【九宮の館】
◇
草の匂い。
目を開ける。
夜の闇を縫うように立ち並ぶ木立の影が目に入る。
森の中、か?
手の中には、きつく握りしめられた己の杖。
上半身を起こし頭を振る。
いつの間に意識を失ったのか、定かでない。
帽子がない。
手探りであたりを探るが見つからない。
慎重に立ち上がり、辺りを見る、が暗闇。
杖で地面を小突き、小さな明かりを灯す。
幸い帽子はすぐ近くに落ちていた。
拾い上げて軽く払い、明かりに照らされた周りの草木を見る。
植生に見覚えは、ない。
外界か……それも、はるか彼方?
いや、足元も、見知った植物が一切ない。異様だ。
直前の出来事を思い出す。
確実なこと。
師との対峙。そして『せな』。
しかし、弾き飛ばされた、というよりも『飲み込まれた』。
もしアレが『九元』だとすれば……もはやここがどこか知れたものではない、な。
帽子をかぶり、もう少し辺りを見回す。
明かりによって深い木々の影がより一層濃く描き出される。
ここがどこだとしても、動かねば始まらない。
生い茂る木々で星も見えない。
多少開けたところを探すことにする。
星が見えれば多少何か分かるだろう。
それと水、か。
小さく灯した明かりを頼りに、茂る草木を押しやり進み始めた。
◇
九宮様の邸宅は、神織の宮の門前町、その外れにあるという。
にぎやかな門前町、そこは以前と変わらぬ喧騒が満ちている。
せなは、広い大通りを進む、案内の巫女様の後をついて行った。
左右に立ち並ぶ店。
見知った店も、そのまま残っていた。
本当に、帰ってきたのだ。
何度目か分からぬこの実感を噛みしめながら歩く。
町を行く人々は、せなの格好が珍しいのか、チラチラとこちらを見ていく。
その視線が恥ずかしく、少し前かがみに縮こまる。
通りの賑わいを外れた一画に、その邸宅はあった。
呼び子を鳴らすと、中から現れたのは、角の生えた、鬼。
かつての、聞き覚えのある噂を思い出す。
不死の巫女は鬼の子を連れている、と。
あちら側でも、こんな鬼には出会わなかった。
案内の巫女様が、手にした手紙をその鬼の子に渡すと、鬼の子は奥へ向かっていった。
しばらく門前で待たされる。
巫女様から小声で「九宮、コトワ様は、難しい方ですから、お気をつけて」とアドバイスをもらった。
余計緊張してしまった。
しばらくして、再び鬼の子がやってきて、屋敷に通される。
案内の巫女様は、鬼の子に一礼して宮へ帰っていった。
庭先を通り、表玄関に入る。
縁側を抜けて、座敷に通される。
正面に堂々と座り書状を眺めているのは、小さな女の子だ。
この子が、不死の巫女、九宮コトワ、様……。
ややかしこまって、その前に腰を下ろした。
通してくれた鬼の子は、すぐに何処かへ去ってしまった。
ごくり。
息をのむ。
「……読ませてもらったぞ。せな、というそうじゃな。マジュツ師である、と」
その子はその見かけによらない重々しい口調でそう言った。
「は、はい……」
「まったく、厄介払いか……こんなところに押し付けおって……」
あ、やっぱりそういう感じなんですね。
「は、はぁ……」
苦笑にもならない顔で、返事にもならぬことしか言えない。
コトワは書状を足元に置くと、こちらをじろりと見やった。
「詳しくはお主から直接聞け、と書いておる……話して見せよ」
せなは、コトワに対して、宮で話した話を、もう一度語った。
今度は宮の中での時よりも、少し整理して話せた気がする。
「……やはり『九元』、か」
コトワはどこか満足そうにうなずき、さらにこちらに問いかける。
「お主、マジュツで九元に至ったと、そう言うのだな」
「い、いえ、『至った』などとは、とても言えません……その片鱗が『見えた気がする』、そんな程度です……」
そう、とても理解の範疇にはなく、そんなことしか言えない。
「なるほど……ふむ……わたくしは、お主に『神』が『降りた』のを目にしておる」
「……はい、5年前、ですよね……?」
「あるいは、二年前、か。まあそれはどちらでもよい」
よくないです。と思ったが黙っておく。
「おそらくその時、お主自身が『九元』に強く『繋がった』のだろう。その結果が今の状態か」
「は、はあ……」
なんだか分かったような分からないような話だ。
「よろしい、立て。庭に出よ」
「は、はい」
言われるがままに立ち上がる、が訳が分からない。
なんて?
