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母を殺した白銀の城を捨て、俺は異国の女と生きる 〜「王冠を叩きつけた第二王子、誓いの逃亡」〜  作者: I・G・ε


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第2話【月下の庭園と、毒塗りの筆】

(……この女だ)


この冷たく凍りついた白銀の城で、

十五年間にわたって

死んでいた俺の心が、

激しく脈打ち始めたのを

確かに感じていた。

大広間に満ちる不協和音から

逃れるように、

俺はテラスへと抜け出していた。


夜風が冷たい。


白銀の城の広大な庭園には、

月光を浴びて

青白く光る薔薇が咲き誇っていた。


だが、

どれほど手入れされた庭園であっても、

そこに漂う空気は

どこか死臭に似た冷気が混じっている。


「……ため息をつくと、

 王家の格式とやらが

 逃げていきますわよ、王子殿下」


背後から響いた澄んだ声に、

俺は振り返った。


紅色のドレスの裾をかすかに揺らし、

メイヴィスが歩み寄ってくる。


大広間の喧騒をものともせず、

彼女の足取りには微塵の躊躇もなかった。


「メイヴィス閣下。

 不躾な歓迎でしたでしょう。……

 城を代表して謝罪すべきか、

 迷うところです」


俺が苦笑交じりに言うと、

彼女はふっと口元を緩めた。


その表情には、洗練された大人の余裕と、

どこか悪戯っぽい光が宿っていた。


「謝罪など不要ですわ。

 あのような視線や嫌味には

 慣れております。

 新大陸で事業を立ち上げた時も、

 女優として舞台に立った時も……

『女の分際で』『血統なき者が』と、

 嫌というほど浴びてきましたから」


言葉の端々に滲むのは、

過酷な現実を己の力で

生き抜いてきた者だけが持つ矜持だ。


この城の女性たちが

幼少期から叩き込まれる

「服従」や「慎み」とは、

あまりにも対極にある強さだった。


「あなたは

 この城の人間らしくありませんのね、

 オリヴァー王子。

 他の貴族たちのような、

 氷の彫刻みたいな

 目をしていらっしゃらない」


「……俺はこの城の『異端児』ですから。

 十五年前から、

 心はずっと外の世界にあります」


俺の言葉に、

メイヴィスは静かに目を細めた。


彼女は、

俺が何を口にしなかったのかを

察したのだろう。

かつてこの城で死んでいった、

俺の母セレスティアの存在を。


二人の間に短くも温かい沈黙が流れた。

この重苦しい城の中で、

息が吸えると感じたのは

何年ぶりだろうか。


だが——その穏やかな時間は、

唐突に破られた。


ジュッ、と

暗闇の中で

小さな火花が弾けるような音がした。


俺は瞬時に反応した。

軍の部隊を率いていた直感が、

身の危険を告げていた。


「伏せろ!」


「きゃっ……!?」


俺はメイヴィスの細い腰を引き寄せ、

抱きすくめるようにして

テラスの石柱の陰へ飛び込んだ。


直後、

彼女が先ほどまで立っていた石畳に、

一筋の

不気味な紫色の光線が突き刺さった。


「な……何ですの、いまのは!?」


「静かに。……使い魔の魔導光だ」


見上げれば、庭園の樹々の陰から、

小鳥の姿をした妖魔が

飛び去っていくのが見えた。


その足には、

密告と誹謗中傷を記した巻物が

括(くく)り付けられている。


王家の暗部が放つ

「目撃の魔導士(パパラッチ)」の手先だ。


彼らは標的の隙を狙い、

捏造されたスキャンダルや

不吉な魔法の光を放って、

標的の尊厳を

社会的に殺殺する毒筆の使い手たち。


「またか……。あいつらは、

 新しい獲物を見つければ

 容赦なく喰らいつく」


俺は悔しさに歯かみを噛んだ。


十五年前、母上を追い詰め、

夜の街道で

命を奪ったのと同じ光。同じ手口。


城の重臣たちは、

王家の血統になじまない

『異端』のメイヴィスを排除するため、

早くも裏で動き出していたのだ。


彼女のスキャンダルを捏造し、

新大陸との協定を優位に進めると同時に、

彼女の存在そのものを汚して

追い払おうとしている。


「オリヴァー王子……?」


俺の腕の中で、

メイヴィスが驚きに目を見開いていた。


彼女の身体は微かに震えていたが、

それは恐怖からではない。


彼女に向けられた

理不尽な悪意に対する、

激しい憤りからだ。


「……すまない。この城の毒が、

 あなたにまで及んでいる」


俺は彼女を離し、

ゆっくりと立ち上がった。


闇の奥、

使い魔が消えていった

城の影を睨みつける。


胸の奥で、ドロリとした

灼熱の感情が渦巻いていた。


十五年前、

幼かった俺は母上を守れなかった。


追われる母上の悲鳴を聞きながら、

ただ

城の窓から雨を見るしか出来なかった。


だが、今の俺は

もうあの時の無力な子供ではない。


「メイヴィス閣下」


「はい……?」


「この城は、

 あなたのような自由で誇り高い人を

 決して許さない。

 牙を剥き、噂で汚し、

 心が折れるまで攻撃し続けるでしょう。

 ……俺の母がそうだったように」


俺は彼女の目を見つめた。

夜の闇の中でも輝く、力強い瞳を。


「俺は二度と、

 大切な人がこの城の犠牲になるのを

 見過ごさない。

 たとえ

 世界を敵に回すことになろうとも」


メイヴィスは一瞬息を呑み、

それから気高く胸を張って、

強く頷いた。


「私は逃げませんわ、オリヴァー。

 私の尊厳も、私の歩んできた道も、

 この冷たい石の城の人間たちに

 踏みにじらせはしません」


その言葉を聞いた瞬間、

俺の中で永遠の決意が固まった。


白銀の王国に捧げる忠誠も、

王位継承者としての義務も、

すべては偽りだ。


俺が守るべきものは、

この王国の王冠ではなく——

目の前に立つ、

この太陽のような女性の未来だ。


©[I・G・ε]All Right Leserved.

翌夜、俺は

人目を忍んで城の北塔にある

メイヴィスの滞在客室を訪れた。


ドアを叩くと、一瞬の警戒の後、

重厚な木枠が静かに開いた。


立ち現れたメイヴィスは、……。


本日、16:10 に、第3話を投稿します。

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