幕間十一【眠たい巫女と癒しの手】
一宮の巫女くれんは、神織の宮の下層に位置する廊下を、ふわふわと進んでいた。
その両腕は、長い、長い袖をまくり上げ、額を抑えている。
目的の部屋にたどり着くと、声をかけながら入っていった。
「はり~。また怪我しちゃったー。治してー」
その声に奥から駆け出てきたのは、二宮の巫女、「はり」である。
「くれんさま……!今日はどうされましたか?」
「おでこから血がー」
「また、ですか……?くれんさま、最近生傷が絶えませんね」
はりは、眉を寄せ、腰掛に降り立ったくれんを心配そうに覗き込む。
「うん、石ぶつけられてるからかなぁ」
「えええ……!くれん様にそんなことをする輩がいるのですか……!?」
こともなげに答えるくれんに対して、声を上げて憤慨するはり。
「でも最近は、みんな、なかなか、投げてくれないんだよ」
「そ、それはどういう…?と、とりあえず治療しますね。おでこを出してください」
訳が分からないという顔をしたまま、はりは脇に置いてあった神楽鈴を手に取った。
真剣なまなざしで傷口を見つめながら、両手でその鈴を震わせる。
いくつも連なる鈴が、しゃらんしゃらん、と涼し気な音を立てる。
鈴に照り返されるきらめきが、その場に残り神聖な光がくれんを包む。
「くれん様が、お願いしているのですか??」
はりは、集中した様子で鈴を振りながらもそう聞いた。
「そう。よよこうを使えるようにするんだ」
何度か味わった、傷口が熱を帯びる感覚。
むず痒いような、気持ち良いような。
その感覚をじんわりと味わいながらそう答えた。
「なんだか、大変なことを、されてるんですねえ……。はい、綺麗に治りましたよ」
はりは、不可解そうに答えながらも、治療を済ませてくれた。
「ありがと~。また来るね~」
と言い残し、次の石を投げてくれる人を探そう、と思い、再び腰掛から浮かび上がる。
「お、お待ちください。」
と、声をかけられ振り返る。
「何をされてるのか、私もご一緒してお伺いしても?」
「いいよー。あそうだ、はりが石を投げてくれればいいじゃん」
ちょうどいい。
はりにはまだ頼んだことが無かったし、投げてくれるだろう。
「え、私ですか?」
はりは意外そうな顔をして固まった。
はりを連れ、中層の中庭までやってきた。
少し距離を取り、はりと向かい合う。
「自分でやると何か違うんだー」
ぼんやりとした顔でいうくれんに対して、はりはどこか落ち着かない様子だ。
「えっと、でもお怪我はしないようにしないと。じゃあ、ふわっと、ふわっと投げますよ」
はりは、下手で投げかける姿勢を取るが、それでは駄目だ。
「それだと意味がないんだよ」
「えええ……」
「思い切り、えいって、投げて投げて」
はりは、手の中の硬い石を見つめている。
「いえ、でも危ないですよ」
「いいからいいから。もう少しでできそうなんだ」
戸惑うはりに対して、くれんは両手を広げ、いつでも来い、という構えである。
「せめて、どういう意図かお聞きしてもいいですか?」
これまで聞かれたことは無かったが、それももっともかもしれない。
くれんは言葉を選びながら説明した。
「そっか、えっとね、難しいんだけど……コトワが言うにはよよこうは『力』を無くすことができるんだって。だから、石がぶつかる力を無くそうと思って」
コトワが語った、神器「よよこう」の力。
「力を、無くす……。もっと他の手段はないのでしょうか??」
はりはどうしても石を投げたくないらしい。
くれんは腕を組みながら説明を重ねる。
「自分で石を放り投げたりしてたんだけど、『石が当たる力』っていうより、『地面が引っ張る力』を無くしちゃう感じで、違うんだよねえ……それはほら、なんか出来るようになってきたから」
足元に落ちている石が、ふんわりと浮かび上がる。
一つ、二つ、三つの石がくれんの周りに浮いている。
「これは……すごいですね。これも神器よよこうのお力なのですね……」
「ね?だから次の『力』は何かなーって思って。投げてもらってるの」
