【巫女の誇りと、天秤のうえ】
「……わかりました。しかし、すぐにはお答えできないかと思います。」
「は……よきにお計らいください」
連れ立って出ていく武官達の背中を座ったまま見送りながら、一宮あさめは、肘置きに付いた手で眉間を揉む。
「……まいったわねぇ……」
思わず声に出している。
「あさめさま……?どういうお話だったのですか?」
奥の間から、茶を入れたお付きの巫女が顔をのぞかせた。
湯気の立つ湯飲みを受け取りながら、腰掛の背もたれに身体を預ける。
「……宮の皆様を、集めてちょうだい。九宮様も、ね」
あさめは質問に答えず、そう言い伝え、茶を口にした。
巫女の廓の一室。
集められた宮の面々は、ワイワイと話を弾ませているようだ。
あさめは、その部屋の外で一つ息を吐くと、覚悟を決めたように戸を開けた。
面々は、会話をやめて、一斉にあさめの方を向く。
静かに歩みを進め、自分の席に付いた。
皆、あさめが口を開くのを待っている。
見習い巫女が、卓に茶を置くのを待って、集まった面々の顔を一通り眺める。
九宮コトワも、つまらなそうにちょこんと座っているのを確認して、口を開いた。
「皆さま、突然お呼び立てに、お集まりいただき、ありがとうございます」
ずずずっ
「あちっ……」
くれんの声が響いた。
わざと大きく咳ばらいをする。
「んん!!……かねてより宙に浮いていた、一社の巫女、『せな』様の処遇について、この度、正式に武官様方から『身柄を武官の元に引き渡せ』とご依頼がございました」
その言葉に、それぞれの顔つきが変わるのを見る。
「このところ、九宮様のお付きのりふぁさんと共に武力を身に着けているとのこと。彼らの言い分からすれば、『神織に属さぬ武力は認められぬ』とのことです。……しかし、彼女は神器を持つれっきとした巫女。つきましては、この申し出への対処について、皆様のご意見をお聞きしとうございます」
しん、と静まり返る室内。
最初に、恐る恐る口を開いたのは、三宮の雨月さいだった。
「あさめ様は……お武官様方には何とお答えしたのですか?」
「一度こちらの意見を集めたうえで、お返事します、と。……とはいえ、せな様の処遇については、かねてよりの懸念の一つではあります。いよいよ、というところが正直なところでしょうね」
それを聞いて口火を切ったのは、二宮黒曜らんである。
切れ長の目を、九宮コトワの方へ、ちらり、と向けながら、皮肉交じりに言う。
「そもそも、管理もできぬ怪しげな術でしょう? 我らの手を離れ、専門である武官様方にお任せするのが、筋かと存じますわ」
暗に九宮様の監督を疑うような、過激な物言いである。
それに対して、雨月さいが反論する。
「しかし、お待ちください、らん様。 それでも、せなさんは正式に巫女の位にある者。その身を、安易にお武官様方の元へ下すなど、あってはならない前例となります。 巫女の誇りは、どうなりましょう」
普段はおどおどした様子を見せているさいが、珍しくハッキリと物を言った。
姉が武官だからこそか。巫女と武官に線を引く、さいらしい意見ではある。
「誇り、ですか。実の伴わぬ誇りほど、滑稽なものはございませんわね」
「それは、どういう意味でしょうか……?」
この二人に珍しく静かな火花が散るのを感じる。
当の話題の中心となるべき九宮コトワは、そんな言い争いには一切興味を見せていないのか。
ふあ、と小さく、あくびを一つすると、顎を少し上げながら口を開いた。。
「そもそも、わたくしが管理するなど、考えたこともない。せなの好きにさせればよかろう。まったく、ばかばかしい……」
その言葉に、場の空気が凍り付く。
「九宮様……!」
らんが腰を浮かせ抗議をしかける。
「そこまでに、いたしましょう」
あさめは、静かに、しかし有無を言わさず制した。
