108.Control Poison with Poison コントロール・ポイズン・ウィズ・ポイズン
これは約五年前(※ロジスティクス・サーガ内時間)、命国ミレアでのこと。
当時、ミレアは特有の肥沃な大地を狙われ、日夜他国からの侵攻を受け続けていた。
この状況を打破するため、ミレアの主である命神キトァミァは、ツィムブレンを新たな化神官に任命した。
彼は神に気に入られた治世の手腕を発揮し、軍事力の増強を図った。
しかしこれはあまり効果を発揮しなかった。何故なら、肝心のミレア・プレイヤーが、国に貢献することに奮起せず、惰性で国の予算を吸うだけの存在になっていたためである。
この腐敗を正すため、ツィムブレンが用いたのは、刑罰の厳格化という劇薬だった。
強盗や私闘などはもちろん、些細な遅刻や報告漏れなども、平等に重罪とし、二度と悪事が働けないように罰を下した。
当時のツィムブレンが所持していた化神官のスキル、【命神の粛清】――一つの敵を対象とし、それのHPがゼロになるまで、天から光の柱を降り落とす。
彼はこれを用い、リストアップした罪人を次々と塵芥に変えていったのだ。
やがてミレア国民は皆、化神官の元、ミレアへ平等に貢献させられる存在となった。
そしてミレア軍はようやく、各国の侵略軍を防衛出来るようになった。
だが、それ以上先の展開はなかった。
各々の目の前の敵を退けること。
後ろにいる君主から、余計なことをしたと裁かれないように立ち回ること。
この二つの脅威を相手することに疲れ、さらなる奮闘をする余裕がなくなったのである。
やがてその疲労は国内全体に、プレイヤー人口の減少という悪影響を及ぼし始めた。
当然その数だけ国力も減っていく。これを埋め合わせるべく、ツィムブレンはさらに刑罰を重くし、残ったプレイヤーたちのアザだらけの身体に、さらなる鞭を打ち付けるのだった。
しかし、この人の心がないミレアの現状を憂い、ある男が立ち上がった。
その男の名前はスベラゼルカ・シーボル。
ミレアの首都【純都】からやや距離を置き、持ち前の優れた交渉術を生かして地方の流通の発展を促していた人物である。
彼はこのやせ細っていくミレアを、再び豊かにするため、ついに純都に本拠を置き、文化や流通の強化などの独自の活動を通して、ミレアの経済を潤していった。
すると多数のプレイヤーたちが、ツィムブレンの国策を無視し、彼を真にミレアに必要な為政者であると持て囃し始めた。
言うまでもなく、この身勝手な行動をツィムブレンは問答無用で制裁した。その根源たるスベラゼルカもだ。
しかしスベラゼルカは何度光の柱に撃たれてもなお、この活動を止めなかった。
彼がリスポーンする度、彼を押し上げる声は大きくなっていった。
そしてこの状況を見かねた命神キトァミァは、国民の命運を分ける提案を、二人へ持ちかけた。
ツィムブレンとスベラゼルカ、どちらが化神官にふさわしいかを、全国民に投票させる。というシンプルな提案だ。
二人は自分の正しさを知らしめるため、二つ返事で了承し、この提案は実行された。
その結果、投票者全員から賛同の票を受け、スベラゼルカは新たな化神官に就任した。
一方、文字通りの意味で誰からも認められなかったツィムブレンは、人知れず、命国ミレアを去った。
そして、ツィムブレンは孤独な大陸の放浪の果てに、あるプレイヤーと出会った。
そのプレイヤーが、後のストラグラー家を作り上げた『父上』である。
*
「……その後の、スベラゼルカの末路は、貴様も薄々把握しているだろう。」
「ええ、僕の友達から大まかに聞いたことがあります。あの方でもミレアの危機を救いきれず、ヴァイスさんにクーデターを起こされたと」
「さらにそのヴァイスの現状は……ネロア、貴様が一番知っているだろうな」
「……はい」
そこからツィムブレンは、呪詛のようにネロアに語り、
「スベラゼルカは論外として、ヴァイスも考えが甘かったのだ。
何がミレアの経済の発展だ、何がミレアのプレイヤーの努力思考の上昇だ。そんなこと言いながらも、奴らは誰かに負けたではないか。
それはそうだ。奴らは皆、他人に期待したのだから。
所詮人間など皆愚かなのだ。その愚かさが信頼という形で掛け合わされることによって、奴らがしでかしたような大罪が生まれるのだ。
