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「申し訳ございません。彼がどうしてももっと庭のスケッチをして、色合いなどを確認したいと言うものですから」
俺たちは再び公爵邸を訪れていた。
公爵には手紙でお願いをして、当日は公爵は外出しているものの、庭で絵を描くことは許してくれた。
執事と共に出迎えてくれたのが夫人でよかった。
「彼が絵を描いている間、奥様には衣装の色合いのことでご相談がございまして」
そんなふうに言えば、彼女は執事にお茶を用意するように指示を出して下がらせた。
「わたくしがお願いした絵のことですか?」
夫人は声を潜めて聞いてきた。
「はい。画家の彼が、お子様の姿を聞かせて欲しいと言うものですから」
昨晩、夕食の席で夫人が子供の絵を求めた経緯を、噂話であることを前置きした上でネストに話すと、ネストは神の子ではなく、夫人の子供の絵姿を描くと言った。
ネストの普段の様子からすると、それほど他者に興味を持っているようには見えなかったから、率先してそのような提案をしてきたのは意外だった。
しかし、当然ながら俺たちは誰も夫人の子供の姿を知らないため、夫人に子供の姿を聞くために再度公爵邸を訪れたのだ。
「息子の髪色は主人のものによく似ていましたが、顔立ちはわたくしの幼い頃に似ていると両親が申しておりました」
ネストはスケッチブックに素早く幼児の姿を描いていく。
「まぁ、やはりお上手ですわね」
ネストが描き出していく姿を覗き込み、夫人はため息をつくように言った。
「髪の毛はもう少し癖毛で丸まっていて……頬はリスのようにふっくらと……まつ毛は女の子みたいに長かったです」
夫人はネストの描く幼児の絵を見ながら、耳の形や鼻の形などを具体的に話した。
「瞳の色は、わたくしと同じ深い緑でした」
ネストは夫人から聞き取りながら幼児の姿を描き、そして、髪の色や瞳の色などを聞いて、軽く着色する。
「まぁ……」
唇と頬の色を入れて、血色を良くすると、夫人は自身の唇に手を触れて、涙が落ちそうなのを堪える。
「わたくしの可愛い子……」
ネストはその夫人の様子に随分と驚いたようだが、そのスケッチを切り取ると、夫人に差し出した。
「ありがとうございます。一生、大切にしますわ……」
「あ、違います。絵はきちんと完成したものをお持ちいたします」
「わたくし、こちらでも十分ですわ」
「いえ、画家というのは、最後まで描かないと気が済まないものですから、最後まで描かせてください」
「……ありがとうございます」
その頃にはネストは本当に庭のスケッチに集中してしまった。
本当は、子供が亡くなってしまった真相も聞きたかったのだが、本当のところを聞いたところで俺に何かできるわけでもないし、事故だと思っていた方が、彼女も心が休まるかもしれないと思って聞かずにおいた。
庭を描いているネストの集中力はすごいもので、公爵が帰ってくるまでの数時間を集中し続けた。
そして、やはり、ネストの風景画はとても素晴らしいものだった。
屋敷に戻ってきた公爵もネストが描いた庭の絵を絶賛していた。
「神の子も人も描かれていない絵というのは奇妙な感じがするが、実際の庭以上に美しく、思わず見入ってしまうな」
この世界の絵の常識からは外れていても、その美しさを認めてくれる公爵には絵を見る感性がしっかりとあるのだと思う。
美的感性と倫理観というのはイコールではないということだろう。前世の俺も、また然り。
公爵はネストのスケッチと軽く色付けした庭の絵に感心し、自分たちの肖像画ができるのが非常に楽しみになったようだ。
俺たちは礼を述べて公爵邸を後にした。
それからしばらくの間、ネストは公爵と夫人の肖像画に取り組んだ。
神の子を描くための魔石は公爵の魔力が込められたものを皇帝からの要請で用意されていた。
魔石から絵の具を作る工程は宮廷魔導師が行ってくれるらしい。
魔石から絵の具を作るのも魔力を込めた者が行わないと、絵に魔力を通した時に反応しないのかと思ったら、どうやらそうではないらしい。
魔石に魔力を込めた人物と、絵の具を作る人物が違う場合でも、魔力を通した時に魔石に魔力を込めた人物の魔力に反応して光る……そんな絵の具の作り方があるのならば、ぜひ、宮廷魔導師の人に教えて欲しかったけれど、肩書きだけ貴族の俺が聞くのも烏滸がましいし、これ以上、皇帝と宰相に振り回されたくはないので、その方法を知るのは諦めることにした。
ネストは公爵と夫人の肖像画については割とすんなりと描き上げ、神の子も一日程度で描きあげていた。
その後、夫人からの依頼である子供の肖像画を描いていた。
この依頼に関しては、ネストが積極的に受けていたため、皇帝にも宰相にも特に許可を求めたりはしていない。
許可を求めた結果、公爵に知られては妨害されるかもしれないからだ。
ネストは夫人に聞いた子供の特徴をよく覚えていたようで、慎重に、彼女が話していた特徴の子供を描いた。
栗毛の巻毛、白い肌にぷっくりした頬、頬はほのかに色づいた桃色で、ぷるりとした唇はチューリップのように赤い。
そして、まつ毛は長く、その下の瞳は大きくて、夫人の瞳の色によく似ていたという。
「ネストは子供が好きだったのか?」
等身大のような幼児の姿が丁寧に描かれていく。
キャンバスの中で、子供は片手を持ち上げて、手を伸ばしていた。
きっと、その先には、夫人がいるのではないだろうか?
「いえ。そんなことはありません」
ネストはそう答えたけれど、そうとは思えない程に緻密に描かれていく。
「ただ、卑怯者が好きではないだけです」
なるほどとネストの言葉に納得した。
要するに、ネストはまだ幼い子供を殺した長男のことが嫌いなのだろう。
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