106.Terror in House テラー・イン・ハウス
文国ヨヤアサの南東部。
そこにかのストラグラー家の本拠地がある。
広大な敷地に、主力業務に必要な放牧地や育成舎、それからギルドメンバーが使う屋敷がいくつも置かれた、まさしく大陸有数のブリーダー業のギルドにふさわしい光景が広がっていた。
その敷地の北西部で、身体の大部分を切り離したムカデが、一両の列車を背負って急停車した。
その一両の列車に備わった、元々は二号車につながっていたであろう扉が開く。
「おら、さっさと歩け!」
そしてそこから、五人のストラグラー家の兵隊に囲まれ、ネロアは手には錠を、上半身には鎖をつけられた状態で歩かされる。
連行される先は、この領地の中でも一際豪華であり、そして万が一の事態を想定していることが露骨に表れた物々しい作りの屋敷であった。
その玄関をくぐり抜けると、ホールには何十人ものプレイヤーが待ち構え、ある意味丁重にネロアを迎え入れる体制を整えていた。
ここで、ネロアを連行する兵たちは、彼女へ注意する。
「いいかネロア! お前には今から我らが『父上』に会ってもらう!」
「俺たちは何をどうされるか聞いてはいないが、大人しく従えよ!」
「そうだ、そちらへ行ったら余計なことをするんじゃないぞ! いいな!」
するとネロアは尋ねた。
「すまぬが、『余計なこと』とはどういうことか教えていただけないだろうか?」
「はぁ!? そんなの決まってるだろうが! 父上を傷つけたり、悪く言ったり、あのお方の意思に反することだ!」
「……つまり、こういうことか?」
ネロアは右足で一人の兵隊の足を払い、思い切り転倒させる。
「そ、そうだ! そういうことだ! そしてそういうことをするとこれの千倍を食らうのだ!」
すかさず一人の兵隊が、抵抗した罰としてネロアに斧を振りかざす。
ネロアは素早く振り向き、身体に巻きつけられていた鎖と、後ろで両手を固定していた手錠で受け止める。
その衝撃で二つの拘束器具は壊れたところで、ネロアは久々の自由を得た事を喜び、準備運動がてら両手をバタバタさせた後、
「貴方がたへ一つ教授しよう……化神官がそう黙って捕まるわけがないのだ!」
得物の紐付き剣を構え、五人の兵隊たちを瞬く間に消滅エフェクトに変えてやった。
当然、これを目撃した出迎えの兵たちは、
「お、おのれ! 大人しくしておけばすんだものの……!」
「皆の衆かかれ! 今度こそ完全にネロアを押さえつけろ!」
「き、緊急事態発生! ネロアが拘束を解き、我々への抵抗を開始した模様! 領地内にいる戦力は至急、ストラグラー家本邸へ集えーぃ!」
ネロア一人に束をなして、慌ただしく襲いかかった。
「できる限り、皆様の時間をちょうだいしないためにも、思いきり片付けましょう……【死神の凶器】!」
ネロアは自分を取り囲む兵隊たちに、禍々しいオーラを帯びた剣を、そこに結びつけたワイヤーを伸ばしつつ振り回す。
これで過半数のプレイヤーは即死効果により消え失せた。残されたプレイヤーへは、死んだ者たちからドロップした剣型の霊魂に命中し、
「うぎゃぁーっ!? か、身体が凍っていくぅー!」
「熱い熱い熱い! 誰か俺を消火してくれー!」
「ま、まぶしい! 何も見えないよー!」
通常のものの上位互換に当たる、七種の【状態異常】にかかり、戦闘不能に追いやられた。
「ひ、怯むな! 俺たちは無敵のストラグラー家だぞ!」
「アイツさえ倒せば、このヨヤアサは平和のままでいられるんだ!」
「これ以上居場所を奪われてたまるかー!」
流石は本拠地、奥義を使って数十人を一掃したとしても、すぐに新たな敵兵がダース単位で、意気軒昂に彼女の元に立ちはだかった。
ならばこちらも同じだけ、死国の化神官としての実力を知らしめればいい。
「【死神の凶器】!」
ネロアは一切の躊躇をせず、次々と現れる敵兵たちを撃破していき、屋敷の中を走り回った。