だから俺は、信頼も協力も、すべて罰に置き換えて考えている……さすれば、全員が余計なことを考えず、厳粛に自分の責務のみを全うできるのだから」
改めて、ネロアにライフルを向けて、
「ネロア。貴様だって例外ではない。貴様は今、ロジスティクス神戦という断頭台に上りかけているのだ。あれだけ大陸の秩序を乱したその報いを清算するためにな。
だが貴様はその罪を、死国はおろか、我々文国の民にまでなすりつけようとしているではないか。シュラとの絆という愚かなものを依り代として。
だから俺は、ここでまずその代償を支払わせるべく、ここにいる。リタイアメントビーの能力により完膚無きまで貴様を心身ともに敗北させ、自分が愚か者であることを知らしめるために……」
一理ある。ネロアはそう思った。
もし自分があのままトードイスムカを救わないでいれば、そこの者たちは苦しむだろうが、そうしない方がその他七国の人々はきっと、負担が軽くなっていただろう。
このロジスティクス神戦に限っても、シュラと共に、無理にヨヤアサの協力を呼びかけなければ、ストラグラー家を巻き込んでのこの騒乱も起こらなかっただろう。
確かに今まで、自分が起こしてきた良い結果も悪い結果も、全部が全部、信頼のせいだった。
だから、ネロアはツィムブレンへこう語った。
「……確かに、この世の中は理不尽ですよね。誰かが良かれと思ってしたことが、巡り巡って他の誰かの不利益となる。そういう因果が永遠に巡り巡って、過剰な信頼になったり、当然の憎悪になってしまう。
そう考えてみると、人間っていうのは本当に愚かなのかもしれません。けど、だからこそいくらでも強くなれるんだと、僕は思います」
「……続けろ」
「はい。僕が尊敬していたアビスさんというプレイヤーが、こんなことを言っていました。『相手が何をしようとも、絶対に馬鹿にするな』と。
僕は今まで、この言葉を単なる礼儀とか、どんな行動でも裏があることの戒めだと思ってましたが、貴方のことを聞いて、別の見方が生まれたんです。
――その相手がいつか強くなってまた会ったとき、余計な因縁が生まれないようにするため。ということじゃないかと。
確かに人間ってのは全員、ダメなところをいっぱい抱えて生きているんだと思います。けど、それはずっと抱えっぱなしじゃない。少しづつ、少しづつ、改善したり、時には『信頼』で他の誰かと中和し合って、前に進んでいるんだと思います。
だから……」
ネロアもまた、自分の得物である剣をツィムブレンへ向けて構えて、
「貴方の言う罪も、それに対応するこの罰も、全部受け入れますよ! そしてそこから、僕なりの正しさを貴方に教えてあげます!」
「……そうか。あと『一手しか』行動できないお前がか?」
ええ! と、ネロアは自信を持って返事し、また別のアビスからの教えを暗唱する。
「最後の最後まで相手を倒すことを考えろ……まだ僕は、その考えを捨ててはいませんよ」
「そうか……なら、見せてみろ、死神の申し子が!」
そしてツィムブレンは、銃を構えたまま、ネロアの最後の一手を見守る――相手に選択の余地を与えて、そこからの行動を叩き潰す。この信条に則って。
「いいでしょう、では……!」
ネロアは剣に禍々しいオーラを纏わせて、
「【死神の凶器】!」
ワイヤーを伸ばしながら振り回し、周囲にいる数十匹の蜂と、主のツィムブレンを斬りつける。
先程のように、蜂は即死効果によってあっけなく全滅した。一方のツィムブレンには僅かなダメージが入った。
「俺ほどの実力者には即死効果は効きづらい……貴様が最後に選んだのは、こんな運任せの策だったのか?」
「……ええ、確かに、運任せであることは否定できません」
ツィムブレンはすぐに、庭に配備していた予備のリタイアメントビーを呼び出し、ネロアに最後の一刺しをするように差し向ける。
その時、彼女の周りには、倒した蜂からドロップした、いくつかの霊魂――食らえば通常の上位互換の状態異常になる【遺言】が浮かんでいた。
ネロアはその内の一つ――【強欲の遺言】を掴み、自らの身体に打ち込む。
数体の同族が、残りの【遺言】の肩代わりをして行く中、一匹のリタイアメントビーが、ネロアの身体にその毒針を突き立てた。
