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107.BIG BROTHER IS WATCHING YOU ビッグ・ブラザー・イズ・ウォッチング・ユー

 エクスプレスセンチピード。第二車両の内部にて。


「我が兄上、『ツィムブレン=オーヴェノム=ストラグラー』は、ストラグラー家で最も冷酷で残虐な男だ」

 という出だしから、ブラゼファはストラグラー家の四公子の長男の話を、恐る恐る話し始める。


「兄上は四公子に名を連ねている以上、その実力は申し分なく強い。それと同時に、猜疑心が極めて強い」


 シュラは尋ねる。

「……どういう風にその疑いは強いんだい?」


「家内の人間を誰一人として信用していないことだ。少しでも兄上にとって怪訝に思われるような言動を取れば、『解任』される」


 今度はエマヌエスが尋ねた。

「解任……まるで物を相手にするように無慈悲に処刑されるのか?」


「だいたい正解だ。単に『処刑』の意味で使うこともあるが、厳密にはこうだ。

 まずゲーム的に殺した後、その対象がリスポーンする前にそいつの居場所を全て消す。

 対象がリスポーンしたら、自分が家に居場所がないことを知らしめた後、再び殺す。

 そして対象がストラグラー家からいなくなることを促す……それが解任だ。

 また、解任はプレイヤーだけでなくNPCであるピープルに使う場合もある。この場合は単純に処刑の言い換えだが。

 ちなみに、我輩が知る限りではあるが、兄上は自分の召使いを務めるピープルたちを八十四人は解任している」


「そ、それは暴君過ぎるね……でも、一応落ちぶれたプレイヤーの救済によって知られているギルドで、そんな人がいるなんておかしいとボクは思うんだけど」


「それは我輩も同感である! だが、兄上は公子に名を連ねるものとして、主に財政や治安の面でストラグラー家に多大なる貢献をしていることと、父上(ファーザー)がどういうわけか過剰に庇護していることもあり、兄上の暴走を誰も止められておらぬのだ。

 さらに言うならば、実のところ、我輩も一度、その傍若無人な振る舞いを改めるよう、直接当人に訴えたことがある!」


「ほう、してその結果は……」


 ブラゼファははっきりと答えた。

「完膚なきまでに我輩が殺された。流石に同じ公子として、真の『解任』にまではならなかったが、それ以来、我輩も兄上には余程のことがない限り、関わらないようにしている……」


 あれだけ自分を追い詰めたブラゼファが、完膚なきまでに負けた。

 これを知った途端、シュラはある危機感を抱き、ブラゼファに尋ねる。


「ところで今現在、ツィムブレン君はどこにいるのかい?」


「兄上は恐らく、まだストラグラー家の本拠地にいるはずだ。

 兄上はほぼ領内から出ることはない。元より人との関わりを最小限にしたがる性分であるが、それは本人の過剰な警戒心によるものなのか、はたまたその危険性を知った上で、父上などがそうしているのかは、我輩にはわからないが……」


