プロローグ【雨の夜の残像と、決断の朝】
成長したオリヴァーが出会ったのは、
海を越えた異国で
自立して生きてきた女性メイヴィス。
だが、
王城の老臣たちと
毒筆を操る魔導士たちは、
再び彼女を標的に選ぶ。
「母と同じ絶望を、
繰り返させはしない」——
王子は王位と栄誉を捨て、
大切な人の手を取って城門を破る。
雨の夜だった。
白銀の城塞「シルバニア」を濡らす雨は、
いつもどこか鉄の匂いがする。
「逃げるのよ、オリヴァー。
この城はね、人を愛した者から順に
狂わせていくの」
幼い俺の頬を撫でた母上の手は、
凍えるほどに冷たかった。
「微笑みの姫」と呼ばれ、
白銀の王国の民すべてから愛された
母セレスティア。
だが、
この巨大な石造りの城の奥深く、
父上である
第一王子ルシアンの背後に漂う
『別の女』の影に蝕まれ、
彼女の心はとっくに壊れていた。
あの日、
母上は絶望の末に城を飛び出した。
追うのは、
王家の暗部が放った使い魔——
「パパラッチ」と呼ばれる
目撃の魔導士たちだ。
彼らが
夜の街道で放った眩い閃光の魔法が
馬車を狂わせ、
母上を二度と戻らない場所へ叩き落とした。
葬儀の日、国中が涙を流したという。……
反吐が出る。
母上を死に追いやったのは、
他ならぬ
この王国の冷酷な「掟」と「静観」だった
というのに。
——あれから十五年。
「オリヴァー王子。
その女の血筋は貧しく、身持ちも異端だ。
シルバニアの純血を汚すおつもりか!」
謁見の間。
老臣たちの声が
高い天井に不協和音となって響き渡る。
俺の隣に立つ女性——
海を越えた新大陸からやってきた実業家、
メイヴィスに向かって、
無数の軽蔑の視線が突き刺さっていた。
彼女は怯まない。
気高き瞳で老臣たちを見返し、
自分の足で立ち、
己の言葉で尊厳を主張する。
この城の女たちが誰も持っていなかった、
太陽のような強さと自立の意思。
だからこそ、俺はこの人を愛したのだ。
だが、俺には見えていた。
城の影から、
使い魔の魔導士たちが
メイヴィスに向かって
毒塗りのペンを構えているのが。
十五年前、
母上を死に追いやったあの不吉な光が、
再び灯ろうとしているのが。
ふと、
隣で父上が冷ややかな視線を投げてくる。
まるで
「王家に入った以上、その女もまた
惨劇の犠牲になるのが定めだ」
とでも言いたげに。
(ああ……何も変わっていない。
この城は、
また大切な者を殺しようとしている)
背筋を冷たい悪寒が走ると同時に、
胸の奥に抑え込んできた
十五年分の怒りが灼熱となって爆発した。
俺は一歩前へ出た。
そして、
王家の証である純銀の飾剣を鞘ごと
引き抜き、
石畳の床へ叩きつけた。
甲高い破砕音が謁見の間に轟き、
静寂が訪れる。
「俺は本日をもって、
第一位王位継承権
および
シルバニア王族の血籍を放棄する」
「な……何だと!? 狂ったか、オリヴァー!」
呆然とする王と老臣たちを
置き去りにし、
俺はメイヴィスの手を強く握りしめた。
「母上と同じ悲劇を、
俺は絶対に繰り返させない。
この命に代えても、彼女を守り抜く」
俺たちは背を向けた。
母を殺し、今また
愛する者を呑み込もうとする白銀の城塞に。
大海原の向こう、
太陽が照らす自由なる新大陸へ——
王冠を捨てた俺たちの、
反逆の物語が始まる。
©[I・G・ε]All Right Leserved.
白銀の城塞シルバニア。
北方の冷気と重厚な石造りの建築が
調和したその美しさは、
周辺国から
「美と伝統の結晶」と称えられていた。
だが、……。
本日、14:10 に、第1話を投稿します。




