105.The Vivid Past ザ・ビビッド・パスト
シュラが生まれたのは、かなり裕福な家庭だった。
シュラの父親は、かつての貴族に繋がる一族出身であり、その名声と財産を元に、国内の大手企業の重役を務めていた。
シュラは幼い頃から、父親と一緒になって、周りから極力恨まれない程度の贅沢を享受していた。
だがある日、その生活に不自由が訪れようとしていた。
その父親が、当時では不治とされる難病にかかり、半年の余命を宣告されたのである。
この頃、将来性のない夫を見限って、母親が別のエリートと再婚したという出来事があったが、そんなことは気にならないほど、父親はひどく落ち込み、シュラも同じくらい悲しんだ。
余命宣告から数週間後、父親は、職を辞め、召使いに暇を出し、屋敷を売り払った。
そして父親は、たった一人の家族であるシュラを連れて、現金化した財産を惜しみなく使い、各地を飛び回った。
ある国ではスカイダイビングを行い、ある国ではモータースポーツ体験を行い、ある国で見たこともない料理を楽しむ……などなど、今までだったら絶対に手を出さなかったような体験をした。
シュラの父親は残された時間を、自分の人生に思い出を詰め込むため、そして息子に父親としての一生分の役目を果たすために使うことにしたのだ。
自分がもうじき死ぬのも、自分の父親が死ぬのも忘れるほど、父子はこの最高に鮮烈な贅沢を、心の底から笑って楽しんだ。
ところが、その生活は突然終わりを迎えた。
余命宣告から五ヶ月後。父親の病気が治ったのである。
世界各国を旅している最中に、父親はふと担当医から『君の病気が治る手立てが見つかった』と連絡を受け、ただちにその術を持つ名医の元へ行った。
そしてその通り治療を受けたところ、本当に快方へ導けたのである。
手術終了後、シュラが父親と同時に、何とも言えない笑い声を上げたのは、今でもお互い鮮明に覚えている。
退院後、二人は余命間近に計画していたエベレスト登山をしっかり健康な状態で行い、旅を終えた。
帰国してからは、父親はちゃんと息子を養うため、中の上くらいの企業のサラリーマンとして再就職した。
かつていた大企業が、すっかり後任が定着しており、戻る場所がなかったためだ。
もちろん、収入は前よりもぐっと下がり、かつてのような贅沢はできなくなった。
けれども、平均的な人の暮らしもまたそれはそれで楽しいと、父親は思ったのであった。
シュラもまた、父親と同じくこの様変わりした暮らしに満足した。
それと同時にシュラは悟った。豪華な経験も、地味な経験も、鮮烈で面白くなり得る、と。
そしてシュラは大学生の頃、この体験をベースにした小説を出版社に送りつけ、それ自体は書籍化されなかったものの、プロ作家としての切符を手にすることができたのだった。
*
「で、今現在、父さんは順当に出世して、また重役として働いている。
今の楽しみは、新しい母さんと、ご近所さん一家と週末、ボードゲームをすることなんだって。
ここ最近実家帰ってないから知らないけど」
このシュラの話を聞き終えて、エルクーレは一言。
「なんか、こういう話の映画、ありませんでしたか?」
「真っ当な指摘をありがとうございます。エルクーレ君。
初めて出版社の方と話したときに気づきました。父さん、あの映画に憧れてああいう旅をしたんだ。って。
……まぁ、そういうところは置いといて」
シュラは長話で歪みかけた呼吸のリズムを整えるため、一度深呼吸をして、
「ボクくらい極端じゃなくてもいいからさ、ある程度新しい体験に挑戦したほうが、人間は成長できるんだよ。
このロジスティクス・サーガに来てからもそうだ。
ボクは、あの時死国に攻め入ったからこそ、ネロア君に出会えた。
