34
ネストのために用意された離宮も非常に豪華だが、皇帝が使う客間はまさに豪華絢爛で、座るために作られたはずの椅子に座るのにも勇気が必要で、非常に居心地が悪い。
「はい。そのため、現在はうちの工房は新しい絵を売り出すことはやめています」
「どうしてだ? その間に、贋作が売れ続けてしまうのではないか?」
「贋作を描く者というのは、大抵は自分では魅力的な絵を描くことができないから模造品を作るのです。貴族は何作も同じ絵が出回り、自分の家が他の家にある作品と同じものだということを良しとするのでしょうか?」
「多くの貴族はそうした作品を嫌がるだろう」
そう宰相が頷いた。
「要するに、偽物を描いている者に新しい作品を見せないということか?」
「はい」と頷けば、皇帝も宰相も面白そうに笑う。
「やはり其方は貴族よりも貴族らしいことをするな」
「そのようなつもりはございませんが?」
「偽物を支持するような貴族には絵は決して売らないと喧嘩を売っているとも聞いたぞ」
「喧嘩を売るなどとんでもございません……」
ただ、本物を見抜く目を持っていないのなら、貴重な本物の作品をそのような貴族が手元に置く必要もないとは思う。
俺は画商だ。
表向きには絵を売るだけの商売に見えるかもしれないが、画家の名誉も彼らの作品の価値も守るのが仕事なのだ。
だから、絵に関しては、相手が生粋の貴族だからって下手に出るつもりはない。
「貴族の皆さんと対等にお話させていただくことができますので、陛下の後ろ盾は大変ありがたいです」
「爵位を与えた時には迷惑そうにしておったが、役に立ったのなら何よりだ」
前世から作り笑いは上手い方だと思っていたのだが、これまで散々貴族たちの作り笑いを見てきた皇帝陛下の目を誤魔化すことはできていなかったようだ。
「ところで、伯爵の肖像画は順調か?」
ネストがこうした質問に答えないことを知っている宰相は俺に聞いてきた。
「はい。今はスイセンの花が咲き乱れる美しい背景を描いているところです」
「毒のある花だな……それは意図的に?」
「どうでしょう? 俺はバッティスの描く絵には口を出しません」
ネストに視線を向けたが、彼は茶菓子を頬張っているだけだった。
伯爵には裏の顔があると知って毒のあるスイセンを描いているのかもしれないし、単純に伯爵のことが気に入らなかったのかもしれない。
もしくは、伯爵にはスイセンが似合うと思ったのか……いや、それはないか。
ちなみに、この世界に花言葉のようなものはないため、花言葉の意味に当てはめて選んだということはない。
「スイセンか……伯爵に似合うかどうかは別として、美しい花だな。公爵の肖像画の背景として描かれた庭も素晴らしかったから、スイセンも楽しみにしておこう。ああ、もちろん、伯爵の肖像画も」
陛下の最後の言葉には随分と含みがあった。
伯爵は、絵画の中で自身を見つめる神の子の視線にどのような心境になるのだろうか?
俺はネストの絵が完成するのは楽しみだが、伯爵が神の子の視線に耐えられるのかどうかに関してはそれほど興味はない。
しかし、「そういえば」と宰相が言った。
「公爵はバッティスの絵に布を被せ、今は絵を見ないようにしているそうだ」
「それは……」
俺はネストが公爵夫人のために描いた絵を思い出す。
「自身の魔力で浮き上がる神の子が、自身の亡くなった息子に見えてしまうそうだ」
宰相の言葉に、俺は「そうですか」としか返せなかった。
ある意味、自業自得ではあるが、公爵に対して不躾なことは言えない。




