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「キオさん、絵の上から何かを塗って、その塗ったものが見えなくなるものってなんだと思いますか?」
一人で考えることに限界を感じて、俺は工房に出てキオさんに聞いた。
「色落ちを防ぐニスのことではないだろう?」
「はい。絵の具と同様に筆を使っています」
ニスは絵の具が完全に乾いてから刷毛で塗る。
「筆跡だけが残っていて、それがどのような意図で残された筆跡なのかがわからなくて……」
キオさんは子供の頃のネストのことをよく知っているから、ネストが帝都にいることを教えてあげたかったけれど、ネストは今、容疑者であり、俺が事件の調査に協力していることも秘密なので、ネストのことを話すこともできない。
「それなら、魔石で作った絵の具じゃないですか?」
そう言ったのは、若手画家のベルトル……愛称はトルトだ。
「色はなく、筆跡だけなんだ」
「魔石の絵の具って、魔石と樹脂を混ぜて作るじゃないですか?」
「そうだな」と俺とキオさんは頷いた。
「使う時にはよく混ぜますけど、すぐに少し分離しちゃいますよね?」
そう。魔石と樹脂が完全に混ざりきることはない。
樹脂は魔石を砕いた粉をまとめ、キャンバスに止まらせる役目しかないのだ。
「その、樹脂の部分だけを使うと、透明な絵の具みたいになるんですよ」
「……そんなものを塗ってどうするんだ?」
「そこに魔石を作った人物の魔力を流すと、透明な絵の具を塗った部分だけ光るんです」
俺はトルトの言葉に驚いた。
つまり、ネストのあの絵には、隠された絵があるということか?
「トルトはどうしてそんなことを知っているんだ?」
キオさんがトルトに聞いた。
確かに、俺が子供の頃から絵の仕事をしており、さらに魔石で絵の具を作ることが可能なキオさんが知らないことを、魔力持ちでもないトルトがなぜ知っているのだろうか?
「それが、最近、絵を注文してくださった貴族のお嬢様が、そうして作った絵の具で友達と秘密の手紙のやり取りをしていると話してくれたんですよ」
トルトは得意げに話しているが、キオさんの表情がどんどん厳しくなっていく。
「それで、俺にも、絵の中にメッセージを書いてほしいって……」
そこまで話してからトルトはしまったという顔になった。
トルトは見た目が非常に整っていることもあって、女性にモテる。
平民だけでなく、貴族女性にも一目置かれるほどだ。
しかも、礼節をわきまえた貴族男性ではなく、少し刺激的な関係を求める貴族女性には若い平民の画家というのは興味深い存在のようで、トルトはそういうお客様がつくことが多い。
「おい」と、キオさんがトルトに厳しい視線を向けた。
「お前、その要望に応えてないだろうな?」
「いやー、お客様のご要望には応えないと悪いかなぁーって……」
「お前のそういうチャラついた性格のせいで、何度俺やケイトがお貴族様に頭下げたと思ってるんだ!?」
トルトへの説教はキオさんに任せることにして、俺はすぐにケイジに連絡を入れた。
「つまり、バッティス氏は、ドミキウス侯爵の魔力で何かを描いている可能性があるということですか?」
ケイジの確認の言葉に俺は頷いた。
「しかし、絵の具は見えない状態なのですよね? そんな状態で絵を描くことができるのですか?」
「それは、俺にも不確かですが、まだ乾いていない絵の具の上から描いていたのはおそらく筆の跡を軸として、頭の中で絵を完成させていったのだと思います」
「筆の動きに合わせて、頭の中で絵が完成していった……ということですか? 一筆、一筆を記憶していたと?」
「そうですね……おそらく、そういうことか」
俺にはそんな能力はないから断言はできないけれど、天才画家ならば可能なのではないだろうか?
「しかし、もし、そうしてあの肖像画に見えない絵が描かれていても、侯爵が亡くなった今、確認のしようがないのです」
俺の言葉にしばしケイジは考えていたが、「それならば大丈夫でしょう」と言った。
「ドミキウス侯爵の遺体は腐敗しないように魔導具で厳重に保管されています」
そんな魔導具があることには驚いたものの、そもそも亡くなっていてはやはり魔力操作はできないのではないだろうか?
「しかし、魔力を流し込むことは無理なのではないですか?」
「時間が経ち過ぎていれば難しいですが、おそらく、まだ血液に魔力が残っていると思いますから、血液を採取し、絵につければ、少しくらいは魔力の作用を見ることができると思います」
絵に血をつけるということに強い抵抗感を感じたけれど、これは事件解決のためなので仕方ないのだろう。




