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神の子が描かれた肖像画が徐々に貴族たちに広まると、信心深い多くの貴族たちは神の子の住む神聖なる肖像画と称えた。
ネストを宮廷画家として囲い、貴族たちに肖像画を贈る皇帝陛下に賛辞が集中し、貴族の忠誠を集めた。
プロパガンダの概念を知らぬ皇帝陛下と宰相は貴族たちの忠誠心が高まり、自分たちの治世の安定に役立つところまでは計算していなかったため、驚きもあったようだが、非常に満足しているようだった。
さらに、陛下と宰相が当初より狙っていた後ろ暗いところがある貴族たちについては、効果が明白だった。
伯爵のおかげでネストや俺のことを批判するとどうなるかはわかっているため、そのような態度に出る者はいなかったけれど、こっそりと肖像画を処分しようとする者や、屋敷に引きこもり社交界に出なくなる者、動きが怪しくなり墓穴を掘る者、それから、陛下に自らの罪を打ち明けて情状酌量を求める者など様々な反応があった。
ちなみに肖像画を処分しようとした者や、自ら肖像画を燃やすなどして処分した者は即刻捕まえている。
大抵の貴族の屋敷には、陛下や宰相の送り込んだ者が使用人に紛れ込んでいるからだ。
そのように捕まる者、屋敷に引きこもる貴族たちが目立ち始めれば、本来は貴族たちの中には不安が高まり、陛下への不満も出るところだが、前述の通り、大半の貴族たちにとってはネストの肖像画は神の子を身近に感じさせてくれ、高揚感や多幸感を与えてくれるものだったため、陛下への不信感が募るようなことはなかった。
むしろ、自身に後ろ暗いところがある者さえも、周囲の貴族たちの密やかな興奮に飲まれて、不満や批判を口にすることはできず、肖像画を受け取ることを拒否することもできなかった。
拒否すれば、それはすなわち、自分が罪を犯していることを自白するようなものだった。
そのように、ネストの絵は、貴族たちを支配していった。
そして、その状況に陛下も宰相も満足していた。
そのため、ネストが望めば、いくらでも絵の具の材料となる宝石や魔石を与えてくれた。
魔石を絵の具に加工するためには魔力が必要なため、その工程はケイジが行ってくれた。
最初は絵の具作りの不慣れだったケイジも、徐々にその技量を高めていった。
そんな風に、ネストの肖像画が貴族たちの中に広がっていく中で、俺たちは奇妙な絵に出会うことになる。
「我が家には代々引き継がれてきた呪われた絵があるのです」
そう言ったのは、爵位を継いだばかりの若き侯爵だった。
「呪われた絵ですか?」
「その絵を買った当主が住んでいた屋敷は火事で全焼し、その火事で当主やその家族、多くの使用人が亡くなったのですが、絵だけは焼けずに残ったそうなのです」
その話を聞いて、俺は前世で似たような話があったことを思い出す。
確か、それは大量に複製された作品で、ニスや防炎処理の影響で燃えなかっただけなのだが、複数の火災でその絵だけが燃え残ったことを気味悪がった人々は火災そのものをその絵が引き起こしたと考えたそうだ。絵からすれば、とんだ濡れ衣である。
では、この世界にも、そのような防炎処理があるかというと、そんな話は職人たちからも、他の工房のオーナーからも聞いたことがない。
もしも、防炎処理の方法があったり、不燃性のインクやキャンバスの素材があれば、職人たちが知らないわけがない。
では、魔法では? と考える。
俺には魔力がないし、魔法なんて使えないし、これまで興味もなかったから全く知識がないが、魔法ならそうしたことも可能にするのではないだろうか?
しかし、それならば、魔法のことを俺よりも知っているはずの貴族がそんな絵を呪いの絵として厳重に保管しているはずはないだろう。
ケイジに視線を向けると、彼はフルフルと首を横に振った。
似たような事件や似たような現象は知らないようだ。
一応、ネストにも視線を向けたが、侯爵のスケッチをしていた。
今はまだ絵のポージングもしてもらっていないお茶の席だ。
許可も得ていないのに、話が長引いたせいで飽きて描き始めてしまったのだろう。
「ご許可も取らぬまま、申し訳ございません」
「いいえ。問題はないですよ。バッティス氏は本当に絵を描くのが好きなのですね」
「はい。そうなのです」
「一応、スケッチをしてもらうための部屋は用意していたのですが、背景は彼がオリジナルで描いてくれると聞いています」
「庭が気に入っているからその庭を背景にという方もおられますよ」
「まだ爵位を継いだばかりで忙しくしていますので、できれば、短時間で終わらせていただければ」
「それでしたら、呪われた絵についてもう少しお話を聞きながら、この場でスケッチを済ませてしまいましょう」
陽の光が入る明るい窓際に侯爵に立ってもらい、ネストにはその侯爵をスケッチしてもらう。
そして、体の向きや顔の位置は動かさないようにお願いして、侯爵に話の続きを促した。
「リュエルさん、やはりあなたに話してよかった」
若き侯爵の言葉に俺は首を傾げた。
「呪いの絵の話など、普通は聞きたがらないものだ。しかし、あなたは興味を持たれた」
「申し訳ございません。呪いの絵に興味を持ったというよりは、絵が燃えなかった理由に興味があるのです」
「絵が燃えなかった理由ですか? それは、絵が火事の発生源だからでしょう?」
この世界でも、前世の世界と同じ誤解が生じているようだ。
……いや、魔法がある世界ならば、そういうこともあるのだろうか?
「私は、呪われた絵を買ったから屋敷が燃えたとは考えていません。偶然起こった火事に巻き込まれた絵だけれども、何らかの効果によって燃えなかったのだと考えています」
「しかし、絵を買った当時の当主はその火事で死に、その後もその絵を封印するまでは侯爵家の者は不幸に見舞われてきたのですよ?」
それはたまたま偶然に不幸が起こったことと、絵の存在を無理やり結びつけているのではないか? と思ったが、若き侯爵は少し意地になってしまっているような気がしたので、余計なことを言うのはやめておいた。
「それでは、侯爵様はご不安ですね」
「そうなのです! ですから、あの絵を何とかして欲しいのです!」
「……え?」
とりあえず、侯爵の気持ちに配慮して返答をしてみれば、何やらとんでもないことを言われたような気がする。