「そうか……だとしたら、ネロア君には『無理のない範囲で敵を倒してくれ』とお願いしなかったほうが良かったかもしれない」


「そうやもしれん。ヘブンズレイドを筆頭に大陸の秩序を良くも悪くも乱した凶星が、領内にいるとなれば、兄上がそれを解任しに行かない理由はどこにもない……」


 そしてシュラは、この列車の早期の到着と、ネロアの無事を祈り始めた。


*


 一方その頃。ストラグラー家領内にある、ギルドの重役が使う大屋敷――通称『本邸』の、中庭にて。


 ネロアは、キチンと深く頭を下げて、向こう側でテーブルチェアに座る灰色髪の青年――ツィムブレンへ挨拶する。

「始原に拝見する。ツィムブレン殿。我が名はネロア・ルォーナピアナというものだ」

 そしてゆっくりと頭を上げる。と、白とピンク色の縞模様を持つ、ざっと数十匹ほどの蜂が、ネロアを取り囲んでいた。


 この見慣れない蜂と出会い、僅かに戸惑い、視線をあちこちに向けるネロア。

 ツィムブレンは、ハクスケーが背後の出入口から屋敷内に戻ったのを横目で確認した後、ネロアへ向かって冷酷に告げる。

「余計な言葉は不要だ。速やかに目的を成せ。この大陸の悪しき種が」


「……相解った。では、刹那に征くぞ!」

 ネロアは構えた剣を全力で、正面のツィムブレンへ闇属性を纏わせて投げつける。


「【禍根の楔】! ……ッ!」

 その瞬間、自分を囲む蜂の内の一匹が、針を突き立ててきた。

 刺されたこと単体でのダメージは微弱なものだが、ネロアはこれによって【毒】状態になる。


 だが彼女は気にせず、剣の行く先へ集中する。

 ツィムブレンが得物であるライフルを振るい、闇を帯びる剣を打ち返す。

 

 ネロアはそれについたワイヤーを引っ張って回収しつつ、ツィムブレンとの距離を詰める。

 その時、また一匹の蜂が自分を刺したが、ネロアはこれも無視して駆ける。


 そしてネロアはツィムブレンとの間合いを詰めたところで、闇を帯びさせた剣を最上段から振り落とす。


「【堕落の衝】!」

 しかしツィムブレンが、ライフルの先に装着された銃剣を的確な位置にあてがって、簡単に受け止めてしまう。

 一匹の蜂が三度目の刺撃をネロアに与えるのと同時に、ツィムブレンは椅子からの起立から滑らかな動作で、見事にネロアのがら空きの腹部を蹴る。


 この衝撃で、ネロアは十メートルほど、後ろに押し飛ばされた。


 そしてネロアは構えを正し、再び椅子に座るツィムブレンを見据えつつ、考える。

(……何故、この周りにいる蜂は、僕を三回刺したのでしょうか。もう僕は【毒】状態になっているというのに)


 ネロアは念のため、ステータスを確認する。

 ジワジワと減っていくHP。【毒】状態の表記。何も、異常はなかった。

 だがそれがますますネロアに疑問を抱かせた。


 その時、ツィムブレンが、ネロアに告げる。

「お前の周りにいる蜂――それは俺の理想のために自ら生み出した新種【リタイアメントビー】。

 そいつらは対象が一つの『行動』を起こすたびに、対象を一度針で刺す。

 呼吸はもちろん、喋ったり、武器を構えるなどの比較的小さな行動は対象外だ

 なお、スキルに関しては、一撃を繰り出すものも、連撃を繰り出すものも、等しく一スキルにつき一行動と見なす。」


「ほう、随分と礼儀のある御方であるな、ツィムブレン殿。

 このような刻に、自ら能力を詳細に明かすとは……」


 ツィムブレンは何一つ表情を変えぬまま、説明を続けた。

「そいつの針に刺された対象は、必ず【毒】状態に侵される。

 そして、これがそいつの最大の特徴だ。この毒状態は、ステータス上ではごく普通の毒状態で代わりはないが、一つ、特殊効果が付与されている。

 ――リタイアメントビーの【毒】に『十回』かかった者は、一切の例外なく『死亡』する。

 BIG BROTHER IS WATCHING YOU(貴様は長兄ツィムブレンの手中にいるのだ)」


 この解説を受けて、ネロアはほんの一瞬震え上がった。

 自分は既に三回この毒を味わっている。

 

 自分は、あと七手でツィムブレンを倒さなければならない。

 この突然課せられた制約が、恐れ知らずで有名なネロアにも、冷や汗をかかせるのだった。


 だが、彼女は決してツィムブレンと蜂を恐れたわけではない。


「そうか。だが僕は死神の寵児として、軟な死の運命では決して死なない!」


 ネロアは剣に闇属性を帯びさせ、

「【万死の薙】!」

 まず周囲一帯を薙ぎ払い、周りの蜂を一掃する。

 その勢いのまま、ネロアは遠心力を味方につけ、正面のツィムブレンめがけて、横一文字にワイヤー付き剣を振るう。


「窮屈そうな攻撃だ」

 しかしツィムブレンが、横へライフルを振るい、再び剣を弾いて見せた。


 同時に、蜂がネロアへ四回目の毒を与えた。

「そのような安易な発想で、俺の解任からは逃れられない」

 と、言うツィムブレンの背後から、数十体の蜂が飛び、新たなネロアの監視役となっていった。


(予備は十分にあるようですね。なら、いかにツィムブレンさんを倒すかを考えなければいけませんね……それも、あと六手で)


