24 第一部完結
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「あの、気になっていたんですが、そんなにケイトさんといたいのなら、どうして、ケイトさんの首を絞めたりしたのですか?」
ケイジがネストに聞いた。
それは俺を恨んでいたからに決まっているのに、何を返答のわかっていることをわざわざ聞いているのだろうか?
「僕が死刑になると思ったから、それなら、ケイトさんにも一緒に来てもらおうと思って……」
なんだか、すごく怖いことを言い出した。
「なるほど」と、ケイジは何やら納得している。
今の返答に納得できるところがあっただろうか?
「それなら、今後、ケイトさんが危険に晒されることはなさそうですね」
ケイジはさらにわけのわからないことを言う。
ネストが言っているのはつまり、「自分が死ぬなら昔裏切ったやつを殺してもいいよね?」という理論だろう。
今後も何度でも首を絞められそうだが?
「ケイトさんが僕を置いていかないのなら、そんなことしません」
どうしよう。ネストが俺を信用できないのと同じくらい、俺もネストのことが信用できなくなっている。
こんな緊張した状態で本当に彼らとの共同生活は大丈夫なのだろうか?
とりあえず、俺の隣の部屋は絶対にケイジにしてもらおう。
また同じことがあったら、きっと、俺はやっぱりネストに抵抗することなく、首を絞められることになると思う。
彼の手を傷つけることなど、それこそ、神に刃を向けることと同じことなのだから。
しかし、それと、首を絞められる状態を許容できるかどうかというのは、全くの別の問題である。
「バッティスさんは、どれくらいの期間があれば、引越しの準備ができますか?」
ケイジがそう聞いた途端、ネストは俺の腕を両手でギュッと握った。
それは、首を絞められた時の両手の感覚と同じだったと思う。
俺の心臓は緊張から少しはねた。
「このまま一緒にケイトさんと行きます」
「え……色々と引越し先に持っていくものがあるだろう?」
「ここにあるものはどれもドミキウス侯爵が与えたものです。あってもなくても問題はありません」
俺はなんだか居た堪れなくなった。
「それなら、後で、王宮に絵だけを届けてもらおう」
まだ離宮に入る準備は整っていないため、ネストを連れていったんは工房の上の自宅に戻る予定だが、その前に俺は帝都の商店を回って、ネストの服やらカップやら歯磨きやら、必要なものを一通り揃えた。
工房に行くと、ネストを見た職人たちは「新しい職人か?」「またなんか偉い綺麗なのを連れてきたな」「背は高いけど華奢だなぁ……そんなんででかいキャンバスを運べるのか?」なんて言ってきたから、俺は内心で、だよな。わからないよな。なんて思いながら紹介した。
「みんな、彼はネストだ。すぐに宮廷画家として城に上がる予定だが、数日間はうちにいるからよろしく頼む」
俺の言葉にネストはぺこりと軽く頭を下げ、他の職人たちは信じられないものを見るようにネストを凝視していた。
「言われてみれば、顔立ちとか面影があるかもしれないな」
そうネストに笑いかけたのはキオさんだった。
キオさんも最初は驚いていたけれど、立ち直りが早いのはさすがだ。
工房が帝都に移ってからうちの職人になった者たちは、どうやらネストは昔の顔馴染みらしいと納得して、早々に自分の仕事に戻っていった。
しかし、ネストのことを知っている職人たちは我に帰ると、ネストに近づいてきた。
「え? 本当にネストなのか?」
「あの小さかったネストか?」
そう懐かしむ声をかけてくれたけれど、ネストはもともと人見知りのため、俺の背中に隠れた。背丈は俺よりも高いのに、背を屈めて、なんとか俺の背中に収まろうとしている。
そんなネストの姿を見て、職人たちは笑った、
「人見知りは相変わらずか!」
「ケイトの後ろに隠れる感じは確かにネストだな!!」
「みんな懐かしいだろうから、夕食はうちでとるか?」
俺は職人たちにそう聞いたのだが、ネストが俺の後ろでふるふると首を横に振っている気配がした。
それを見ていたらしい職人たちは笑った。
「いや、いい!」
「怖がらせるのもかわいそうだ!」
「ネストが元気にしていることを知ることができてよかったよ!」
「それじゃみんな、仕事に戻ろう」というキオさんの言葉と共に、職人たちは仕事に戻っていった。
「随分と気のいい人たちですね」
俺たちの様子を見ていたケイジがそう言った。
「当然だろう? 俺たちは家族みたいなもんだからな」
次の瞬間、ネストに腕をつねられた。
「イタタタッ! 急になんだ!?」
慌ててネストを見ると、拗ねた表情をしていた。
俺はネストを町に置いて離れ、その後にネストは辛い思いをしたのに、俺はのうのうと他の職人たちと絆を深めていた。
ネストの目には、ネストを置いていったことへの恨みが込められている気がした。
「ご、ごめん……」
俺が謝ると、ネストは俺を抱きしめてきた。
情緒が不安定だ。
数時間後、ある商家の元に新しいキャンバス画の注文内容を聞きに行っていた両親が帰ってきた。
「あら、お客さん?」
ネストを見た母さんが外向けの笑顔を見せた。
「ネストだよ」
次の瞬間、両親は固まった。昔のネストを知る職人たちと同じ反応だ。
それから俺は、ケイジもいることを思い出す。
「あ、こちらはケイジさん。ネストと俺の護衛をしてくれる」
実際には、俺にとってネストが危険人物である可能性があるからついている俺の護衛だけど、そんなことを伝えれば両親は心配するだろうし、ネストに対して怒りを覚えてしまうかもしれない。
「護衛? どうして?」
「危険なところにでも行くのか?」
両親は途端に心配そうにソワソワとし始めた。
「いや、俺が宮廷画家の後見人として今度から宮廷の離宮で暮らすことになることは話しただろう? その宮廷画家がネストで、ケイジさんは宮廷画家とその後見人の護衛」
「まぁ! ネストが宮廷画家に!?」
「すごいじゃないか!」
両親は嬉しそうにネストを見上げ、そしてその表情が再び怪訝なものになる。
「あなた、本当にネストなの?」
「あんなに小さかったのに、随分デカくなったな」
俺はネストが十歳になる前に彼から離れたけれど、両親は俺がこちらに呼ぶまでネストの成長を見守っていたから、俺以上に違和感を抱いているのだろう。
「ネストです……」
そうなんとか小声で答えて、すぐに俺の後ろに隠れたネストの姿に、両親は微笑ましそうな眼差しをネストに向けた。
「ネストだわ」
「ああ。これはネストだ!」
両親はうんうんと頷いている。
「ネスト、お母さんは元気?」
そう聞いてきた母さんに俺の袖を掴んでいたネストの手が震えた。
「あ、母さん、それは俺が後で話すよ」
「……わかったわ」
母さんも親父も何かを察してそれ以上は聞かないでおいてくれた。
数日後、俺たちは準備を整えて、城の離宮へと住まいを移した。
ひとまず、第一部完結です。