「らん様のおっしゃる、管理の難しさ。さい様のおっしゃる、巫女の誇り。そして、コトワ様のおっしゃる、個人の意志。どれも、ないがしろにはできません」
お互いの主張を整理して、落ち着かせる。
その上で、一度自分の考えを提示しておく。
それぞれの顔を見ながら、ゆっくりと言葉を組み立てる。
「ですが、わたしは、現役の巫女が、武官様方の『下に』入るという前例を作るべきではない、と考えます。それは、我ら巫女組織が、永きにわたって築き上げてきた、神々への奉仕という、独立した役割を、自らおとしめることに他なりません」
言い終えると、コトワが鼻で笑う声を上げたが、黙殺する。
「西宮様、このような場に巻き込んでしまい恐れ入りますが、何かご意見はございませんか?」
会議の方向を変えるためにも、たまたま同席してもらった二宮桝きりに意見を求めた。
「そうですね……西宮と宮では事情が違うので、参考にはならないかもしれませんが。西宮では武官も含め私たち巫女の元に、一つに動いております。あえてお武官様方の元に下る、というのはその流れには反したものとなるでしょう」
「ありがとうございます」
その意見を引き出すと、改めて出席者の顔を見やる。
あえて発言を求める者はいないようだ。
「……では、私からのご提案です」
くれんが眠る前にケリをつけよう。
「せな様を、一社の位から三殿の位に、正式に引き上げます。それに伴い、彼女には宮に勤めていただくことで、我々巫女の一員であることを内外にお示しします。そのうえで、『巫女の神事の一環』として、神織の平和を脅かすものへの対処を、お武官様方に『委託する』という形で彼女を派遣させるのです」
これが、各方面の顔を立てつつ、譲れない一線は守る、絶妙な天秤の上の答えではないだろうか。
話を聞いた面々は、それぞれに解釈をかみ砕いているようだ。
「……よろしいのでは、ないでしょうか?」
最初に口を開いたのは、らんだった。
口元に笑みは無く、おそらく不本意なのだろうが、反論するというわけではなさそうだ。
他の面々も、それぞれに頷きだす。
コトワは、もうすっかり興味を無くしたのか、窓の外の雲の数でも数えているようだった。
そしてとどめに。
「まあいいんじゃないのー」
という、くれんの気の抜けた声で、会議は決した。
内心で長い息を吐くと、すっかり冷めてしまった茶を手に取り、一口、口にした。
ぞろぞろと席を立ち部屋を出ていく者たちの間を抜け、きりがそばにやってきた。
「きりさま。ありがとうございました」
そう言うと、きりはカラリと笑いながら隣に座った。
「あさめさまも、ご苦労されていますね。せな様、という方のことは存じませんでしたが、あれで良かったのでしょうか?」
「ええ、西宮の状況も聞けて、皆様の知見も広まったでしょう」
きりは、一段声をひそめ話し出した。
「北のお噂は、耳に入れられていますか?」
「盗賊たちが、祭事に合わせて動く、という?」
「ええ。おそらくこの度の武官の動き、その北への警備の派遣に関わるものではないかと」
「せなさんが、北へ派遣される、と?」
「確実ではございませんが、一応、一宮様のお耳にはお入れしておこうかと……」
「ありがとうございます……。ですがそれこそ、武官様方の動き。私たちがどうこう言えるものでもありませんね……」
「そうですね。まぁ、それとなく、本人にはお伝えしてあげてもよいかもしれませんね」
そう言うと、きりはすっと立ち上がり、背筋を伸ばした姿勢で部屋を出て行った。
誰もいなくなった部屋に、見習いの巫女たちが茶を下げに入ってきた。
あさめはしばらく座ったまま、茶を下げ卓を整えるその姿を眺めていたが、やがて立ち上がると、自分の部屋へ帰っていった。
~二殿の報告書~
祭事の主だった業務から外されたため、溜まっていた書類の整理を実施。
本日臨時で宮様方の会議が執り行われたとのこと。
重要事項が発生したのだろうか。




