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数日後、ケイジは血を用意して俺を再び侯爵家へと連れていった。
「あの、これは捜査のためですからね?」
「わかっています」
「絵を扱う人にとっては血をつけるなどとんでもないことなのでしょうが……」
ケイジが何度も俺に説明する。
俺はそれほど険しい顔をしていたのだろう。
俺だってこれは仕方のないことだってわかっているのだ。
しかし、絵のことを考えれば、血をつけるなど絶対にやりたくないことだ。
もちろん、透明な絵の具で何が描かれているのかは知りたい。
けれど、それと同時に、絵をわざと汚すなど絶対に嫌だった。
「血液はそれほど多くは採取していませんし、血液に含まれている魔力もそれほどは残っていないでしょうから、的確な場所につけなければいけません」
ケイジの言葉に、俺は色は乗っていない筆跡が集合している場所を指差した。
「ここに魔力を通してもらうのが一番かと……」
俺が示した場所をしっかりと確認したケイジは、血を採取してきた瓶から細いガラスの管のピペットを使って血を吸い上げた。
「あ、少し待ってください」
俺は慌てて窓に寄り、カーテンを少し閉めて、日の光を抑えた。
侯爵の肖像画はかなり暗い色合いではあったが、不自然な筆の跡があるのは、肖像画の中でも強い光が描かれている部分だったから、魔力の光がよく見えるようにカーテンを少し閉めたのだ。
「お願いします」
ケイジは慎重に、少しだけ、絵に血を付着させた。
絵が汚れた瞬間、俺は一瞬だけショックだったが、すぐにそのショックを忘れるほどの絵が侯爵の肖像画に浮かび上がった。
「……」
俺も、ケイジも、魔力で光る少年の眼差しに射抜かれて、一言も発することができなかった。
それは、神の子だった。
おそらく、誰が見ても、それは神の子だとわかったと思う。
肖像画に描かれた侯爵の背後には、神の子が描かれ、神の子は絵の中の侯爵を見つめているように見えたが、しかし、その侯爵を通り越して、我々、絵を見ている者を見ているような気もした。
神の子の絵といえば、穏やかな眼差しが特徴的だが、この絵に隠されていた神の子の眼差しは非常に冷たい気がした。
他の神の子の絵では決して描かれることのない冷たい視線が、見ている者に突き刺さり、まるで何か、罪を問われているような気がする。
やはり、血液に含まれている魔力はそれほど多くなかったようで、魔力で光って見えた絵はすぐに消えてしまった。
しかし、俺もケイジも、しばらく黙ったままだった。
絵の余韻で、二人ともキャンバスを見つめたまま動くことさえもできなかった。
「……今のは、神の子ですよね?」
「そうですね」
ケイジの言葉に俺は頷いた。
魔力で描かれた子供は、明らかに神の子だった。
他には、考えられない。
「私は絵に詳しくはなく、評論なんかにも興味はありませんが……先ほどの神の子は、我々に倫理を問うているような気がしました」
「俺もです……」
お前は、正しく生きているのか? そんなことを問われているような気がした。
ネストは、侯爵の闇と向き合い、光を見出そうとしていたと、侯爵の肖像画を見ながら思ったけれど、それは間違いだったのだろう……
あの神の子は、侯爵の中に光を見出そうとしているような目はしていなかった。
ネストは、神の子を通して侯爵の闇を暴き、白日の元に晒そうとしていたのだ。
あの光の元に侯爵の魔力で描かれた神の子は、侯爵を見守っているのではない。
侯爵の罪を断罪しようとしていたのだ。
「しかし」と、ケイジが小さな声を漏らした。
「この絵で、人を殺すことができるとは思えない」
「それは、あなたにやましいところがないからかもしれませんね」
「それは、リュエルさんには、神の子に対して後ろめたい思いがあるということですか?」
「そうだと言えば、ケイジさんは俺の罪を暴こうとしますか?」
「いえ。あなたの後ろめたいことなんて、どうせ、バッティスさんを自身の工房の職人にしていれば、こんなことにはならなかったかもしれないという程度のものでしょう?」
俺は思わずケイジを凝視した。
「バッティス氏の話を聞けば、二人の関係性はわかりますし、彼の絵に対してのあなたの反応を見れば、単純に彼を不要な存在として置き去りにしたわけではないことはわかります」
だから、俺は悪い奴ではないと、ケイジは思ってくれているようだ。
「まぁ、その辺りはバッティス氏に誤解されているようですが」とケイジの眼差しに少し同情が含まれる。
「俺は思いの外、ケイジさんに信頼されているということですね?」
「リュエルさんが信頼できない人物なら、そのような人物から聞いた調査結果など意味はないですからね」
そうケイジは言ったけれど、ケイジは俺の前世を知らない。
俺は、人に恨まれて、殺されるような人間なのだ。