 ネロアは中段で剣を握りながら、ツィムブレンの様子を伺い、次の行動を考える。


「忠告しておく。今お前の身に降り掛かっている毒は、即死ルールがある以前に、状態異常の毒だ。ダラダラ戦えばそのスリップダメージで無様にくたばる」

 ツィムブレンはガーデンチェアに腰を下ろしたまま、ネロアへライフルの銃口を向けて、

「そして俺は、貴様にチェス・プロブレムを提供するつもりはない。

 BIG BROTHER IS WATCHING YOU(長兄ツィムブレンは能動的にも貴様を解任できるのだ)」

 無慈悲に引き金を引き、弾丸を放った。


 ネロアは冷静に剣を振り、弾丸を斬り裂く。そして五度目の毒を注入される。


「『防御』もまた行動の一つだ。俺の蜂はそういうことを容赦なく、区別しないで刺しにいく。

 ちなみに今更だが、一つの行動に対し、二匹以上の蜂が同時に刺しにくることはない。

 そいつの毒は一度に与える量が多すぎると成分が相殺され、刺してないのと同じ状態になる」


「その補足、感謝する」


「……だが、勘違いするな。刺されるタイミングで自ら別な蜂に刺されにいって、毒を無効化することはできない。

 その後、改めて別の蜂が『無効化を狙った』という行動に反応する」

 その説明をしながら、ツィムブレンは再び銃を構え、ネロアを撃つ。


「かくなれば、一つの行動の価値を高めるだけだ」

 ネロアは前方の芝に剣を投げ、ワイヤーを使い、前方向に回避する。


 そこで蜂から六度目の毒を貰いながら、ネロアは闇属性エネルギーを帯びる剣先を前に出し、ツィムブレンへ素早く突撃する。

「【黒狼煙の牙】!」

 

 するとツィムブレンは椅子を倒しながら立ち上がり、紙一重でネロアの刺突を避ける。

 カウンターとして、ツィムブレンはライフルの銃身でネロアを殴る。


「これも今更だが、明らかに他人の行動によって無意識にした行動は、リタイアメントビーの対象にならない。

 今のようにダメージを受けてのけぞったり、ふっとばされるようなものがいい例だ」


 ネロアは二歩ほど後方へ押し戻された後、その場で踏ん張り体勢を正す。

 そして先程の【黒狼煙の牙】を対象にした、七度目の毒を受けた後、

(僕にはあと三回しか、行動回数が残っていません……そう、僕には)