「どこいったーアイツ!? あっちか!?」
「いや、こっちでしょ!?」
「どっちでもいい! とにかく動け!」
そしてネロアは一旦、屋敷内の地味なところへ隠れ、そこでチャットをかける。
『はいもしもし! 大丈夫かねネロア君!』
「ええ、大丈夫です、シュラさん……今、よろしいですか?」
『ああいいともいいとも! 君がいいのなら全然かまわないよ!』
チャットの先にいるシュラから、声色からして相当喜んでいるのを感じ取り、ネロアは顔をほころばせた。
さらに、ちょこちょこ周りから十殺の面々の歓声が混じっていることもまた、嬉しかった。
「わかりました。状況が状況ですので手短にいいます。僕はストラグラー家の本邸の中にいます。ついさっき、どうにか拘束を解いて、周りにいた敵の方々を倒し、今は落ち着いているところです。シュラさんは?」
『ボクたちは、エルクーレ君のムカデ列車の残りの九両に乗って、そちらへ向かっているよ。多く見積もっても一時間くらいで着くと思う』
「了解です。では、これから僕はどうしたらいいですか?」
『どうする……って、それはこれまで君がしてきたように、君がやりたいようにしなよ』
「それはそうですけど、ただ、ここは文国ヨヤアサですし、相手は元々、シュラさんを標的としていた方々ですから……ここは、ユールコア神の化神官である、シュラさんが決めたほうがいいと思うのですが」
『なるほど、それは百理くらいあるね……実行犯は紛れもなくストラグラー家ではあるが、君をこんなことに巻き込んだのは、紛れもなくボクの責任だものね……』
しばらく、十殺のざわめきだけが聞こえてくる時間をおいて、向こう側のシュラは答える。
『わかった、『にも関わらず』ってところだけど……ネロア君、ボクたちが来るまで、無理のない範囲で敵を倒してくれ。
合流したら、ストラグラー家の『父上』を追及してやろう……百歩譲ってボクはともかく、関係性の薄い他国の化神官にまで手を出した罪は重い。とね。
付き合ってもらえるかな、ネロア君』
「ええ。かまいませんよ。
僕も、いくら過去のトラウマを避けたいという思いがあるとはいえ、どうしてここまでリスクを冒して停戦を求めるのか……ロジスティクス神戦の重要人物として、『父上』さんの考えを聞いておく必要があると思いますから」
『そうかい。ありがとう、ネロア君……じゃあ、最低でも一時間、どうにか耐えておくれよ!』
「はい、任せてください!」
そしてネロアはシュラとのチャットを終えてすぐ、隠れ場所から飛び出し、
「マジでどこだアイツ!? やっぱこっちか!?」
「いや、あっちだよ!」
「どっちもさっき回っただろ! 他当たるぞ……って、まさかのここォ!?」
「【万死の薙】!」
再び屋敷内で暴れ始めるのだった。
*
ムカデ列車――正式名称、【エクスプレスセンチピード】、の今の先頭車両(第二車両)にて。
「いやぁ、待たせてすまないね。ブラゼファ君」
「何の、盟約を守るためなら、あれくらい苦痛でもなんでもない」
シュラは、エルクーレとの戦闘が終わるまで、律儀に第十車両で待っていたブラゼファを呼び寄せ、彼と向かい合うように列車の座席に座る。
「それでシュラ殿、いよいよ屋敷に突入する前に、何点か聞きたいことがあるようだな」
「ああ、できる限りでいいから答えてほしい。まず、君たちが支えているストラグラー家の頂点、『父上』ってどういう人なの?」
「父上とは父上だ!」
「またこういうタイプの返しか……ごめん、そういう哲学的な答えじゃなくて、具体的に、その人の詳細情報を教えてほしいんだけど……」
するとブラゼファは顔をしかめ、首をかしげた。
「むぅ、そう言われると困るなぁ……」
「……え、君、まさか誰だか知らない人にずっと命令されてたとか……」
「いやいや、そんな曖昧なものに忠誠を誓うものか!