そんなことはお構い無しに、ネロアはツィムブレンに剣を振りかざす。
ツィムブレンは目を見開きながら、銃剣を掲げてこれを受け止める。
「俺は厳密に数えていたぞ……! 貴様がさっきので、十回刺されていたことを!」
ネロアは不自然に息を荒くしながら返す。
「ええ、確かに僕は十回刺されました。ですが、このお陰で、十回【毒】にはかかってないんですよ」
ツィムブレンはネロアが見せてきた、彼女のステータスウィンドウを確認する。
するとその状態異常の項目には、【毒】の表記がなくなっていて、代わりに【強欲】がそこを埋めていた。
「僕だけが生み出せる状態異常、【強欲】は【毒】の上位互換です。
僕が十回刺される前に、これになったことで、同系統で下位の状態異常に当たる【毒】はそちらに立ち位置を譲って消滅しました。
そしてあの蜂が十回目の針で僕を【毒】状態にしようとしても、【強欲】が優先されるため、それはできなくなったんです」
「つまり、俺のリタイアメントビーの特殊死亡条件のルール――『そいつに刺されて十回【毒】状態になる』ことは、【強欲】である限り満たせないということか……」
「ええ、その通りです! だからここから先は、僕が【強欲】のスリップダメージで死ぬのが先か、貴方が純粋に僕に負けるのが先かの勝負です!」
残りの蜂がごく僅かなダメージだけを与え続ける中、行動制限から解き放たれたネロアは、思う存分ツィムブレンへ持ち前の戦闘技術を披露する。
対するツィムブレンも、卓越した銃剣術を発揮し、ネロアの猛攻をしのいでいく。
HPが無くなる前に、HPの減少を早めるために、二人はこの中庭を熾烈な決戦場に変えた。
しかし、時が経つにつれ、その拮抗状態は崩れていった。
ツィムブレンが、ネロアの動きに合わせきれず、ダメージを貰う瞬間が増えていったのである。
この理由をツィムブレンは自覚し、唇を噛んでいた。
(ここまで激しい直接戦闘はいつ以来だろうか……細かいテクニックが、抜けてしまいやがった)
しばらくの間、ツィムブレンはリタイアメントビーを軸とした戦術によって戦っていた。
相手の毒カウントを増やすためにも、基本的な射撃や格闘の技術はしっかりと磨き続けていたものの、それ以上の腕はホコリを被ってしまっていた。
しかし彼はそれを気にしていなかった。彼にとっては、元あった自分の戦闘技術も信頼していなかったのだから。
その代償が今、ツィムブレンに降り掛かった結果、彼はだんだんとネロアに防戦一方となっていった。HPも、残り二割弱にまで減っていった。
ついにはネロアの蹴りによって、ツィムブレンはライフルを手放してしまう。
ツィムブレンは反射的にそれを拾いに行こうとする。が、まるで踏切のようにネロアが得物の剣をかざす。
「……勝負あり、だな」
「最後の最後まで……ここから先は、貴方でしたらきっちり覚えていますでしょう?」
「ああ、ならばやれ。貴様。無駄な慈悲で、貴様が先に【強欲】で死なれては、俺も腹が立つんだよ」
「ええ、そうですね……【蒙昧罪の断】!」
ネロアはツィムブレンを袈裟斬りにし、彼を消滅エフェクトに変えた。それと同時に、ネロアを意味無く刺し続けたリタイアメントビーも、どこかへと散り散りに飛び去っていった。
この時のネロアのHPは、全体の七パーセント……ツィムブレンの忠告は、まさしく的確だった。
「これにて、終わりましたね……」
ネロアは中庭を取り囲む箱型の屋敷の窓全てを見渡す。屋敷の防音性の良さからはっきりと聞こえないが、チラチラ見えるプレイヤーたちの喜びと悲しみが入り混じった困惑ぶりが伺えた。
そんな中、一人の男が屋敷の中から出てくる。ツィムブレンの執事のピープル、ハクスケーである。
彼は丸いトレーに、古びた小瓶を乗せて、ネロアの側に近づき、
「お疲れ様です。見事な勝負でございましたネロア様。こちらは、少しばかりの報酬でございます」
「これは一体……?」
「ツィムブレン様特製の解毒剤でございます。いかなる毒にも効き、カウントもゼロにできる優れ者でございます。どうぞ、お早めにお使いくださいませ」
「わ、わかりました……」
ネロアはお言葉に甘えて、その小瓶を口につけて傾ける。騙し討ちなどはなく、ハクスケーの言葉通り、本当に【強欲】状態が解除された。
