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【それから】

白い。

真っ白い世界。

全身のすみずみの血管を、銀河が流れていくような、抗いがたい、快感。

身体がどこまでも大きくなっていくような、身体がどこまでも小さくなっていくような、感覚。

私はこの感覚を知っている。

あの日。

そんなあの日から、魔術と共にあった五年間すら、どうでもよくなるような。

世界が私で、私が世界である、そんな、ドウシヨウもない、心地よさ。

虫かのように小さな自分が、大木のようにそびえるのを見て、星空のように広がる世界を、地図でも見るように眺めやる。

脳の髄を直接かきむしられるような、全身をどこまでも温かさに撫でまわされるような、お腹の底から湧いてくる、耐えがたい、気持ちよさ。

刹那の恍惚、永遠の歓喜。

そして。

無限の暗転。

風が頬を撫でる。

草がこすれる音。

永遠にも感じたあの感覚が、すっかり抜け落ちて、目を開ける。

星空。

木々が、風でざわめいている。

呆然としたまま、動けずに空を眺めた。

直前に起きたことを思い出し、がばっと身体を跳ね起こす。

「せんせい……?」

辺りを見渡すが、草木が茂るばかりで人影は見当たらない。

慎重に立ち上がる。

「せんせい!ご無事ですか!?」

問いかけもむなしく、虫の声だけが響いている。

「ここは……どこ……?」



神織(かみおり)二殿(にでん)の巫女、すずさは不機嫌さを隠さず宮の長い廊下を歩いていた。

なぜ、私がこのようなお使いを。

宮の人手不足はそこまで深刻か。

いや、ただめぐりが悪かったに過ぎない。

書状を携え、九宮(くぐう)様を呼びに行く。

たまたま顔を合わせた高官から、そんな仕事を押し付けられた。

昼までの仕事が落ち着いたからと、のんびりしているべきではなかった。

九宮様へ直接渡せとのご命令なので、人に任せて粗相があるとまた面倒だ。

昼までに済ませてしまうのが楽だろう。


宮の奥山が消え去り、天が裂ける天変地異から二年が経つ。

山の跡地はそのまま置き去りにされている。

宮を拡張する話も上がってはいるが、カネの問題から手つかずだ。

ただでさえ街道警備の強化とやらに人の手がかかっているところに、跡地の調査と警戒に加え、北の村の修繕。さらには、効果の上がらない天変地異の調査などにも人を割いている状況だ。

文官の元に新設されたという調査部署は、いったい、日々何をやって過ごしているのだろうか。

巫女からも何人か手伝いに出てたはずだが、当てのない調査に苦労がしのばれる。


九宮の巫女コトワは、山奥の庵に引っ込んだかと思えば、度重なる宮からの呼び出しにうんざりし、宮の近くに別荘を用意させた。

ちょうど手ごろな空き家があったので改築したという話だが、またそこにもカネがかかっている。

カネの話ばかりだな……。

近頃は五家(ごか)である鳥陽(ちょうよう)家のご次男、たけみ様の手伝いに呼ばれる機会も増え、そうした動きを見る機会がある。その分、巫女としての祭事の仕事が回される量は減ったのは良いが、宮の中を歩く量が増えたな、とは思う。

そのかいもあり、以前よりも神織全体が見えるようになったが、結局問題だらけなのはどこも変わらないということだけが突き付けられた気分でもある。


門を抜け門前町へ出る。

町の喧騒が、息詰まる宮の空気を一時忘れさせる。

通りを抜けながら、店先に立つのぼり旗を横目に見る。

帰りに町で昼食を取っても良いかもしれない。

九宮の別荘はにぎやかな通りからは少し離れた場所にある。

表通りの喧騒を抜け、落ち着いた路地に入る。

町の者向けの安い酒場や、ちょっとした日用品を売る店が、決まった時間だけ開けているような、その前を抜け、屋敷へ向かう。

いくら宮の門前町とはいえど、表通りを離れればこんなものだ。

屋敷が見えてきた。

門の前は綺麗に掃き清められている。

呼び子を鳴らすと、すぐに迎え入れられた。

「これは、すずささま!コトワ様ですね、ご案内します」

手慣れたものだ。

あの世から来たという、りふぁの案内で屋敷に通される。

縁側を通り、座敷へ向かう。

丁寧に世話されている庭の小さな池には、見たことのない赤い花が咲いていた。

風が吹き、草花が揺れる。

町中とは思えぬ静けさ。屋敷を構えるならこういうところが良い。

座敷へ通されると、九宮は眼鏡をかけ座敷で縫物をしていた。

「今度はなんじゃ」

九宮はこちらをじろりとにらむと、眉間にしわを寄せ心底嫌そうに言う。

「こちらを文官様方からお預かりしまして、直接お渡しせよとのことでしたのでこうしてお伺いいたしました。お読みのうえ宮までお越しいただきたいとのことです」

飛び切りの笑顔を作って言ってやる。

九宮は書状を開き一瞥すると、ぽいと投げ捨てた。

「なあ……お主はこの中身は知っておるのか?」

「いえ、中身までは存じません」

取り繕う笑顔はもうない。冷めた形で返事をする。

「五家の会議へのお召しだそうじゃ。わたくしは来ないと伝えておくとよい」

「いやいや、それでは困ります。連れてくるようにとのお達しですので」

九宮は腕を組み天井を見上げた。

「一体、何度断れば済むのじゃ……」

「どうぞ、私に免じてお越しくださいませんか」

再び笑顔を作る、が当の九宮は見ていない。

「お主には何度か世話になってはおるが……」

九宮は眼鏡に手をやり、考え込む。

「一度顔をお見せくだされば、またしばらくは大人しくなるかと……」

ここぞとばかりに押し込んだ。

「……仕方あるまい。毎度このやり取りをするのも面倒じゃ」

九宮は眼鏡をはずすと立ち上がった。

「りふぁ!宮へ上がるぞ。着替えの支度を」

「はい!ただいま!」

部屋の奥から元気な声が聞こえてきた。

内心、ほっと一息つく。

これで一仕事終えられた。あの高官、さては自分で来ては何度も断られているな。

「いっそまた宮で暮らされてはどうですか?」

こうしてお使いに来させられるのも面倒だと思い、そう提案した。

「あそこは、息が詰まるのでな……」

自由奔放極まりなかった方の言葉とは思えない。

「私が『宮』に『封じ』ましょうか」

冗談である。

「あの五家のうるさ方をそれぞれの屋敷に『封じ』こめられたら、それでも良いぞ」

思わず苦笑してしまった。

「では、宮でお待ちしております」

礼をして屋敷を辞した。


さて、昼食には少し早いが、たまにはのんびり食事をしてもいいだろう。

まるやのもちもち肉まん、と行きたいところだが、懐具合を考える。

今日は安宿の隣の食事処がお似合いかもしれない。

カネの話ばかりだな……。

ひんやりした裏通りを抜け、明るくにぎやかな表通りへ向かった。

日は天高く、影を小さく濃く映している。

~二殿の報告書~

朝の執務の後、九宮別邸へ。

昼からは各地域からの報告書類の確認。

統一されているはずの手順がなぜこうもずれるのか。

何度目か分からぬ、統一手順の触れを出すことにする。


このところ五家を含めた枢機庵の動きが慌ただしい。

大方、カネの話だろう。

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