幕間三【当主たちのため息】
五家の一角を占める、黒曜家の当主──黒曜宗厳は、深く息を吐きながら天井を眺める。
この後控える会議のことを考えると、こめかみがずきずきと痛んだ。
宗厳は姿勢を直すと、左脇の引き出しを開け、一包の包みを取り出した。
水瓶から茶碗に水を注ぎ、包みの中身を水で流し込む。
西方の高名な薬師からわざわざ取り寄せたものだが、効いているのか効いていないのか。まあ、気休めにはなろう。
「宗厳様。皆様お揃いです。お急ぎください」
室外より声がかかる。
宗厳は重たい体を起こすと、宮の上層、枢機庵を目指す。
大階段をのぼりながら、先代、宗林がその年の割に早い引退を決めた思いを察する。
山の斜面に添うように建てられたこの宮は、段差が多すぎる。
今頃、黒曜の地元で悠々と過ごすであろう父の姿を思い浮かべると、またため息が出た。
その部屋の広さに見合わぬ、豪奢な門をくぐり、薄暗い枢機庵へ入る。
そこにはすでに、ほかの四家の当主、文官・武官の高官たち、そして一宮の巫女がすでに席についていた。
入口を入って行く宗厳に気づいた文官の一人がその場に立ち、宗厳を前方の席へ通した。
(鳥陽の、長男だったか。ご丁寧なことだ)
宗厳は用意された椅子に重い体をどっかりと落ち着けた。
「さて、此度の会議の前に、皆様からのご意見をうかがいたい件がございます。」
この場にいるべき全員が揃ったことを確認した、司会役の巫女──一宮あさめが話始める。
「一宮のくれん様からご報告のあった件でございます。」
辺境の村、そこに祀られていた「竜のひげ」、その竜のひげを砕いたという「神器髭切」そして、それを振るう「不死の巫女」。
まるでおとぎ話でしかない報告である。
「その者が、不死の巫女、コトワと名乗った、と……」
「五家の皆様はご存じか?」
宗厳は黙って首を振る。ほかの四家の当主たちも、宗厳と同じく何も知らぬようだ。
次に口を開いたのは鳥陽の当主、鳥陽”たけおみ”である。
「いずれにせよ、神器『髭切』。実在するとなれば管理下に置かねばなるまい」
相変わらず、実行力のない甘い考えを述べている。
「いかにも、すべての神器は神織の管理下にあるべきです」
武官の高官もそれに続く。
まったくもって考えが甘すぎる。宗厳は我慢できずに声を上げた。
「もしもそのような『チカラ』が存在するのならば、総力をもって回収に当たらねばならん。仙境の『秩序』を保つためにも我らの及ばぬ力を認めるわけにはいくまい」
「しかし、巫女を名乗るものに無下に実力行使するわけにもいきますまい」
議論は紛糾する。
その中で、武門を司る雨月家当主・霖雨が静かに口を開く。
「いずれにせよ、相手を知らねば始まらぬ。まずは、礼を尽くした使者を送るべきだろう」
ほかの参加者たちもそれに同意を見せる。
「いかにも、その実在を含め事実を確認するのが先ではないかと」
確かに、あの眠たげな一宮の言うことを鵜吞みにもできぬ。宗厳は遮ることなく会議の様子を見守った。
「いずれにしても、神織より正式な使者を送らねばなるまい」
「いかにも、して、その人選は?相当の者でなければ軽んじられよう」
「ここは、我が娘──”すい”を推したい。あれも近頃力をつけておるでな、こちらからの使者としては申し分ないと思うが」
「待たれよ、すい様は武官。いたずらに武官を派遣してはことを荒立てよう。ここは、我が次男の”たけみ”に任させてはくれぬだろうか」
また、始まった。五家同士の影響力の奪い合いである。宗厳にしてみれば、誰が行こうなどという人選はどうでも構わない。使者を送った結果、脅威であれば排除し、力となるとみれば取り込めばよい。会議を荒立てても仕方ない。口ははさまず、成り行きを見まることにした。
「しかし、たけみ様はまだお若い。向こうが数千を生きる不死の巫女であれば、あまりに礼を欠きはしないだろうか」
「う、うむ、そうであるな」
武官の高官の言葉に、鳥陽たけおみも素直にうなずかざるを得ない。
「ここは、雨月のすいさまにお任せするのが良いかと。あちらの持つ力にも対抗できよう」
これにより大勢は決した。
「では、まずは雨月家のすい様を、使者として派遣し、髭切の譲渡もしくは、神織への帰参を促す、ということで……。」
「どうやら、ご意見がおまとまりのようですので、ひきつづいて本日の議事に入らせていただきます……」
鳥陽たけおみは、長時間にわたる会議が終わると、周りに気づかれぬよう、ため息をついた。
ふと、入口を見ると、雨月の当主が武官と話しながら部屋を出ていく姿が見える。
慌てて後を追った。
「雨月殿」
大階段を降りる所で追いつき、声をかける。
「これはこれは、鳥陽の、どうかなされたか」
「先ほどの使者の件だが、雨月どの、どうかすい殿の派遣に、たけみを同行させては、もらえぬだろうか。あれはまだ世界を知らぬが……能力はあるので、きっとお邪魔にはなりますまい」
「構いませんとも。鳥陽様の親心、ご苦労がうかがえますな」
そういうと霖雨は声を立てて笑った。
「なに、それぞれ宮しか知らずに育っておるでな……」
たけおみも内心汗をかきながら、笑い返す。
「あさめ、おかえりー」
一宮の執務室に帰ると、くれんののんきな声が聞こえた。
「くれん、あなたのおかげでまたひと悶着ですよ……」
「私はあったままを伝えただけなんだけどなあ」
人の苦労も知らないで…思わずため息が出てしまう。
いけない。この人に当たっても、仕方がない。
「ひとまず、そのコトワ様?という方に使者をお送りすることになったようですよ。巫女の我々の方でも、動きが出てくるかもしれませんね」
あさめは、手にした紙の束を無造作に机に置くと、窓際へ歩み寄る。
窓辺に置かれた水瓶から茶碗に水を注ぐと、一口、口をつけ、窓から見える仙境の高い空を見上げた。
~二殿の報告書~
本日、枢機庵の会議あり。
あさめ様に心労の様子が見える。
五家間での動きも見えるため、情報収集に当たる。