そして、彼女が調和の砦の制圧や、ヘブンズレイドのような、歴史的な騒乱の中で英雄譚を作り上げる様に立ち会えた。
だからボクは、あの挑戦失敗を、幸運だと思っているんだ」
そしてシュラは、何も掴んでいない手を開いて、エルクーレへ見せて、
「だからさ、君も少しはそういう寛容性を持ったほうが良いと思うよ。ね?」
エルクーレは左足を蹴り上げ、シュラの手に、つま先に掴まらせている空色のサソリ――強力な睡眠毒を持つ【クロロホルムスコーピオン】の針を刺そうとする。
「ぬかりないね。全く」
シュラは咄嗟に手を引っ込め、【睡眠】状態にならずに済んだ。
エルクーレは突き出した左足を戻し、また床につけて、
「貴方の信条は相応に正しいとは思っています。ですが、私は決して、ストラグラー家としての指針に逆らうつもりはございません。
もう二度と失敗しない――そのために私は、挑戦など二度としようとは思いません」
ここでシュラは嫌らしくニタニタしながら言った。
「それ本気で言ってる?」
「ええ、私は本気です」
するとシュラは、床をレイピアで指しながら言った。
「イズセラでやろうとした、列車を作るっていう挑戦を、またここでやってるのに?」
エルクーレは目を多少大きく開き、少し語気を強めて言う。
「これは私なりの、父上への貢献と、ストラグラー家の発展のためです。
勝手に自己解釈しないでください……!」
「けど何で列車っていう形なのかな?
それも、こんなに大きいのに、木々も本体も一切揺らさず走行できるムカデなんて、よっぽどそこへ挑戦したいと思わない限り、そう考えないとボクは思うんだけど?」
そう尋ねられたエルクーレは、
「舌戦のほうで勝利を掠め取ろうなど思わないでください」
どこからともなくてんとう虫――【グレネードレディバグ】を呼び出し、シュラへ突撃させ、そして爆炎を炸裂させる。
「【文神の執筆】!」
シュラは前方に斬撃波を放ち、自分に降りかかる爆炎をなかったことにして身を守る。
しばらく経ち、エルクーレとの間の視界が晴れた時、シュラはレイピアをエルクーレへ向けて構え、
「それはそうだね。じゃあ、引き続き挑戦するよ。大好きな友達を助けるために!」
「お好きにどうぞ。ただそれで本当に後悔しても、私は一切の責任を取りませんが!」
エルクーレは右手に持つ銃を構え、三発の弾丸を連射する。
シュラは精神を研ぎ澄まし、的確に三つの弾丸を斬り裂く。
その直後、エルクーレは突き出したままの右手に装備した蜘蛛――【グラップリングスパイダー】から、真正面に糸を放ち、シュラの左足に命中させる。
そしてエルクーレはシュラを転倒させようと糸を縮める。
そこでシュラはレイピアを振る。
「【文神の執筆】!」
これで放たれた斬撃波は、エルクーレの右手に命中する。と、そこにいた蜘蛛が突如として彼女から剥がれる。
シュラは浮きかけた左足で、しっかりと列車の床を踏みしめ、ニヤリと笑う。
「この【文神の執筆】は、相手が持っているスキルやステータスの値などをなかったことにできる。
でもって実はこれ、相手の装備情報も消せたんだよね。
ただ、前に上げた二つが、相手の熟練度に応じて効きづらくなっていくのと同様、『その種類の装備の使用回数』が多すぎるとダメなんだ。
大抵のプレイヤーは、多くても三種類以上の武器を使うことはないから、あんまり使うことはなかったんだ。
けど、【文神の執筆】の副次効果で調べたところ、君は元イズセラ・プレイヤーだから、数少ない生身の戦闘で使ってそうな『銃』以外ならなんとかなるかなって思って……」
それからシュラは、左足に逆に引っ張られた蜘蛛を、自分の左手に腕時計のように装着して、
「で、こう奪い取ってみたんだよ」
「へぇ、厄介なスキルですこと。ですが……」
