第5話【嵐の港町と、仕掛けられた罠】
夜明けていく東の空へと馬を走らせた。
背後に残された追手の怒号は、
次第に風の音の中へと消えていく。
だが、これはほんの始まりに過ぎない。
王国全土を敵に回した俺たちの逃避行は、
まだ始まったばかりだった。
幾重もの追撃を撒き、
俺たちが命からがらたどり着いたのは、
旧王国の東端に位置する
最果ての港町「ラグナ」だった。
岩肌の断崖に
張り付くように建てられた港町は、
潮の匂いと煙草の煙、
そして怪しげな
ならず者たちの熱気に満ちていた。
空はどんよりと重く垂れ込め、
沖合からは今にも
大嵐が襲いかかろうとしている。
「激しい嵐になりそうですわね……。
出港できる船が
あるかどうかが懸念ですわ」
深めのフードを目深にかぶり、
メイヴィスが呟く。
「急ぎ船元を探そう。
黒騎士団の追手も、
ここへ到達するのに
そう時間はかからないはずだ」
俺たちは裏路地を抜け、
新大陸行きの定期船を仕切る
船元「海蛇の金貨」の事務所へ向かった。
案内された一室で待ち受けていたのは、
片目に眼帯をした
褐色の男——船団主のガルシアだった。
「ほう……まさか、
噂の『お尋ね者』様が揃って
俺の船に乗りたいとはね」
ガルシアはテーブルに脚を放り出し、
不敵な笑みを浮かべながら
俺たちを見下ろした。
「ガルシア船長。
商談の前に余計な探りを入れるのは、
新大陸の商人として
流儀に反するのではなくて?」
メイヴィスが
毅然とした態度で一歩踏み出し、
重みのある袋をテーブルに叩きつけた。
中から溢れ出たのは、
純度の高い新大陸の金貨だった。
「今夜出る一番船の客室を二つ。
これで文句はないはずですわ」
ガルシアは金貨をつまみ上げ、
ニヤリと口元を歪めた。
「相変わらず気風がいいな、
メイヴィス閣下。
よし、話は決まりだ。
船は今夜の丑の刻、
第三埠頭から出る。
乗客の点検は免除してやろう」
商談は成立した。
俺たちは嵐の音を聞きながら、
出港の時間まで
港の片隅にある小さな船宿で
身を潜めることにした。
だが、部屋に入った途端、
俺の胸に拭いきれない違和感が走った。
「メイヴィス……
少し不自然すぎないか?
ガルシアの態度だ。
いくら金に汚い男とはいえ、
王国から指名手配された俺たちを
あまりにもあっさりと引き受けすぎた」
「……確かに。
彼の目は金貨を見た時ではなく、
私たちの顔を見た瞬間に
妙な光を宿していましたわ」
「罠かもしれない」
俺が剣の柄に手をかけたその瞬間——
バン!
と部屋の扉が力任せに破り開かれた。
「動くな! 王国軍の重罪人オリヴァー、
および密入国者メイヴィス!」
姿を現したのは、
ガルシアの配下の粗暴な船員たちと、
その背後に控える銀色の甲冑——
王家暗部の密偵騎士たちだった。
「ガルシア……!
奴、俺たちを追手に売り渡したのか!」
「フハハ! 命知らずの王子様よ、
お前の首には
新大陸の金貨袋など
束になっても届かない
懸賞金がかかっているんでね!」
廊下の奥から
ガルシアの下品な笑い声が響く。
「メイヴィス、俺の背中に隠れろ!」
俺は長剣を一気に抜き放ち、
狭い室内で一番手に突っ込んできた
密偵騎士の剣を打ち払った。
金属音が狭い部屋に鋭く響き渡る。
「逃がしませんわよ、裏切り者!」
メイヴィスも即座に反応し、
懐から投げナイフを取り出すと、
狙い過たず
ガルシアの足をかすめ飛んだ。
「ぐわっ!?
くそっ、殺せ! 殺してしまえ!」
嵐の雷鳴が轟く中、
狭い船宿の一室で、
生き残りをかけた激しい乱闘が
幕を開けた。
俺たちの真の脱出行は、
この嵐の港町で
最大の窮地を迎えていた。
©[I・G・ε]All Right Leserved.
狭い船宿の廊下に、
刃と刃がぶつかり合う
凄まじい金属音が響き渡った。
踏み込んできた密偵騎士の剣撃を
長剣の腹で受け止め、斜めに受け流す。
体勢を崩した騎士の隙を見逃さず、
柄頭でその顎を突き上げた。
甲冑の砕ける甲高い音とともに、
騎士は白目を剥いて倒れ込んだ。
だが、……。
明日、18:10 に、第6話を投稿します。




