点とも言える存在。
人の仮面ほどの体長かつ、四枚の羽を生やしており、あたかも蝶のような外見をしている。
魔法の出力を増幅する鱗粉を常に放ち、主のサポートを行う。反面、肉弾戦がまるで出来ない。
そしてこれを、アンソニーはジョブ【竜騎士】として……




