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「母や、妹が、ガヴァルネスにどのような感情を向け、そして、彼に何を望んだのか、あなたはご存知ですか?」
侯爵がしてきたことは聞いていたし、侯爵夫人や侯爵令嬢がネストにどのような感情を向けていたのかは、ケイジがそれとなく教えてはくれたが、詳しいことは聞いていない。
タイナーの言葉からすると、彼女たちもネストに対してひどい仕打ちをしてきたのだろうか?
「母と妹は二人とも、美しいガヴァルネスの容姿と才能に魅了され、体の関係を迫り、彼の心まで差し出すように求めたのです」
心底汚らわしいと思っている表情でタイナーは言った。
確かに、純粋に絵を愛する画家からするとパトロンの家族にそのような感情を向けられることは困ったことであり、女性に興味がない場合には汚らわしささえも感じたことだろう。
しかし、今のネストの容姿を思えば、女性側が惚れ込んでしまうのも無理はないという気もする……
前世でも、有名画家と愛人の話はあったし、それほど奇異なことだとは俺は感じないのだ。
「彼にとって、この屋敷は本当に地獄だったと思います」
しかし、タイナーにとっては違ったようだ。
彼にとっては母親や妹である人物が、奴隷のように屋敷に閉じ込められている画家へ執着する様は気持ち悪かったのかもしれない。
「それでも」と、タイナーはうっとりと絵画を見つめた。
「彼はこのような絵を私に描いてくれたのです。彼こそが、まさに、神の子の化身なのでしょう」
ああ、タイナーにはネストが、俺と同じように見えているのかもしれない。
俺には前世で無神論者だった頃の記憶があるから、正直、この世界に生きていても神の子への信仰心はわからない。
しかし、あえて言うならば、ネストこそが神だと思っている。
最高の絵画を生み出すことができる神だ。
そんな俺と同じ思いを、タイナーは抱いているのかもしれない。
タイナーにとってのネストは、彼に彼を見守ってくれる神の子を描いてくれた神の子の化身なのだ。
ネストのことを神の子の化身と感じているのであれば、神の子の化身に言い寄る母親や妹というのは非常に汚れた気持ちの悪い存在に思えたかもしれない。
その後もタイナーは俺にこの絵がいかに素晴らしく、自分の心を救ってくれたのかと語って聞かせてくれた。
その熱のこもった語りは、執事が夕食の準備ができたことを伝えにくるまで続いた。
「リュエルさんも、ご一緒にいかがですか?」と、タイナーは俺を夕食の席に誘ってくれたが、俺はそれを丁重に断った。
正直、タイナーの熱量に疲れていた。
彼は神の子への信仰心が非常に篤いようだ。
ネストの才能については納得できる点が多かったが、神の子への信仰心を理解してやることはできないから聞いていて辛い。
俺はタイナーの熱弁から逃げることにした。
俺は再び、執事に門まで送ってもらうことになったのだが、しかし、執事が連れてきたのは玄関ではなかった。
「……ここは」
その扉は一度見たことがある。ネストの部屋だ。
どうしてここに? と、執事を見る。
「バッティス様にお食事をお持ちした際に、リュエル様を連れてきてほしいとお願いされたのです」
執事は扉をノックして開ける。
もう鍵はかかっていないにもかかわらず、ネストがこの部屋から自分の意思で出てくることはないと、ケイジには聞いていた。
「バッティス様、リュエル様をお連れしました」
リュエルという名前が耳慣れないせいだろう。
ネストは、ケイジと一緒にここに来た日と同じように、男性の肖像画を描いていた。
やけに爽やかな男前の男性の肖像画だ。
「何かあれば、お呼びください」
執事はそれだけ言うと、部屋の外に出てしまった。
「……ネスト?」
俺はネストに近づき、声をかけた。
「ケイトだが、何か用があったのか?」
子供の頃とは違い、今のネストには十分な画材が与えられている。
画商とはなったものの、今や俺がネストにしてやれることなんて、何もないように思えた。
「ケイトさん、来てくれたんですね」
こちらを見たネストはゆっくりと立ち上がり、俺に近づく。
「ケイトさんなら、侯爵の絵に気づいたのでしょう?」
ネストの目が暗い。
「……神の子、のことか?」
誤魔化したところで意味はないと思い、俺はネストに聞いた。
「ああ、やっぱり気づいたんですね。どうでしたか? 初めて描いた神の子でしたけど、上手に描けていましたか?」
侯爵はどうやら、ネストに肖像画の制作だけを命じていたようだ。
ちょうど、俺の戦略によって肖像画が流行っていた頃だったからだろうか?
「とても美しかったよ」
「でも」と、俺は言った。
「俺は、お前の風景画の方が好きだけどな」
またネストの風景画が見たい。
俺が帝都に来てから随分と経つ。
その間に、ネストの風景画どのように変わったのか見たかった。
けれど、この言葉が、ネストの心をひどく揺さぶったようだった。
「風景画なんて、価値がないって侯爵は言っていました」
「そんなことはない! ネストの風景画は素晴らしいものだった!」
「じゃぁ、どうして!! どうして、僕を置いていったんですか!?」