まるで賢者のように白い長髪と長髭を蓄えた男。
ロジスティクス・サーガのリニューアル後から一年後(※現実時間。ゲーム内時間だと十年後)にもうストラグラー家の原型を立ち上げた人物であること。
優れた彗眼があり、忠節を尽くすのに申し分ない英傑であること。
これくらいしかわからないから、どう答えようか迷っていたのだ……」
「その人のジョブとか、どういう武器の使い手とかはわからない?」
「わからない。そもそも頻度が少ないが、ストラグラー家が武力行使をしなければならなくなったときは、大概我ら公子が代わって指揮を取るのでな」
シュラは右手で今座っている列車の座席をつつきながら、
「なるほどね……ただ、これだけの装備を整えられる大ギルドの基礎を築いた人ということは、その父上って人も、そう侮れない強敵なのは確かなんだろうね」
「うむ。そうであると我輩も信じたいところだ」
ブラゼファから聞けるだけ父上の話を引き出した。と、シュラは一応満足して、別の質問を投げかける。
「じゃあ次。ブラゼファ君、君は公子のきょうだいで言うと何男なんだい?」
「それは紛れもなく、次男である! 繰り返すが、別に公子に血縁関係は一切ないのだがな!」
「じゃあ続いての質問。『長男』はどうしているの?」
ブラゼファは目を点にして、逆に尋ねる。
「長男とは……?」
「長男だよ。ストラグラー家の公子は四人で、既に次男であると君と、長女エルクーレ君と次女フキ君がいる。となると、まだ長男がどこかしらで登場してくるだろうから、彼の情報を聞きたいと思ってるんだけど……?」
ブラゼファはこの話を始めてから、元より騎士のように、礼儀正しく座席に座っていた。
しかしたった今、ブラゼファはよりまっすぐ背筋を伸ばし、不自然に足を閉じ、そして震えていた。
あの字都近郊で戦った際、あれだけ勇猛な姿を見せたブラゼファが、何かに怯えていた。
「あ、『兄上』は……きょうだい順でいうと一番上である……」
「そ、それはいい情報かもね。けど、もう少し役に立つことを、話していただけると助かるんだけどなぁ……」
そうシュラに言われると、ブラゼファは車両内を見渡し、近くで自分の話を聞いている十殺の五人へ、
「頼む、誰か、ここに隠しカメラや盗聴器がないかどうか調べてくれないか」
*
一方その頃、ストラグラー家領、本邸内部にて。
この後来るシュラと十殺たちの負担を減らすため、ネロアは屋敷内に続々と入ってくる敵を蹴散らしていた。
戦闘開始から時間が経ち、とうとうプレイヤーだけでなく、屋敷に入れるサイズのモンスターまで動員されてきた。
が、ネロアにとってはモンスターは、アビスに次ぐ戦闘の教科書のようなもの。ネロアはこれまでと変わりなく、大立ち回りを続けた。
「【黒狼煙の牙】!」
「ぬごあぁぁッ!? やっぱり俺じゃダメなのか……」
ある一人のプレイヤーを、闇属性を帯びた剣で刺殺したところで、ネロアの周りが静まり返った。ひとまず、敵の波が止まったのである。
この隙にネロアは回復アイテムを摂取し、体勢を整える。
その瞬間、ネロアは、視界の中にある曲がり角から、微かな足音がするのを感じ取り、そちらを警戒する。
数秒後、そちらから燕尾服に白手袋とモノクルという、テンプレ的な執事の格好をした中年男性が現れ、
「ああ、こちらにいらっしゃいました……」
ネロアは無言で彼に剣先を合わせ、いつでも投擲できるように身構える。
すると男は両手を広げ、落ち着いた声色で、
「違いますよ。私はハクスケー。しがない執事のピープルであり、戦闘要員ではございません」
自分のステータスウィンドウを表示し、その発言を裏付けた。
「そうか、それはすまない。して、かような死と鉄血が漂う万魔殿と化したこの屋敷に、何故貴方は僕の元へ来た?」
「私の主の命を受けてのことです。『この屋敷の中庭に来い』と」
