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母を殺した白銀の城を捨て、俺は異国の女と生きる 〜「王冠を叩きつけた第二王子、誓いの逃亡」〜  作者: I・G・ε


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第1話【白銀の檻と、海を越えた太陽】

「母上と同じ悲劇を、

 俺は絶対に繰り返させない。

 この命に代えても、彼女を守り抜く」


俺たちは背を向けた。


母を殺し、今また

愛する者を呑み込もうとする

白銀の城塞に。


大海原の向こう、

太陽が照らす自由なる新大陸へ——

王冠を捨てた俺たちの、

反逆の物語が始まる。

白銀の城塞シルバニア。


北方の冷気と重厚な石造りの建築が

調和したその美しさは、

周辺国から

「美と伝統の結晶」と称えられていた。


だが、

その城内で二周目の人生(青春期)を

過ごしてきた俺——第二王子

オリヴァーにとって、

この城は血の匂いのする巨大な監獄

でしかなかった。


高貴なる血統、厳格な礼儀作法、

そして

王家に捧げられる絶対の服従。


壁の至る所に飾られた歴代の王たちの

肖像画は、まるで

生きているかのように侵入者を監視し、

逸脱する者を冷ややかに見下ろしている。


俺は長卓の末席に座り、

銀のナイフとフォークを

寸分の狂いもなく動かしていた。


朝食の席には、

重苦しい静寂が満ちている。


上座に鎮座するのは、

我が父であり、第一王子ルシアン。


その隣には、

俺の異母弟にあたる

幼い王子を抱いた『現在の妃』が、

淑女の笑みを貼り付けて

座っていた。


(……笑えるな。

 十五年前、

 あの場所に座っていたのは、

 俺の母上だった)


「微笑みの姫」と謳われた母

セレスティア。


名門スペンサー伯爵家の血を引き、

純潔で、

誰よりも国民に愛された美しき女性。


だが彼女は、この城の冷酷な掟と、

夫の心に常に居座り続ける

「別の女」の存在に蝕まれ、

精神を病んでいった。


そして十五年前のあの雨の夜。

城を逃げ出した母上を追ったのは、

王家の暗部が飼い慣らす

目撃の魔導士——

「パパラッチ」たちだった。


夜の街道を無数の閃光魔法で照らし、

追い詰め、

馬車ごと崖下に叩き落とした悪鬼ども。


母上が絶命した夜も、

この城の朝食は

今日と同じように静かで、

冷やかだったという。


「オリヴァー」


低く、感情の籠もらない声が

静寂を破った。


父ルシアンが、

銀のグラスを置きながら

俺を見つめている。


「は、父上」


「今夜の晩餐会には、

 予定通り出席せよ。

 新大陸の使節団と、

 かの地の事業家たちが参列する。

 第二王子としての務めを果たせ」


「承知いたしました」


俺は短く答えた。

父上の瞳には、

息子に対する慈愛など微塵もない。


ただ

「王家の駒」としての出来を

品定めするような、

氷の視線があるだけだ。


母上が亡くなってからの十五年、

俺はこの城で息を潜めて生きてきた。


兄である

第一位継承者が完璧な王子として

称賛される陰で、

俺は放蕩と気まぐれを装い、

軍の小隊を率いて

国外の任務に就くことで、

この忌々しい城から

距離を置いてきたのだ。


だが、俺は知っていた。


今夜の晩餐会が、

ただの交流会ではないことを。


老臣たちは、

俺に扱いやすい国内の貴族令嬢を娶(めと)らせ、

王家の都合のいい手駒として固定しようと

画策している。


そしてもう一つ——

新大陸からやってくる「異端の女」を、

王家を讃えるための

引き立て役にしようとしていることを。


夜。白銀の城の大広間は、

幾重もの魔導ランプの光で

眩(まば)いばかりに照らされていた。


豪華なドレスを纏った

貴族たちが酒杯を交わし、

上辺だけの社交辞令を囁(ささや)き合っている。


俺は壁際に身を寄せ、

冷めた葡萄水を口に含んでいた。


その時、

大広間の扉が重々しく開かれ、

宮廷侍従の甲高い声が響き渡った。


「新大陸代表団ならびに、

 合衆国事業体代表——

 メイヴィス・マークル閣下、ご入場!」


広間の視線が一斉に扉へと注がれる。


その中には、好奇と、

あからさまな軽蔑の色が混じっていた。


白銀の王国シルバニアにおいて、

「新大陸」の人間は

血統の浅い成り上がりと見なされている。


ましてや相手は、

自力で財を成したという

元女優の女性実業家。


伝統と血筋を誇る

この城の貴族たちにとって、

彼女は「異端」そのものだった。


だが、

足音を響かせて歩み出てきた女性を

目にした瞬間、俺の息が止まった。


深く艶やかな黒髪。

自信に満ちた褐色の肌。

そして、

何よりも人々の視線を射破るような、

気高く強い瞳。


彼女——メイヴィスは、

王家の格式に媚びるような

淑女のドレスではなく、

自らのスタイルを強調する

鮮やかな紅色のドレスを身に纏っていた。


周りの貴族たちが囁く嫌味や嘲笑など、

最初から存在しないかのように

堂々と胸を張り、

王座へ向かって歩いてくる。


「……なんだ、あの女は」


近くにいた老臣が、不快そうに顔を歪めた。


「血統もなき平民上がりが、

 我が王国の聖域に足を踏み入れるなど

……あのような不躾な態度、万死に値する」


彼らの苛立ちも無理はない。


メイヴィスが纏っている空気は、

この城の女たちが強いられてきた

「奥ゆかしさ」や「服従」とは

正反対のものだったからだ。


彼女は自分の力で立ち、

自分の足で歩み、

己の意思で世界と戦ってきた者

だけが持つ、

圧倒的な太陽の輝きを放っていた。


謁見の壇上で、

メイヴィスは父ルシアンに向かって

綺麗なお辞儀をした。


だが、その頭の下げ方には、

従属ではなく

「対等な外交相手」としての

敬意しか込められていなかった。


「白銀の王に向かい、

 心よりの祝意を。

 新大陸の進取の風を、

 この歴史ある城に

 お届けに上がりました」


彼女の声は澄んでいて、

大広間の隅々にまで届いた。


父ルシアンはわずかに目を細め、

冷淡な声で言った。


「遠路遥々、精が出るな。……

 だが新大陸の風とやらは、

 いささか礼節を欠いているようだが?」


広間に

くすくすと嫌嫌な笑い声が広がった。

あからさまな侮辱。


しかし、メイヴィスは笑みを崩さなかった。


「礼節とは、

 互いの尊厳を認め合うことで

 成り立ちます。

 伝統の重みに押し潰され、

 意思を失うことではございませんわ」


不意に、

彼女の視線が

広間の壁際にいた俺と交差した。


一瞬だった。


だが、その力強い瞳の奥に、

わずかな孤独と、

この閉塞した城に対する

確かな違和感が見えた。


俺の胸の奥で、

カチリと何かが噛み合う音がした。


(……この女だ)


この冷たく凍りついた白銀の城で、

十五年間にわたって

死んでいた俺の心が、

激しく脈打ち始めたのを

確かに感じていた。


©[I・G・ε]All Right Leserved.

大広間に満ちる不協和音から

逃れるように、

俺はテラスへと抜け出していた。


夜風が冷たい。


白銀の城の広大な庭園には、

月光を浴びて

青白く光る薔薇が咲き誇っていた。


だが、……。


本日、15:10 に、第2話を投稿します。

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