そこまで言うと、はりも意を決したという顔で頷いた。
「わ、分かりました……。ですが、お怪我のないように、気を付けてくださいね……!」
再び向き合って立つ。
石を握り、構えるはり。
「いきますよ…!!……えいっ!」
「あたっ!!」
おでこを抑え込んでしゃがみこむくれん。
はりが駆け寄ろうとするも、手を上げてそれを制した。
「大丈夫大丈夫。もう一回お願い」
「え、えええ……」
はりは困惑している。
その後、五回は投げさせられるも、肩に当たり、またおでこに。
「あ、あの、これは、役に立っているのでしょうか……」
はりは、再び石を握りながらも、心配そうにこちらを窺った。
「うんうん、分かってきた。次こそ大丈夫」
「い、いきますよ……」
先ほどまでよりも勢いよく飛んだ石が飛んでくる。
ぶつかる『力』を、『無』に、する。
頭部に衝撃、と共に鋭い痛み。
すぐに、ぬるり、としたものが垂れる感触。
石は再び額に当たり、血を出した。
「くれんさま!申し訳ありません!すぐにお治しします!」
すぐさまはりが駆け寄った。
腰から下げた鈴を手に取り、再び額にかざした。
「ありがとー。血が出ると、服を汚しちゃってあさめに怒られるから」
くれんは、自身が傷つくことよりも、そんなことを気にしている。
「このような無茶な鍛錬、何とかならないのでしょうか……」
はりは、鈴を振りながら、そうつぶやいた。
「コトワに何かいい方法無いか聞いたけど、『いいぞ、もっとやるがいい』だってさ」
「コトワ様まで……。」
はりは、治療を終えると、鈴を手にしたままなにやら考え込んでいる。
やがて、ふと思いついたかのように口に出した。
「『力』、というのであれば、何もくれんさまご自身に当たらなくても良いのでは?武官様たちのように、丸太に石を当てる『力』を無効にする、とか……」
「おー。それは考えなかった。自分に向かう『力』じゃなくてもいいのかな。でも、丸太に当たる力って、私に『分かる』のかな?」
丸太に当たる「力」は自分で「感じる」ことはできない。
「うーん、確かにご自身に直接向いた『力』よりは、掴みづらいかもしれませんね……」
「ほら、やっぱり石を投げてもらう方が……」
そう言いかけたところで、慌てたようにはりが手を振りながら言葉を重ねてきた。
「いや、ほら!石が飛ぶ『力』そのものを無くせれば!それがご自身に向いたときだって無くせますから!それにわざわざ投げてくれる方を探さなくても済みますし!いかがでしょう!?」
「『当たる力』じゃなくて『飛ぶ力』かあ。さすがはりはすごいね。それなら一人でもできるかも。」
納得したようにうんうんと頷いているくれんの横で、はりは、ふう、と長い息を吐いた。
「あ、くれんさまー!こんにちはー!」
「おー、りふぁ。やあやあ」
「今日は石投げはいいのですか?」
「うん、ちょっとやり方を変えてみることにしたんだ。今は石を投げてるんだよ」
「投げられる側から投げる側になったんですね!成長、ですね!!」
「うんうん。りふぁも頑張っているようだね」
「そうなんです!最近はせなさんと一緒に訓練してるんですよ!」
「ほうほう、まだしっかり会えたことがないなあ。こんど遊びにおいでよ」
「はい!せなさんにも伝えておきます!」
「おい、一宮のくれんさま、知ってるか?」
「ああ、なんかひとを捕まえては自分に石を投げさせてるんだろ、捕まったらたまったもんじゃないな」
「いや、それが最近は自分でひたすら石を投げてらっしゃるそうだ……」
「こ、こんどは当てる側になるのか……お見掛けしてもそっとしておくことにしよう……」
~二殿の報告書~
祭事に向け、各所からの寄進を募る書状を作成。
全域に向け一度に発するため大量の書状となった。
寄進を受けた物品は、一部は祭事の財源に充て、残りは各村への下賜という形に変えて再分配されるとのこと。
寄進を受ける目録の様式を作成した。
一宮くれんさまの奇行が激しいとの噂。
私も石を投げさせられたが、何だったのだろう。