庭?
「お主のマジュツ、聞いておれば戦う手段、なのじゃろう?見せてみよ」
その口元には、にやり、という笑みが浮かんでいた。
促されるままに庭に立ち、九宮コトワ様と相対する。
コトワの手には、その背よりも長い、仙境の柄の長い刀が握られている。
本当に、やる気なのか。
まだ状況に理解が追いつけていない。
鬼の子が縁側からニコニコとこちらを見ている。
九宮様なら、九元や魔術について知っていて、私の話を分かってもらえる、という触れ込みだったはずだが、なんだか想定以上のハイスピードで展開している。
「あ、あの……」
「構わぬから全力でこい。あ、いや、庭は壊すでない」
なんだか力が抜けてしまう。
魔術を見たい、ってことですよね、多分。
腰から提げた魔具に手をかける。
指先が冷えている感じがする。
正直なところ、全然心の準備ができていない。
抜剣。
「ほう、それが、『魔具』とやらか」
魔術は知ってるけれど、魔具については知らないようだ。不思議な方。
剣を握る手に力を込め、基礎の基礎の攻撃魔術、「魔弾」をとりあえず、1発。
青みを帯びて球状に光る球が、せなの前に浮かぶ。
縁側の鬼の子が、目をキラキラさせてこちらを見ている。
「い、いきますよ!」
コトワに向かって声をかけ、魔具をコトワに向けて指し示すように振る。
光球が真っすぐコトワに向かって飛ぶ。
コトワは、あっさりと刀の一振りでその球を斬り割いた。
切り裂かれた魔弾は、光の粒となってその威力を失い、散り散りに消え去った。
あ、あれ?
弾くとかならともかく、想定外の挙動だ。
接触した時の衝撃すら微塵も感じられなかった。
まるでプリンにスプーンでも入れるように。
「ほうほう……他にはあるか?」
コトワはそれでも少し満足そうだ。
他に……。よーし、それなら……。
剣を両手で握り、神経を集中。
ぼんやりとせなの周りに光る筒状のものが回転しながら浮かび、やがてその光はハッキリと剣の形状を象りだす。
私のとっておき。
せんせいのオリジナル魔術「光の剣」。私が出せるのは、6本。
輝く刃がせなの周囲を舞う。
「それが……『魔導師』であるという『せんせい』から教わった術か」
コトワはその剣を見て言う。
「いきます……!」
再び、魔具を振る。と共に6本の光の剣が次々とコトワに向かって飛んでいく。
この魔術は制御が難しい。焦ると怪我をさせてしまうかもしれない。
と、思ったが。
コトワはひと振りで2本の剣を、返す刀でもう1本、後方に飛びずさりつつ残りの3本も、こともなげにへし折った。
刀を振り払い、構えを解くコトワの姿を、光の粒子がきらきらと浮かびあげる。
その姿は、もはや舞の一部かのような美しささえ帯びている。
あ、あれ……?
こちらが剣を振るまでもなく、全てあっさりと破壊された。
この方……強い……!!
6本の剣に翻弄されるどころか、即座に見抜き的確に処理した。
あのレオさんも苦戦させた術なのに。
「まぁ、目に見えればこのようなものか……」
そして拍子抜け、のような顔をしている。
上手く処理しなければ鉄の剣すら切り裂く切れ味の「光の剣」であるはずなのに。
「よろしい、この屋敷に置いてやろう」
こちらの混乱をよそに、なぜだか認めてもらえたようである。
すたすたと歩いて、縁側に腰掛けると、鬼の子が差し出すお茶を飲んでいる。
「あ、あの、私は、どうしたら……?」
「うむ?……なに、魔術の研究するもよし、師を探すもよし、好きにするがよい」
状況が呑み込めず、呆然としているせなに、鬼の子がニコニコした笑顔でお茶を差し出した。
「ウチはりふぁ!よろしくね!」
湯飲みを受け取りながら、思わず笑い返す。
「私はせな、です。よ、よろしくお願いします!」
~二殿の報告書~
一社の巫女せなの調書を特別に見せてもらう。
荒唐無稽なおとぎ話の羅列である。
にわかには信じがたい、が。
事実ならば九宮案件であることは間違いない。
あさめ様の判断力には頭が下がる。




