【天が裂けた日】
北へ向かう街道を駆け抜ける、一頭の耳馬。
その背にまたがるのは、神織の武官、雨月すい。
その手前で、馬の首筋に捕まっているのは、九宮の巫女コトワだ。
「気づいたか?あの裂け目」
「はい、小さくなってきています」
進む方向の空を見上げる。
その上空に開かれた「裂け目」からは、瞬く星空が覗く。
不可解なことに、その星空は一歩進むごとにその位置を大きく動かしていく。
天空の異変に宮中が右往左往する中、「時をかけれん」と即断したのは、九宮コトワ、その人だった。
「いや、アレを見て何か思い出さんか?」
「はい……アレは、『この世の裂け目』。入口から覗き込んだ時の感覚を思い出しました」
あの時の、足元が不確かになる感覚を思い出し、わずかに背筋が凍る。
手綱を握る手が硬くなる。
コトワは空の裂け目を見つめながら続ける。
「そうじゃ。おそらく同じ類の、門じゃな」
「同じ類、というと。……あの世への?」
「いや、もっと『上』じゃろう」
「もっと上……。」
コトワは、知らぬ世界が三つも四つもある、と言っていた。
気が遠くなる話だ。
「『きい』。あれが引き金となっているのではないかと、わたくしは思っておる」
「では、またあのような、惨事が……!!」
山の喪失。
奇跡的に人的な被害はなかったものの、コトワによれば宮全体が消されていてもおかしくなかったという。
「うむ、思い過ごしであればよいがの」
耳馬は速度を上げ、コトワはその首筋にしがみついた。
街道沿いに北へ。
裂け目はほぼ直上に近づいてきている。
その裂け目はほとんど閉じかけており、ひび割れのようにしか見えない。
一つの集落に近づいてきたが、その村に差し掛かるところに、人だかりができている。
人々は家々の方を見ながら、ささやきあっているようだ。
ゆっくり近づき、馬上から話しかける。
「どうされましたか」
「お、お武官様!おい、武官さまが来てくださったぞ!」
すいに気づいたものが、人だかりの最前にいる者を呼ぶ。
人々をかき分けて、この村の神織の役人と思しき男がやってきた。
「こ、これは雨月の、すい様!良い所へ……!」
「あの村で何か…?」
「は、はい……て、天が裂けたかと思ったら……う、うちの巫女様が……手を付けられねえんで……」
「コトワ様、これは、くれん様と同じ……?」
「その巫女、何か話しておったか?」
コトワが役人に問いかける。
「い、いや、話もせんと、お、お社が、そ、その、吹き飛びまして……ど、どっかんと。手に負えず村人みんなでこちらへ逃げてきた次第です……」
いやでもあの消えた山の跡が思い浮かんでくる。
すいとコトワは、馬を降り手綱を預けると、不安に染まる人々の視線を横目に村へ入った。
一見すると、変哲のない昼下がりの村の風景、そう思った。
しかし。
足を止め、目の前の光景に息をのむ。
「コトワ様……これは……」
「わからん。が、これは並の状態ではないな」
屋根が壁ごと半分吹き飛ばされた民家。
梁が怪力でへし折られたようにむき出しになっている。
「ここの巫女については?」
「いえ、何も……社の位のものではないかとは思いますが……」
「おそらく神器が使われておる」
「神器……このような破壊が、可能なのでしょうか」
「使い手による、としか言えんな」
「『きい』、ですか?」
「いや、あやつの封印はわたくしが直接見た」
「……社へ、向かいましょう」
すいは、背に負った愛刀を下ろし、両手に構える。
左右を見渡しながらゆっくりと進む。
ねじり切られた柵、えぐられた地面。
同様の破壊の跡が点々としている。
緩やかな坂道、開けた境内。
民家と同様に破壊され半壊した社。
その前に立つ、巫女服に身を包んだ、少女の後姿。
足元には吹き飛ばされた社の破片か。木片や石などが転がっている。
坂を上りきる。
巫女が、ゆっくりとこちらを振り返る。
目が合った。動けない。
瞬き一つしない、異様な姿。
その右手を、す、と上げる。
「まて!」
コトワが叫んだ。
上げかけた腕が、ぴた、と止まる。
「おぬし、口は利けぬのか」
コトワはゆっくりと巫女に近づく。
その背にはまだ髭切を負ったままだ。
巫女は手を降ろす。
そしてコトワの方を向いた。
「……『ココ』ではない」
「喋れるではないか。……何者か」
コトワは距離を保ったまま立ち止まった。
「ムスメ。この身は。我が出た」
「おぬしは、『神』か?『きい』が絡んでおろう?」
会話が理解できない。
刀を構えたまま身動きをとれない。
「KEY……。ソレが穴を空け、我が出た」
「やはり、反動か。なぜ破壊する?」
巫女は答えない。
なんだ……?
突如コトワが数歩飛び退いた。
と同時。
ごっ
それまでコトワが立っていた地面が音を立ててえぐられている。
「すい!『神』が降りた!が、やつに言葉は通じん!」
「そ、それはどういう……」
「来るぞ!!」
その言葉に弾かれるように後方へ飛び距離をとる。
コトワは、いつ抜いたのか、既に髭切を構えている。
巫女の周りの小石が、吹き飛ばされた社の破片がゆっくりと回転しながら浮かび上がる。
浮かび上がった破片は、風を切りながらその回る速度を増していく。
耳を突き刺す高音が響く。
もはや回っている物体を目では追えない。
巫女、その周りに浮かぶ、真円を描く、複数の球体。
その中心の景色が、ゆがむ?
「回転……廻天簪、か?ここまでのものか……」
コトワが一歩引きさらに距離を取った。
「すい、アレに触れるなよ。一瞬でねじり切られるぞ」
息をのむ。
美しい。
そう感じてしまった。
織物のような、幾何学的な模様。それが目の前の空間に描かれている。
知らず、愛刀を握りしめる力が強くなった。
~二殿の報告書~
神器:封神匣についての調査を開始。
分解はできず。書庫の記録の要調査。
天空の異変は収束した。
九宮様とすい様が何か行ったのだろうか。
報告を待つ。




