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「やはり、そなたは賢い」
皇帝陛下も宰相も満足そうに微笑んでいるが、それは穏やかな心落ち着くような笑顔ではない。
むしろ、俺の運命を手中に納めたことに満足しているのだ。
「誤解しないように伝えておくが、我々は断罪したいのではない。この国に巣食う毒虫を暴き出したいのだ」
「それは……どういうことでしょうか?」
「バッティスの描いた神の子によって、ドミキウス侯爵家の者たちは罪悪感に駆られ、自害したという可能性があると聞いた」
「そうですね……検証はできませんから、あくまでも可能性の話になります」
「検証もこれからできるであろう」
貴族たちに神の子が描かれた風景画を渡し、その中で自害する者が出れば……
「検証により、バッティスの罪が明らかになった時には、バッティスは罰せられるのでしょうか?」
「バッティスは宮廷画家とすると言ったではないか? よほどのことがなければ、私が自ら手元に置いた者を手放すことはない」
それはつまり、これからネストは皇帝陛下に命もその立場も守ってもらえるということだろう。
俺が願ってきたように、ネストは最高のパトロンを得ることができたのだ。
「だから、そなたに正式に爵位を与え、バッティスの後見人とすることとした」
皇帝陛下の言葉に俺は呼吸を忘れて、しばらく陛下の顔を凝視した。
「え?」や「へ?」などと間抜けな声が漏れそうになったのは何とか堪えた。
前世でも芸術家のパトロンとして有名なメディチ家は元は平民だったが圧倒的な財力を持って政治を裏から支配し、教皇を輩出、そして貴族となったことは有名だから、この世界でも平民が貴族になることもあるのかもしれないが、それは俺ではないと思う。
俺は政治に関わりたいと思ったことはなく、ただ多くの絵と出会い、絵を売ることができればそれでいいのだ。
ちなみに、名誉爵というのは平民よりも少し優遇される程度のものだ。
平民からしたら爵位を与えられた者として敬う対象だが、生粋の貴族からしたら平民に毛が生えた程度のものでしかない。
正式に爵位を与えるということは、名誉爵ではなく、男爵などの爵位を与えられるということだろう。
「聞けば、そなたとバッティスは大変親しい間柄というではないか?」
「バッティスが小さい頃にうちの工房の塾に通っていたのは事実ですが、私が帝都に来てからは会っていませんし、親しいとは言えませんが……」
「しかし、バッティスが執着するのはそなただけだと聞いている」
「それは……」
俺の途切れた言葉の先をどう解釈したのか、皇帝陛下は言った。
「安心しろ、護衛にこのケイジをつけてやる」
「え?」
俺がケイジを見ると、彼は生真面目な顔で頷いた。
「バッティス氏のリュエルさんへの執着は異常なものだということは理解している。また命を狙われるかもしれないため、私が専属の護衛として就くことになった」
いやいやいや待ってくれ!
「ケイジさんは貴族ですよね?」
平民と偽って名前しか教えてくれていないが、貴族だから本来は家の名前があるはずだ。
「そなたには子爵の地位を考えている。男爵よりは上だからケイジを護衛としても問題はなかろう」
「貴族として過ごしてきた時間が違います!」
皇帝陛下に対して無礼な態度だったかもしれないが、俺はなんとしても貴族になることは避けたかった。
単純に貴族になるだけならばまだしも、皇帝陛下は自身の執務室に招いて、気軽に話しても良いなどと言い、挙句、自身のお抱え宮廷画家とするネストの後見人になれなどと言ってきたのだ……絶対に今後も面倒事に巻き込まれるに違いない。
前世の歴史でも、絵画というのはプロパガンダとして使われてきた。
テレビもラジオもネットもないこの時代、多くの人に皇帝陛下とは、貴族とは、この国の状況とは、他国とは……その印象を伝えるために使われるのが絵画だ。
俺は絵が好きだし、多くの人に絵を見てもらいたいとも思っている。
しかし、その絵をプロパガンダのために使ってほしくはない。
歴史上、仕方ないことだし、この世界でもそういう使われ方をしてしまうのは仕方ないことだとは理解している。
しかし、理解していることと、気持ちが納得しているかどうかは別問題である。
ましてや、自分がそうした絵の作成に関わりたいとは思っていない。
「あの、先ほども申し上げましたが、バッティスが得意としているのは風景画です」
「……先ほども風景画を描いてもらうと話したはずだが?」
もしやこの世界、まだプロパガンダの概念はないのだろうか?
これまで宗教画しか描かれてこなかったせいかもしれないが、前世ならば、たとえ宗教画であってもプロパガンダとして利用されてきたのだが……
まぁ、いい。プロパガンダとして利用されないのならば、、余計なことは言わないほうがいいだろう。




