44
家礼についていけば、客間に宰相と文官のような男性がいた。
「今日はバッティスも一緒か」
「絵の進捗は順調です」
とりあえず、サボっていると思われないように言っておいた。
「我々が想定していたよりも遥かに早く絵を描いておるからな。たまの息抜きにとやかく言うつもりはない」
「ありがとうございます」
実際、ネストは非常に筆が早い。
キオさんとトルトに手伝ってもらっている部分もあるけれど、それがなくとも宰相の想定よりも早く作品を仕上げることができるだろう。
「今日は宮廷魔導師のエドワルドを連れてきた」
宮廷魔導師というのはいかにもな長いローブを着ており、白くて長い髪と髭の姿の老人だと思っていたから驚いた。
「魔導師様と一緒にお越しということは、魔法陣の解説をしてくださるのですか?」
「いや、こやつが実際の絵が見たいというので連れてきたのだ」
それは非常に意外な言葉だった。
呪いが本当にあると信じているのならば、国の重要人物が見るものではないだろう。
「本当にご覧になるのですか?」
「そなたが一晩過ごしても平気だったのだから、すぐにどうこうなるものではないのであろう?」
昨日気遣ってくれた人と同じ人とは思えないような言葉だったが、どうせ手遅れならば実験台にするというのは非常に冷静で賢い判断とも思えた。
「では、魔導師様を絵が置いてある部屋にご案内いたします」
「こちらに運んでは来れないのか?」
「宰相様もご覧になるのですか?」
宰相は頷いた。
「せっかくだからな」
何がせっかくなのだろう。
怖いもの見たさというものだろうか?
「昨日は危険だとおっしゃっていたではないですか?」
「しかし、気になるではないか? 呪われた絵を見る機会などそうあるものではない」
宰相も宮廷魔導師も少し楽しみにしているように見える。
前世でもこの世界でも、人は好奇心に抗えないものなのだろう。
「私が持ってまいりましょう」
そして、この家礼は呪われた絵ごときには動じない。
「これは……」
家礼が持ってきてくれた絵から紐と布を取り外して宰相と宮廷魔導師に見せると、魔導師はその目を細めて絵を注視する。
「これは、どこに魔法陣が?」
「絵に合わせて絵の具の色を変えながら描かれていますので、魔法陣は絵に溶け込んでいます」
俺は絵に顔を近づけて、繊細な線を辿って指を動かす。
「ここに、このように描かれています」
ペルトがきちんと描き写してくれたおかげで、俺でも絵に溶け込んだ魔法陣を見つけることができる。
「なるほど……このようなものをよく見つけましたね」
「ええ。ガヴァルネスは非常に目がいいのです」
最初に魔法陣を見つけたネストを示すと、魔導師は感心したようにネストを見た。
しかし、すでにこの状況に飽きているネストは黙々と宰相が持ってきてくれたお菓子を食べていた。
「非常に美しい絵ですね。このような絵を描く方ならば、あれほど緻密で完璧な魔法陣を組み立てることができるのも納得です。非常に教養のある方だったのでしょう」
「それはどういうことでしょうか?」
「あなたが宰相に持たせてくれた魔法陣は無駄のない非常に完璧な魔法陣でしたので、実物を見てみたかったのです。残念ながら、私には絵の中の魔法陣をそのものの姿で見ることができず非常に残念ですが」
魔導師は紳士然としていて、とても穏やかに微笑んでくれたのだが、魔法陣について熱く語る姿は、そこはかとなく変態の気配を感じた。
「この絵は、フォンス侯爵の屋敷にあったと言っていたな?」
まさに食い入るような様子で絵を見ていた宰相に聞かれ、俺は頷いた。
フォンス侯爵というのは、この絵を所有していた屋敷の若き侯爵である。
「はい。そうです」
「これは、私のひいお祖母様の妹であったカトリーヌ様の自画像だと思われる」
宰相の言葉に俺は驚き、改めて絵の少女を見つめた。
前世の画家の自画像というと、胸から上、顔をしっかりと描いているものが多く、背景はそれほど重要ではない。
しかし、この少女の絵は、少女が主役ではあるが、東屋や周辺の庭の様子も詳細に描かれている。
前世の自画像でも全身を描いているもの、背景をきちんと描き込んでいるものがないわけではないが、そうした作品は稀であった。
しかし、重要なのは、この自画像の構図が希少であるという点ではない。




