幕間『赤い汁』
山が消え、天が裂けてから幾日が経っただろうか。
宮全体がどんよりと重い空気に包まれている。
巫女や神官の執務室からはぼそぼそと打ち合わせを進める声が響く。
それでも、紙の束は廊下を行き来し、各所で会議は開かれる。
鑑の儀の開催は近づき、宮の外との連絡も頻繁になっている。
「ふむ、つまらんな」
九宮コトワは宮の中層の壁に寄りかかりながら、うつむきがちに行きかう役人たちを眺めていた。
「どれ……」
と姿勢を正しすと、「わたくしが一つ喝を入れてやるか」と呟きながら自室へと向かった。
万屋の体をなしていた九宮の自室では、小鬼のりふぁが引っ越しのため荷物をまとめていた。
いちいち物品を確かめながら袋にあるいは箱に締まっていく小鬼を横目に、窓際に置いた皿に近づいた。
「気付けにはやはりコレじゃ」
口元に笑みを浮かべると、皿に干していた小さな丸い実と、からからに乾いた赤い果実を手に取った。
鼻歌を歌いながら下層の厨房へ向かう。
昼食の慌ただしさも過ぎ、のんびりと回収した膳の片づけなどしている。
戸口で眺めているコトワの姿に気づくと、上長のような者が恐る恐る近づいてきた。
「こ、これはこれは九宮様……このような所に……お食事に何か粗相でもございましたでしょうか……」
「うむ、この先の献立はどうなっておる?」
「は、はい、献立については料理長が……」
「案内せよ」
「は、はい!」
おどおどとする厨房係の者の後ろを、大股で付いてゆく。
料理長は下級役人向けの食堂の隅で、遅めの昼食を取っていた。
コトワは無遠慮に向かいの卓に付くと、値踏みをするように驚き戸惑う料理長の顔を眺めた。
椀を置いて何事か待っている料理長の前に、手にした丸い実と果実を差し出す。
「九宮様……こ、これは?」
「このところ、宮全体に活気がないとは思わんか?」
「へ、へぇ。まぁ大きな事件が立て続けでしたからなぁ……」
料理長はまだ何事か分からず、まだ湯気を立てる汁の残る自分の椀を見る。
「宮の胃袋を支える者として、嘆かわしいとは思わんか?」
「まぁ……事件があっても腹は減りますからね……食事で皆さんを少しでも元気づけられれば……」
「そこで、コレよ」
「は、はぁ……南方の椒と…こっちは果物ですかね……」
「どちらも南方の山中で採れるものじゃな。今でも虫よけなぞに使われているようじゃが……」
料理長は乾燥した赤い果実をしげしげと見つめている。
「わたくしの蔵書によれば、かつてはコレを使った鍋料理が南東にはあったらしい。大きな祭りの前などに、気付けにふるまわれたという記録が残っておる」
「はぁ……今じゃ使わない食材ですなぁ」
「その実はくれてやるからかじってみるがよい」
「へ、へぇ……」
料理長は匂いを嗅ぐと、おそるおそる、奥歯でひと噛み……
「っっ────!!!!!」
目を見開くと、勢いよく口から拭き出した。
「ははははは!痛かろう」
「九宮様……いたずらにしても……!!」
「食用に使われておったのは本当じゃ。どうじゃ、お主の腕でこの料理を蘇らせ、この停滞した宮に喝を入れてみぬか?それが料理長としてお主ができる貢献ではないか?」
◇
「……という経緯でな。そこからがまた大変じゃった。まずは古文書の解読からでな。文官どもに写しを作らせ、厨房係の者どもで必死に材料から集めさせてな。なにせ元が旅先で書きなぐった旅行記じゃったのでな、略字や略語がひどくてのう」
「……やはり九宮さまのお仕業でしたか。らん様などぷんぷんだったらしいですよ……」
「ははは、小気味よい。お嬢様のお口には合わんかったか」
「エビや貝など、宮でも珍しい高級品が出てくると思ったら……あの刺激ですからね」
「うむ、そこの調達にもひと悶着あってな……」
~二殿の報告書~
例の「赤い汁事件」の裏側の聞き取り。
まさか知らぬ間にここまで無駄な人員が動かされていたとは。
頭が痛い。