エルクーレはどこからともなく、二体目のグラップリングスパイダーを呼び出し、右手に装着し直す。
「控えはアイテムボックス内に山程いますので」
「だろうね。ヨヤアサの【重装士】はモンスターさえも収納できるほどの容量のアイテムボックスが使えるからね。
ただ、別にボクは君の攻撃手段を潰したくてこうしたわけじゃない」
シュラは左手の蜘蛛から糸を伸ばし、それをレイピアの柄にくっつけ、レイピアそのものをエルクーレへ投げつける。
エルクーレが左手のナイフでそれを跳ね返す
するとシュラは糸を掴み、投げ縄のように頭上でレイピアを回し、今度は右から左へ薙ぐように飛ばす。
再びエルクーレがナイフで防御する。それに咥えてシュラへ銃口を向け、引き金を引く。
シュラはレイピアを、糸を引っ張って手元に引き寄せ、正面でグルグルと回転させ、弾丸を弾きながら、エルクーレとの間合いを詰める。
そこからシュラは糸を操り、まるでヨーヨーのトリックのように複雑な軌道で、エルクーレにめがけてレイピアを振り回す。
この粗削りながらも独特なテンポで繰り出される攻撃に、エルクーレは苦しそうに対応しながら、
「余程お友達が大切なようで、まさかこの技を貴方まで使うとは」
「ま、見様見真似だけどね。ただ、それでも君を戸惑わせるには十分なようだね」
「さぁ、それはどうでしょうかね!?」
エルクーレは、シュラの連撃の間を見切り、左足を上げ、そのつま先にあるサソリの尾を突き立てようとする。
しかし彼女は途中でそれを中断し、引き続き防御に徹した。
足を上げた瞬間、シュラがそちらを一瞥し、ほくそ笑んだのを見逃さなかったからだ。
(あの方、恐らく次の狙いは左足の【クロロホルムスコーピオン】でしょう。
これを私に突き立てられれば、この勝負を一瞬で終わらせられる……それだけはなんとしても避けなければ)
エルクーレは無闇に道具を用いず、基本のナイフ捌きに集中する。
やはり見様見真似では限界があったか。シュラはエルクーレの攻撃の精度に押され、じりじりと防戦に追い込まれる。
その最中、エルクーレは隙を見て、相手との間にグレネードレディバグを呼び出し、爆発させる。
二人はほぼ同じタイミングでバックジャンプを決め、爆炎を避ける。
刹那、エルクーレは爆炎の向こう側にいるシュラを狙い、左腕のタランチュラ――【フィックスタランチュラ】を突き出し、ワイヤーでつながった一対の針を射出する。
爆炎が消えると、あの針が柄の部分に命中し、壁に固定されてしまったレイピアをどうにか引き剥がそうとするシュラがいた。
(あの【文神の執筆】は、恐らくあのレイピアがなくても発動できるでしょう。ですからここは、何があってもいいように……)
エルクーレは左手で【オブストラクトドラゴンフライ】を持ち、傘状の羽を前面に出しながら、右手で銃を構えた状態で、シュラへ突撃する。
羽から薄っすらと透けて見える銃を見ながら、シュラは言った。
「君は引き続き、安定を求めるようだね……じゃあボクはそれに対抗して、『挑戦』させてもらうよ」
シュラは壁に張り付いたレイピアを諦め、傘を広げて迫るエルクーレへ、こちらからも駆けた。
距離が十分に縮まったところで、自分から地面に倒れ、ヘッドスライディングし、エルクーレの傘の下をくぐり抜ける。
エルクーレはすぐに足元に迫るシュラへ銃を向けた、
しかしシュラはそれに一切ひるまず、床を滑り続けそして、
「【文神の執筆】!」
右手に白黒のオーラを纏わせながら、エルクーレの左足にあるサソリを簡単にもぎ取り、そのまま彼女へ針を刺した。
「な、んて、賭けを……!?」
エルクーレは全身から異様な眠気を感じながら、ふらつき、車内の壁にもたれ掛かる。
シュラはすぐに立ち上がり、身体の前面のホコリを払う素振りをしつつ、
