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天才画家 ガヴァルネス・ダン・バッティスと画商の絵画事件簿  作者: はぴねこ


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お読みいただきありがとうございます。

少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。


「こちらが旦那様のお部屋でございます」

 

 執事はドミキウス侯爵の部屋まで案内すると自分の仕事に戻っていった。

 いや、これも仕事のうちだろうから、次の仕事に向かったと言った方がいいだろうか。


 部屋にケイジと二人きりになると、「リュエルさん」と呆れたような声で呼ばれた。

「すみません」と、俺は反射的に謝る。

 

「我々憲兵は平民です」

 

 ケイジの言葉に俺は「え?」と、ケイジを凝視した。

 

 他の憲兵はともかく、彼は貴族の出だと思っていた。

 そういう、なんというか、貴族独特の空気とでも言うべきものを彼は身に纏っていたから。

 俺がケイジをじっと見ていると、彼はため息をついた。

 

「私が貴族の出だと、気づいていたのですか?」

「その、身に纏う空気と言いますか、身の動きでしょうか? そうしたものが、平民とは違いましたので」

「それなら、平民のあなたも違うじゃないですか?」

 

 どうやら、他の平民よりも、品がいいように振る舞えているようだ。

 しかし、俺のそれは前世の記憶のためであり、生まれのためではない。

 

「私は男爵家の五男で、爵位を継ぐ立場にはありません。他の貴族から見たらほぼ平民なんです。憲兵の中では、一応、貴族と直接対応する係のような位置付けにはなっていますが、身分的には平民同然の身です。とにかく、憲兵というのは、かなり上の立場でもない限りは平民だと思ってください」

「わかりました」

 

「それを前提にお話ししますと」とケイジは前置きした。

 

「平民である我々憲兵は貴族を疑うことはまずしません」

「え……」

「心の中で疑わしいと思っても、それは口には出せないのです」

「それでは、犯罪を取り締まることができないではないですか?」

「貴族間の犯罪ならば騎士が調査を行い、犯人を探します」

「それなら、今回も……」

「今回は表向きは自害です。それに、容疑者は名誉爵とは言えども、正式な貴族ではないですから」

 

「ついでに言えば」と、ケイジが教えてくれたことには、ドミキウス侯爵が帝国にとって重要な貴族だったならば騎士団が調査をしたはずだという。

 

「おそらく、陛下としては、この屋敷の事件は当初の通り、自害として結論づけたいのだと思います。バッティス氏のことも、おそらく、皇帝お抱えの画家にするつもりなのではないでしょうか」

 

 皇帝お抱えの画家になれるなんて、それはすごいと俺は少し気持ちが浮き立った。

 しかし、その気持ちを正直に顔に出すわけにもいかないため、神妙な顔を取り繕う。

 

「では、なぜ、調査を?」

「他の貴族達が不安がっているからです」

「なるほど……」

 

 一応、調査をしたという建前を作りたいわけだ。

 それはつまり、何か見つかっても言わないほうがいいのだろうか?

 

「それと、陛下は忖度されることをお好みになる方ではありませんから、何か気づいたことがあれば報告してください」

「わかりました」

 

 俺はケイジに返事をして、ドミキウス侯爵の部屋の壁に飾られた大きな絵を見上げた。

 それは侯爵自身の肖像画のようだった。

 

 家族と一緒のものではなく、侯爵一人だけを描いたもので、礼服姿で杖をついた堂々とした立ち姿だった。

 その彼の後ろには窓があり、光が差し込んでいる。

 絵は全体的に暗いものだったが、そのために窓から差し込む光の強さが印象的だった。


 ネストが子供の頃に風景画を描いていた時には前世のスイベル・ギュレーの画風に似ていると思ったけれど、肖像画はまるでレンブラントの画風のようだった。

 それも、晩年の光を捉えようとした画風に似ており、光を描き出すために逆に全体が暗くなっているようだった。


 レンブラントは光と影を描き出すことによって、肖像画に描かれた相手の内省までをも描き出そうとしたようだったが、ネストはどうなのだろう?

 まだ若い彼に、人の心の機微がどれほど読み取れていたのだろう……そう思ったが、彼の絵を見ているうちに、そんな考えは無粋に思えた。

 

 彼は確実に、この肖像画の人物の闇と向き合っていたように思う。

 そして、光を見出そうとしていたのではないだろうかと思えた。

 

 しかし、それと同時に、残念に思った。

 ネストは肖像画でもその才能を遺憾無く発揮し、人物を描き出す技術を磨いている。

 

 しかし、あの風景画を描いていた時のような畏怖を感じることはできなかった。

 なんというか、肖像画には、侯爵をどう描き出すかという画家としての意思は見えても、絵画への情熱のようなものを感じることはできなかった。

 

 きっと、ネスト自身、この肖像画を描いていて楽しいとは思わなかっただろう。

 計画的に下絵をし、下塗りをし、決して、心が焦って思わず、予定にない色を重ねてしまったなんてこともなく、ただただ、肖像画が出来上がるまでの過程を段取り通りに色を重ねたにすぎない産物だった……

 

 そう、これは画家の作品ではなく、職人の商品としての作品だった。

 客の要望を聞き、客が望むものを最良の形で作り上げた。

 それだけのものなのだ。



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