第三章 — 黒き短剣と第一歩
午後の柔らかい風が、病室の窓辺のカーテンを優しく揺らしていた。診療所の前の未舗装の石畳の上に立ち、カイは心配そうな視線を送るおばあちゃんが見える窓に向き直った。
彼は彼女に安心感を与えるため、穏やかな微笑みを浮かべながらゆっくりと手を振った。
「すぐ戻るからね、おばあちゃん! 体に気をつけて!」
彼ははっきりとした声で呼びかけ、小さく手を振り返す老女の姿を確認すると、ゆっくりと向きを変えた。
カイは背中のリュックサックの紐を締め直し、病院に背を向けて冒険者ギルドへと続く大通りを目指した。賑やかな街の路地を歩きながら、腰に下げた革のポーチを開けて中身を確認した。
「よし……準備は問題ないな」
彼はひとりごちながら、布製の小さな袋を取り出し、手のひらに硬貨の重みを感じ取った。
「これが僕の最後の蓄えだ……」
その硬貨は、おばあちゃんが重い病に倒れる前に、二人で農場で汗を流して収穫した最後のキャベツを売って得た資金だった。
「このお金があれば」カイは頭の中で計算を巡らせた。「小さな中古の剣を買って、さらに冒険者ギルドの登録料を支払うことができる。出発点としてはこれで十分だ」
街の露店市場を進んでいくと、中古の武器を扱う小さな露店が目に入った。使い古された wooden カウンターの上には、さまざまな金属製品が無造作に並べられていた。カウンターの奥では、白髪交じりの髭を蓄えた老人が、使い込まれた革のエプロンを着て退屈そうに人通りを眺めていた。
カイはカウンターに近づき、丁寧にあいさつをした。
「こんにちは、おじさん。剣を買いたいんですけど」
老人は目を上げ、少年の体格と質素な clothing を評価するように見つめると、かすれた声で答えた。
「おう、坊ず。どんな剣を探しているんだ?」
「銅貨十枚で買えるものを探しています」カイはストレートに答えた。
商人は鼻で小さく笑い、首を横に振った。
「銅貨十枚じゃ、この辺りで新品の武器なんて口にすることもできんよ。全然足りん。だが……」老人は親指で店の隅を指し示した。「あの角にある山の中なら、お前に使えるものが何かあるかもしれん」
カイは指示された場所へ歩み寄った。そこには鉄の覆いで補強された木箱が置かれており、手入れもされずに積み上げられた何本もの短剣や片手剣が溢れていた。刃の状態を近くで確認したカイは、思わず声を漏らした。
「でも……ここにあるのは錆びた剣ばかりじゃないか」
カウンターに身を乗り出した老人は、耳をすませて尋ねた。
「何か言ったか、坊ず?」
「いえ、何も!」カイは慌てて取り繕い、再び箱の中に視線を戻した。
商人は頭をかきながら溜息をつき、それらの武器の由来を説明した。
「その山にあるのはな、回収屋どもが時々持ち込んでくる武器なんだよ。ダンジョンの内外で死体の脇から拾われてきた剣だ……だから格安なんだよ。死人が使っていた武器に高い金を払う奴なんておらんからな」
カイは酸化して赤錆びた刃や、乾燥した土がこびりついた金属を見つめた。選択の余地がないことは分かっていた。十枚の銅貨が彼の予算の全額だったからだ。
「お前、冒険者なのか?」老人は腕を組み、少年を観察しながら尋ねた。
「これから冒険者になるところです」カイは正直に答えた。
老人は皮肉めいた笑みを浮かべ、軽く笑い声をあげた。
「ハハッ! これから始めるってんなら、その中のどれでも十分だろ。もしかしたら、前の持ち主の熟練度や知識がそのままついてくるかもしれんぞ?」商人は自分の冗談に声をあげて笑った。
男の軽口を気に留めず、カイは箱の中の錆びた刃を注意深く押しのけ、構造的に壊れていないものを探した。すると突然、箱の底にあった一本の武器が彼の目に留まった。
それは彼の前腕ほどの大きさしかない小さな剣だった。柄頭から柄、そして刃に至るまで、全体が艶消しの黒い謎の金属で造られていた。しかし、最も異彩を放っていたのは、刃の中央を通り先端まで伸びる、結晶化した血の糸のような一筋の赤い線だった。
カイは柄を手に取り、箱から引き揚げた。不可解な外観にもかかわらず、その剣には錆ひとつなく、手に取ると驚くほどバランスが良かった。彼は指先で金属の質感を確かめながら、数秒間その武器を観察した。
「これにします」カイは決断し、商人を見つめた。
老人はその黒い短剣を興味なさそうに見やり、特に気に留める様子もなく言った。
「銅貨十枚だ」
カイは小さな布袋から硬貨を取り出し、商人の手に手渡した。男は素早く金を数えると、カウンターの引き出しにしまっ た。
黒い小剣を手にしたカイは、それを腰にしっかりと固定し、冒険者ギルドへ向けて再び歩き出した。
背後から、老人がカウンターに手を置き、人ごみの中を去っていく少年へ向けて威勢よく声を張り上げた。
「幸運を祈ってるぞ、駆け出し冒険者さんよ! 回収屋の世話にすぐなるんじゃないぞ!」