「どうだい。少しはボクのこと認めてくれたかな」
その時、シュラは急に小さくジャンプした。足元に、銃弾が一発放たれたためだ。
エルクーレは過剰に目を見開き、ハエを追っているかのように銃口を不安定に眼前へ向けながら言った。
「自分で作ったものですから……自分に使われた際の対策はしてありますよ、ムッシュー」
「けど、いくら何でも強力すぎたみたいだね。これ」
シュラは激しい戦闘の最中のどこかで割れていた窓に向かって、サソリを放り投げる。
そしてシュラは、『やれるものならやってみろ』という代わりに、空いた両手で手招きする。
「言われなくてもしますとも……!」
エルクーレは霞みゆく集中力を、銃を持つ手と、シュラを狙う目に集めつつ、次撃つ弾丸に力を込めて、
「【Ss003.アチーブメント】……」
引き金を引き、強力な光弾を撃つ。
そしてその光弾は、第二車両の床に穴を空けた。シュラが、奪い取った蜘蛛から伸ばしていた糸を引き、射線を曲げたからだ。
さらにシュラは糸を巻き上げ、エルクーレから銃を奪い取り、
「さらば強敵よ(オ・ルヴォアール)」
彼女へ近づき、側にあった車両側面の扉を開け、そこへエルクーレを蹴飛ばした。
エルクーレがヨヤアサの密林の枝葉をすり抜け、消えていくのを確認した後、
「……作家として、露骨な剽窃は良くないよ」
多少惜しみつつも、蜘蛛と銃を彼女の方へ落とし返し、扉を閉めた。
そしてシュラは、すぐに第三車両への扉のロックを解除し、十殺の五人を第二車両に迎え入れる。
すると五人はすぐに、目を三角にしてシュラへ詰め寄った。
「待ちくたびれたぞシュラ!」
「私たちはすぐ音を上げる雑魚ばっかりでうんざりしてましたのよ!」
「いいな。お前はボスクラスを独り占めできて……俺たちも呼べよ」
「ごめんごめん。あの相手は化神官として、ボク一人でやるべきだと思ってさ……そんなことよりも、君たちの大将の心配をしようよ」
「「「「「た、確かに……」」」」」
閑話休題。
シュラは第一車両へ繋がる扉の鍵を開け、
「やぁ、随分と待たせたね、ネロ……」
扉の向こう側に広がる、木と青空――ヨヤアサのありふれた風景を見た。
直後、六人は扉の下を見る。と、電車の連結部のように、ここから先の身体が外れたムカデがいた。
「なるほど。ネロアはもう『お先』ってことか」
シュラは扉を閉じた後、近くにある座席に足を組んで座り、ため息を一つ。
その隣に、十殺の一人、エマヌエスがドシンと落ちるように座り、シュラへ尋ねる。
「で、これからどうするんよシュラ」
「これに乗車しておこう。まだこれは南東に走り続けている。こうなったらその先にあるだろう、ストラグラー家の本拠地まで行ってやろうじゃないか」
「ま、それしかねーか。ったく、変な感じだな、まるで俺たちまで列車で護送されてるみたいだ」
そしてシュラは足組みを解き、丁寧にワックスがかけられた木製の床を見つめながら、つぶやく。
「いったいネロア君は今、どうしているんだかね……」
その時、シュラの元に一つのチャットが届く。
その送り先は奇遇にも、『ネロア・ルォーナピアナ』であった。
【完】
ロジスティクス・サーガ・データベース
■キャラクター紹介
【エクスプレスセンチピード】
分類:モンスター
ランク:オリジナル
レベル:55
ストラグラー家の四公子の長女、エルクーレが独自開発したモンスター。
大きなムカデに列車の車両を十両乗せた姿を持つ。
この巨体からして色々戦闘に使えそうだが、移動手段としての活用が主になる。
独特な足の構造や挙動により、ヨヤアサの密林の枝葉の上を、一切揺れず、傷つかせずに走行可能。
また、緊急事態となれば長い身体の一箇所を一時的に切断して、分離して走行することもできる。




