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名探偵でもないのに、俺はネストが犯人ではない証拠を見つけたくなっていた。
「リュエルさんにはまだご協力してほしいことがあるのですが」
ケイジの言葉に俺は首を傾げた。
「なんでしょう?」
「バッティス氏が描いた絵を……なんと言いますか、見てほしいのです」
「鑑定してほしいということでしょうか?」
「絵も宝石や魔石のように鑑定と言うのでしょうか?」
城や神殿などの大きな建物や貴族たちの屋敷なんかにある壁画は平民たちにはそれほど馴染みのあるものではない。
ましてや、壁画ではなく芸術作品として認められた絵画となると、一度も見たことがないのかもしれない。
「価値を見極めるための行為ですから、鑑定と言って差し支えないでしょう」
「なるほど。その、鑑定をしてほしいのです」
「それは構わないですが……」
むしろ、今の彼の絵をじっくりと見る機会をもらえるのだから喜ばしいことだ。
「しかし、どうしてですか? 絵の鑑定も、捜査に関係が?」
「ええ」とケイジは頷く。
「それが……私も半信半疑なのですが、使用人たちが言うには、侯爵家の人々を殺したのは、バッティス氏が描いた侯爵家の人々の肖像画ではないかと言うのです」
「絵が、人を殺した……ですか?」
そんなことがあるだろうか?
確かに、前世でも呪われている絵というものはいくつかあったけれど、人を殺した絵というのは聞いたことがない。
画家自身がその繊細さゆえに自殺してしまうということはあったけれど、他者を絵で殺すことなど可能なのだろうか?
「侯爵家の人々はバッティス氏の絵に心酔していたようで、時間さえあれば、よく彼が描いた絵を見ていたそうです」
それは、絵が好きな人ならば珍しいことでもないし、たとえ絵に興味がない人でも、ネストの絵ならば見入ってしまうだろう。彼の絵にはそれだけの魅力がある。
「侯爵家の人々の身の回りの世話をしていた使用人たちは口々に、その絵を見る様子がなんとも異様だったと言うのです」
「異様、ですか……」
「まるで、生きながらにして、徐々に生気を抜かれているようだったと」
「あの、私は画商として、多くの絵を見る機会を得てきましたが、思わず見入ってしまう魅力的な作品というのはありますが、生気を抜かれるような……そんな絵はないかと思います」
憂鬱な様子の絵というのもあるが、それは気持ちが少し憂鬱になる程度のもので、当然、生気を抜かれるなんて現象は起きない。
「私も、使用人たちの証言を信じているわけではありませんが、捜査の一環として無視するわけにはいかず……かといって、素人の私が見たところで、よくできた絵だとしか」
とにかく、俺はまたケイジと一緒に侯爵家へと行くことを約束した。
その日の夜、俺は幼い頃のネストの夢を見た。
小さな町から、皇都に出発する日、ネストは絶望的な眼差しを俺に向けていたけれど、すがるような言葉はなく、ただ、呆然と立ち尽くしていた。
ネストが十歳になるのを待って、工房の職員として、一緒に皇都に連れてきてやるのが正解だったのかもしれない。
そうすれば、彼の人生はもうちょっとマシなものだったのかもしれない。
けれど、何度考えても、俺はきっと彼から逃げただろう。
彼の才能を持て余して、もっといいパトロンがつくべきだと自分に言い訳をして、畏怖さえも感じた彼の才能から逃げる以外に術がなかったと思う。
二度目に侯爵家を訪れた時も、執事が出迎えてくれ、淡々と目的の部屋まで案内してくれた。
ケイジはドミキウス侯爵は人付き合いが苦手で他の者とそれほど親しくなかったために恨まれてはいないというようなことを言っていたけれど、恨まれてはいなくとも、好かれてもいなかったのだろうとここの使用人達を見ると思う。
使用人達は本当に淡々と職務を全うしていて、とても主人が死んでしまった屋敷の者たちには見えない。
「そういえば、この家は誰が管理を行なっているのですか? 侯爵も他のご家族も亡くなったんですよね?」
「ドミキウス侯爵には子息がおられます」
「そうなのですね、お姿をお見かけしなかったので、ご家族は全員亡くなってしまったのかと思いました」
「城で文官として働かれており、屋敷には寝に帰ってくる程度で家族ともあまり接点がなかったようです」
「事件後も仕事に行かれているのですか?」
「ええ」
「……その方は、その……」
容疑者ではないのか? と思ったが、執事のいる前で言うことでもないような気がして口籠ると、俺の前を歩くケイジが首だけ捻りこちらを見た。
そして、俺の言葉を止めるように首を横に振った。