ネロアは小瓶をハクスケーの持つトレーに置き直して、
「ありがとうございます……しかし何故、主を倒した僕にこんないいものを?」
「そう命じられておりましたから。私が雇われた直後にね。
……これはあくまで、私の経験からしてという話ですが、主様は自分を罰してくれる誰かを欲していたのかもしれません」
「自分を罰してくれる誰かを……して、もしその人が現れたら、この薬を渡して感謝するように、ということでしょうか?」
「先に言ってくれてありがとうございます。恐らくそうかもしれません。
これもあくまで、私の経験からしてという話ですが、人と言うのは、一度決めたことが後々いけないとわかっていても、それを続けてしまう性もありますから……」
そしてハクスケーはトレーを持ったまま踵を返し、屋敷に戻っていく。
「念のためお伝えしておきます。父上様は、この屋敷の奥に建てられた離れに住んでおります。もし用件があるのなら、そちらに伺ってください」
「わかりました。最後まで色々とありがとうございます、ハクスケーさん」
ネロアが後ろで礼をしたことを察して、ハクスケーは一旦振り向いて会釈し、そして屋敷の出入口をくぐって消えた。
その直後、数人のプレイヤーたちがドタドタとこの出入口から姿を現した。
彼らはいかつく武器を構えつつ、腰から下をガタガタ震えさせながら、ネロアへ叫ぶ。
「こ、この野郎、よ、よくもツィムブレン様を……」
「ゆ、許してや……許さんぞお前ェ!?」
「ここでお前を倒して、アタシは父上から褒美をたんまり頂いてやる!」
ネロアは特に嫌がる素振りを見せず、剣を構え直して、
「そうか……では、遠慮無しにかかってこい!」
その叫びを合図に、ツィムブレンの仇討ちという体で、ストラグラー家のプレイヤーたちは襲いかかる。
そして全員、突如ネロアの背後から飛んできたカブトムシにぶつかり、一瞬で消えていった。
「いやぁ助かったよネロア君。ボクが頼んだ通り、あらかた本邸周りの兵隊を片づけてくれたおかげで、ここまですんなり来れたよ。本当にありがとう」
ネロアはこの聞き馴染みしかない声に反応して、振り向く。と、思った通り、十殺たちを連れたシュラが、この中庭に訪れていた。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【ツィムブレン=オーヴェノム=ストラグラー】
分類:プレイヤー
所属:文国ヨヤアサ
レベル:84
ジョブ:【射手】
ストラグラー家の四公子の長男。きょうだい順だと一番目。元、命国ミレアの化神官で、スベラゼルカの前任、ヴァイスの二代前の役職者にあたる。
極端な人間不信であり、少しでも疑いのある人間は容赦なく『解任』してきた冷酷無比な人物。
かつてはミレア再建のために、厳格極まりない刑罰の徹底を行い、強引に国民をまとめて国力を強化したが、スベラゼルカに無血で敗北し、ヨヤアサに流れてきた。
ヨヤアサの【射手】は、銃による狙撃はもちろんのこと、猛獣相手を想定したパワースタイルの近接戦闘も可能としている。
彼の得物は銃剣を装着したライフルで、これを巧みに使い、相手が出した行動を徹底的に潰してくる。
さらに自身で育成したオリジナル種のモンスター【リタイアメントビー】を用い、相手の行動を十手以内に制限する、無慈悲な戦法を展開する。
ツィムブレンはキラーT細胞が成熟する臓器である「胸腺(英:Thymus)」と、これの焼き肉としての部位名「シビレ」の合成です。
オーヴェノムは、ヴェノム(Venom)と、ディストピア小説『1984年』の著者として知られるジョージ・オーヴェルからの拝借です。
【ハクスケー】
分類:ピープル
所属:文国ヨヤアサ
レベル:19
ツィムブレンの執事のピープル。彼の専属執事の八十五人目に当たる。
見た目はベタな燕尾服を着た中年男性。口癖は「私の経験からして~」。
名前の元ネタは、ディストピア小説「すばらしい新世界」の著者として知られるオルダス・ハクスリーからの拝借です。
ハクスリーは、一年ほど教師として勤めていた際に、上述のオーヴェルにフランス語を教えていたことがあります。巡り合わせってすごいですね。




