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皇帝陛下が貴族たちの前で公爵と公爵夫人の絵をお披露目し、公爵に絵を贈ると絵は非常に話題を呼び、公爵は貴族たちから羨ましがられたようだ。
何かしら国に貢献したという自負のある者は、皇帝陛下や宰相に次は自分の絵を描いてほしいとアピールするようになったそうだ。
「そうした者の中には裏で怪しい動きをしている者もおる。そなたたちは良い働きをしてくれた」
皇帝陛下にそのようにお褒めの言葉をいただき、俺は「光栄です」と頭を下げた。
皇帝陛下を前にしても普段通り、興味のあるものにしか反応を示さないネストは肝が据わりすぎていると思う。
「ところで」と、宰相が持っていた紅茶のカップをソーサーに置いた。
「そなたたち、肖像画とは別に公爵夫人に子供の絵を贈ったそうだな?」
内心で、来た! と俺は身構えた。
「夫人から個人的にお話をいただきましたが、それに対してバッティスが興味を持ったのです。今後、多くの神の子を描いていくにあたり、子供の絵を描くことはいい経験になりますから、習作としてお引き受けいたしました」
俺はあらかじめ考えておいた言い訳を口にした。
「ふむ。夫人の証言と同じだな」
「皇帝陛下の許可を得なかったことが問題になりましたでしょうか?」
「いや、多くの絵を描くことが画家としての腕を磨く方法であろうから、こちらの依頼を蔑ろにするようなことがなければ特に問題にするつもりはない」
「しかし、そなたらはその後の公爵邸の顛末を知っているか?」
「……顛末ですか?」
顛末とはなんだ?
絵を依頼され、描いた絵を届けはしたけれど、その先に何か事件とでも言うような出来事が起こったのだろうか?
「公爵家の長男が心を病んで部屋に引き籠もるようになったそうだ」
「それは……」
「始終、弟の名前を呼び、謝っているという」
俺はなんと返していいのか分からず、そっと視線を逸らした。
「こうなることを予想して絵を贈ったのか?」
「いいえ!」
皇帝の言葉に俺は反射的に否定を返す。
まさか、精神を病んで部屋に引き籠もるほどの効果があるなど思っていなかった。
せいぜい、亡くなった弟の姿を忘れることなく心に刻んでくれたらとは思ったけれど……
俺はネストに視線を向けた。
俺の視線に気づいたネストが城のシェフが焼いた高級な焼き菓子を頬張りながら小首を傾げた。
いや、まさかな……と俺はネストから視線を外した。
ネストが俺の心を読んで、俺がぼんやりと心の中で思っていたことを叶えるなんて……
そんなことはあり得ないはずだ。
そう思ったのだが、ネストは頬張っていた菓子を飲み込んで微笑んだ。
「ちゃんと、長男は弟のことを思い出して、自分が何をしたのかということから目を逸せなくなったでしょ?」
「……」
穏やかなネストの微笑みに、そして、俺を見透かすその目にゾッと背中が寒くなった。
しかし、次の瞬間、その場に笑い声が響いた。
当然、それは何も言えずにいた俺ではなく、皇帝陛下のものだ。
「そなたは実に面白いな」
「あなたのためじゃないです」
皇帝陛下の言葉にネストは不遜にもその眉間に皺を寄せて言った。
「そうだな。しかし、今回のことで明白になったと思わないか? そなたの絵には人を動かす力がある」
「公爵も、次男の肖像画を見て、絵の前で膝を折り、謝っていたそうですよ」
ケイジが言った。
そんな公爵の姿を知っているということは、ケイジは公爵邸の使用人を買収でもしたのだろうか?
「ただ公爵家の次男が描かれた絵ではなく、何か仕掛けをしていたのか?」
宰相の質問に俺は首を横に振った。
「幼児が母親に向かって手を差し伸べている姿です」
俺の言葉にケイジが一つ頷いて言った。
「確かに、俺が見た時もそんな無垢な子供の姿に見えた。しかし、公爵邸の複数人の者には、子供が指を差しているように見えたそうだ」
「指を差している姿に?」
そうだっただろうか?
あの手の形は、確かに、手を差し伸べている姿だったと思うのだが……
俺はネストの絵をよく思い出す。
そして、理解した。
確かに、言われてみれば、他の指よりも人差し指が開かれている状態で、少し伸びているように見えるかもしれない。
自分に指を差してくる幼児の姿は、長男の暴挙を止められなかった使用人たちに、長男を罰することなく庇った公爵に、そして、幼児を殺した兄にどのように映ったのだろうか?
その絵は、ひどく恐ろしいものに見えたのかもしれない。
夫人はあの絵を自身がよくお茶をする際に使う温室に飾ったそうだ。
そして、夫と前妻の子供を温室へと誘った。
彼女としては久しぶりに幼な子と夫と、そして前妻の子供とお茶を楽しむ程度の気持ちで誘ったのかもしれないけれど、母親に伸ばした幼な子の手は、罪を抱えた者には指を差すように見えたのだ。
『おまえだ』
そう長男の耳には幻聴が聞こえたのかもしれない。
長男はその後、心を病み、部屋に引きこもり、使用人や公爵が部屋に入ることさえも拒むそうだ。
そのように精神を病んでしまったことが、長男が次男を意図的に噴水に落としたということの証明のようだった。
「ケイジ、画家の働きをどう思う?」
「絵が本当に人の心を見抜くことに役立つのならば、魔法警団にぜひ欲しいです」
「君は相変わらず仕事熱心だな」
「恐れ入ります」
「褒めてはいないのだが?」
公爵の息子は引きこもりになったものの、彼が公的に裁かれることはなかった。
それは、まだ子供だからということではなく、公爵の体面を保つためと、ネストの絵が貴族たちに恐れられないようにだ。
ネストの絵が心に差し迫るものを感じさせ、罪に対して罪悪感を感じ、自分自身を断罪するようなものだと知られては、皇帝と宰相の計画が破綻してしまう。
そのため、ネストが夫人の要望によって絵を描き、その絵によって長男が次男に対して詫びの言葉を繰り返しながら部屋に引き篭もることになったなどとは知られてはいけなかった。
宮廷画家 ガヴァルネス・ダン・バッティスの描いた幼児の絵が公表されることはなく、夫人の心を慰め、長男の心を虐め続けるのだ。
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