「自らこの死神の申し子である僕に相対す運命を望むか……これは類稀な強者であろうな」
「して、いかが致しますか?」
「その運命を現実にしよう。案内してくれ、ハクスケー殿」
「かしこまりました」
それから二人は広い屋敷内の廊下を歩いていく。
途中、自分を狙おうとしていたプレイヤーと何度かすれ違ったが、ハクスケーの姿を見るや否、会釈を送って、何も見なかったフリをした。
「突然と品行方正となったな、皆……」
「それはそうでしょう。私の仕事を邪魔すれば、私の主から『解任』させられますから」
解任……普通ならクビ、あるいは解雇。と、捉えられる。
だが、この微妙にズレたタイミングでこの言葉を使ったことは、きっとそのまま言いにくい内容の処置の隠語だろう。と、ネロアは察した。
「それとネロアさん。私の伝言を素直に聞いてくれてありがとうございます」
「はぁ、それはどうも……」
「私、この家に来てからまだ一年も経たないのです。その前に解任されては、最短記録として汚名を残してしまいますので……」
と、ハクスケーは振り返り、クスクスと笑いながら語った。
「そうか、どういたしまして……」
ネロアはハクスケーに合わせ、苦笑いした。
そしてネロアはハクスケーに連れられ、中庭の芝を踏んだ。
戦闘に夢中になっていたため、あまり意識していなかったが、この屋敷はどうやら上から見ると穴の空いた四角のようになっていたようだ。
今、ネロアとハクスケーがいる中庭は、その中心の穴に造られている。
屋敷の窓から、まるで見てはいけないものがいるかのように恐る恐る、ここを覗く者たちが出す、微かなざわめき。
足元に咲く、ロジスティクス・サーガらしい幻想的な色彩を持つ花からのほのかな香り。
そして、この場に来た途端、刺されたように感じる異様な殺気。
これらを一度に認識しつつ、ネロアは正面を見据え、身構える。
ネロアとハクスケーが通った出入口と真反対にある、もう一つの扉の前に、殺気の根源はいた。
肩にかかるくらい無造作に伸びた灰色の髪を持つ、三白眼の上に丸いサングラスを重ねた青年が、ガーデンチェアに、少々前のめりになって腰掛けて待っていた。
ハクスケーは早歩きで彼の傍らへ移り、姿勢を正して告げる。
「ご紹介いたしましょう。このお方が我が主、ストラグラー家四公子の長男『ツィムブレン=オーヴェノム=ストラグラー』様です」
青年――ツィムブレンは、執事からの紹介に合わせて会釈などをすることもなく、目前の標的であるネロアを睨み続けた。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【エマヌエス・サンダーロード】
分類:プレイヤー
所属:死国トードイスムカ
レベル:89
ジョブ:【武士】
十殺No.1のプレイヤー。
自信過剰でワイルドな性格。好きなものは映画とマンガとゲーム。
キャラメイクがカリビアンの頃のデップ似にしているのもそうした趣味の延長。
トードイスムカの【武士】は、相手の攻撃に対して完璧なタイミングと力加減で防御すると、クールタイムを短くできるスキルを覚えやすい、カウンターに特化したジョブ。
愛刀【クライムブライト】は受けた攻撃の属性エネルギーを二割吸収して、次の攻撃を強化する特性を持つ。
彼に迂闊に魔法を繰り出せば、たちまち黒焦げになるのは必須。
素の剣技もネロアが舌を巻くほどとも言われている。
この実力から、かつての調和の砦の侵攻戦において無尽の活躍を見せ、一部ミレア・プレイヤーからは『トードイスムカの悪夢』と呼ばれているんだか、呼ばれていないんだか。
ちなみに、十殺の名前は芸術家の名前をもじってつけています。(大将が『ネロ』アですから)
彼はアメリカ合衆国議会議事堂の壁画などを描いた画家、エマヌエル・ロイツェ氏から拝借しております。