「ならば次はこれだ! 【モンスターコール:スケルトン4】!」

 ネロアは自分の近くに、かつて君主であったように、荘厳な鎧に身を包んだスケルトン――【オーバーロードスケルトン】を召喚し、すぐにツィムブレンへ攻撃を命じる。


 この一連の行動で、ネロアが毒状態となった回数は八回。だが、周りのスケルトンの回数は、出現したばかりであり、まだ十回には程遠い。

 元よりアンデットであるということもあるが、スケルトンたちは死を恐れず、勇猛果敢にツィムブレンへ襲いかかる。


「これも余分だ」

 ツィムブレンは銃剣付きのライフルを、時には普通に重火器として、時には槍として、効率よく巧みに操って見せる。

 その結果、スケルトンはツィムブレンへ有効打を与えられないまま、徐々に数を減らしていった。


 最中、ネロアは、スケルトンが全滅する前に、得物の剣に禍々しいオーラを纏わせて、

「【死神の凶器】!」

 そのスケルトンと、自分の周囲の蜂の群れ、そしてツィムブレンを漏れなく傷つけた。


 これでツィムブレンは少量のダメージを受け、スケルトンと蜂たちはことごとく死亡した。

 その死亡したモンスターたちの中から、十五個の剣型の霊魂がドロップされる。


 それらの霊魂はツィムブレンただ一人へ向かって飛んでいく。


 それを見つつ、ツィムブレンはまたガーデンチェアへ腰を下ろした。

 同時に、彼の背後からまた追加のリタイアメントビーが現れ、その内の十五匹は、霊魂を肩代わりし、その他大勢はネロアをまた囲む。


 ここでネロアは【死神の凶器】分の針を受ける。

 かくして、ネロアが蜂によって毒になった回数は九回――ネロアが死ぬ前に打てる行動は、あと一回となった。


「……もう、詰みのようだな。ネロア。どうだ、俺に追い詰められた気分は」


 ネロアは感情が先走ったあまり、普段の口調で答えた。

「不思議でたまりませんよ……」


「何だ、不服か? 俺はある程度自分の能力を明かした上で、貴様にどう俺を倒すかを考える余地を与えたんだ。ならばその感想は、責任転嫁にしかならない……」


「すみません。言葉足らずでした。僕(ぼく)は、何故、貴方はもっと自分を押し出して能動的に戦わないのか、不思議に思ったんです。

 射撃の腕も、銃剣を用いた近接戦闘も、十分強いのに……」


「それは貴様の周りにいるそいつらを戦術の要にしているからだ」


「なら逆に、攻撃しまくって防御させればテンカウントが取りやすいと思います。

 というより、この蜂を『相手の行動に反応して刺す』よりも、貴方の指示通りに刺すようにすればいいのに……何故このような時間のかかる方法を取るのですか?」


「……それを聞いてどうする気だ?」


「ここまで僕を追い詰めた敵が、どういった人なのかを単純に知りたいのです」


 やや遅れて、ツィムブレンは答えた。

「……先程説明したこの毒の性質上、好き勝手ザスザス刺せるようにしても意味がないという理由もある。

 だが一番の理由は、この条件が俺の理想に適うものだからだ。

 対象に可能な限りの自由を与えた上で行動させ、それを真っ向から、一切の情を掛けず叩き潰して追い詰める。

 そして『自分は弱い』と自らの意思で心から反省させ、二度と愚かな真似が出来ないようにする。

 BIG BROTHER IS WATCHING YOU(長兄ツィムブレンには逆らえない)……これが最終的な理想だ。

 だから、ただ圧倒的な権力や暴力を振りかざすだけでは足りないのだ」


「……それが、ストラグラー家の長兄としての理想ですか」


「何故今、ただ単に『貴方』と呼ばずに、そのような要領を得ない呼び方をした」


「エルクーレさんから聞きました。ストラグラー家は、何か他国で不運があって、ここに流れ着いた者が多いと。

 そしてそれは、私たち四公子にも当てはまる。と、イズセラでの過去を例に挙げて教えてくれました。

 つまり貴方も、元いた国で国を追われる羽目にあい、そうした残酷な理想を持つに至ったのではないでしょうか?

 という質問をしたくて、その出だしとしてああいうくどい言い回しになってしまいました。すみません」


「……そうか。そういう情報を与えたほうが、より後腐れなく絶望してくれるか」


 そしてツィムブレンは、ネロアに己の過去を語った。


【完】

ロジスティクス・サーガ・データベース


■キャラクター紹介

【リタイアメントビー】

 分類:モンスター

 ランク:オリジナル

 レベル:55


 ストラグラー家の四公子の長男、ツィムブレンが独自開発したモンスター。

 白とピンクの縞模様を持つハチ型のモンスター。

 相手の行動に反応して、群れの一匹が対象を針で刺す習性を持つ。

 これに刺されると、いかにもハチらしく【毒】状態になる。


 この【毒】は特殊仕様で、このリタイアメントビーにより十回【毒】状態になると、問答無用で死亡する。


 つまるところ、ツィムブレンと対戦した際には、十手以内に決着を付けなければコイツに刺されて敗死するというわけである。

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