【コトワとすいのあの世探訪 五】
「ウチも、ウチも行く!」
この意外な申し出に、さすがのコトワも両眉を上げる。
「ほう……?一度行けば帰っては来れぬかもしれんぞ?」
脅すようにりふぁに話しかけるコトワ。
「あっちの世界へ、行くんでしょ?おかあが話してくれていた、あっちの世界!」
その瞳の、一点の曇りのない輝き。あの世族にとって、我々の住む仙境は、そんなにも希望に満ちた場所として語り継がれているのか。すいは、胸の奥をちくりと刺すような、不思議な感銘を覚えていた。
「まぁ、ついてくるのは構わんが、よいのか?」
念を押すコトワに、さすがにりふぁもしばし考えこむ。しかし、りふぁの決意は固かった。
「……うん。コトワ様たちに、ついていく」
その真っすぐな目を見て、張り詰めていた心が、ふっと弛緩するのを感じる。思わず、笑みが浮かんでいた。
「ふふ、なつかれましたかね…?」
「まぁ、風変りな土産があってもよかろう。さて、無事に動けばよいが」
コトワは甲板から、甲板に立つ小部屋の方へ向かう。
りふぁを手助けして、甲板によじ登る。
甲板の上はがらんとしたものだった。容器のようなものの跡はあるが、それ以外に何かがあったとしても、長い時の中で朽ち果ててしまったのだろう。
「あったぞ、この水晶じゃな」
コトワの声がかかり、りふぁを促し小部屋へ向かった。
三方が切り開かれた窓が設けられた室内。五人も入ればいっぱいだろうか、そう広くはない。
コトワが一方の壁に据え付けられた水晶を覗き込んでいる。
「それで、船が?」
まるで予想がつかない。巫女様達の神器のようなものだろうか。
「まぁ見様見真似じゃ、ろくに覚えとらんがの。なにせいつのことだったか」
「お任せして、大丈夫なのでしょうか…」
不安がよぎるが、もう今更な気もする。ここにきて思考が麻痺してきているのかもしれない。
「ほれ、動くぞ、つかまっておけ」
コトワが水晶に向かって何やら手を滑らせている。
すると、ずずず、と動き出し、するするする、と池の上を走り出した。
赤い花々を散らしながら音もなく走る船。離れていく遺跡群が見える。
船は、波のない静かな水面に、ゆがみのない航跡を残しながら進む。
広大な池の中心に向かっているようだ。
しかし、すぐに、視界が悪くなる。先ほどまでは見えていた池の周りの景色が、急に霧に包まれてきた。
進むにつれて霧は濃くなり、船の内部まで覆われ、足先も見えなくなってきている。
異常だ。
「こ、コトワ様!」
「焦るでない。おそらく大丈夫じゃ」
おそらく。確証のないその言葉。
すいはしゃがみこみ、すぐ隣にいたりふぁの手を取った。指先に触れた、小さな手のひら。その、か細い温もりを、祈るように強く握りしめた。
もはや、その手すら見えない。
そして、すべての色、すべての形が霧に覆われる。
やがて、霧が晴れてくる。
すいは恐る恐る左右を見渡すと、りふぁの真っすぐな目とぶつかった。
おびえていたのは、自分だけだったのか、と少し可笑しくなった。
りふぁの手を放して、立ち上がり船の周りを見渡す。
そこには、言葉を呑むほどの光景が広がっていた。
一面の雲海。
傾ぐ柔らかな日が、雲が作り上げる海原を浮かび上がらせるように照らす。
島々のように点々と、雲を突き抜けた山々の頂上が覗いている。
海原の、山々の影が生む濃紺。そして輪郭を描く琥珀色。
この世のものとは思えぬ、圧倒的な景色に息をのむ。
船は雲海を音もなく進んでいる。
やがて、一つの山に近づくと、その山頂に再び、ずずず、と降り立った。
コトワは船室から出ると、迷わず甲板から飛び降りる。
後に続いて、すいも飛び降り、りふぁが降りるのを手助けしてやる。
いつ振りか分からぬ日の光を浴びながらあたりを見渡す。
「ここは……?」
辺りには、血の花の池にあったのと同様に、建物の跡のような遺跡が建ち並んでいる。
正面にひときわ大きな建物跡、そして右手側は斜面に沿って建物が続いているようだ。
コトワも頭をゆっくりめぐらすと、寂しそうにつぶやいた。
「やはり、ここか」
血の花の池で見せた、あの寂しげな表情を思い出す。
コトワにゆかりのある地なのだろうか。
何も言えず黙っていると、コトワは続けた。その言葉は意外なものだった。
「現常山、知っておろう?」
当然、聞きなじみのあるその山の名前。以前任務で訪れたことだってある。
「東部の、あの、現常山ですか……?」
「うむ」
コトワの答えは簡潔だ。
すいは、数歩進み、目の前の建物跡を見つめる。
「山頂にこのような、遺跡、があるとは、聞いたことがありませんでした…」
「まぁ、むかしむかしの話よな」
目を細め、遠くを見つめるようなその瞳を見ると、それ以上深く尋ねることができなくなった。
コトワは、気を取り直したように明らかに声の調子を変えて言った。
「しかし、もう日暮れじゃな。そこらに屋根が残っている建物もあるじゃろう、一晩明かしてから山を下りるとするぞ」
すいは、深く詮索はせず素直に従う。
「はい、その方が安全ですね、寝床となりそうな建物を探してみましょう。りふぁ、手伝ってくれるか?」
「うん、わかった」
連れ立って斜面へ向かった。
「こちらでよいでしょう」
辺りを見ながらゆっくり向かって来るコトワに向かって言う。
多くの遺跡は崩れ去っていたが、岸壁に沿うように建つ遺跡は、意外としっかりと残っていた。
それぞれの建物が何のためのものだったのか、もはやうかがい知れない。
そこへりふぁが、小枝を集めて上ってくる。
建物の前に座り込み、焚火の準備をする。
「火をおこしますね」
「ふむ、火か」
「はい、りふぁが枝を集めてくれました」
そこまでいうと、コトワが腰に下げた袋をあさりだした。
「ふふ、面白いものを見せてやろう」
袋の中から取り出されたのは、なにやら奇妙な図形が描かれた、不思議な符。
コトワは、二本の指でその符をつまみ、前に掲げる。
そしてなにやら小声で唱える、と……ボッ、と音を立ててその符が燃え出した。
思わずビクリ、と肩が上がる。
「これもむかし、どこぞの異邦人から教わったものでな……マジュツ、というらしい」
コトワはそう言いながら集めた小枝に火をつける。
「あの世でも使ったが、あの時はおぬし見ておらんかったろう」
唇を尖らせながら、すこし拗ねた言い方をする。
その様子に、思わず頬が緩んでしまう。圧倒的なまでの「未知」を叩きつけられながらも、コトワの心意に、すこし触れられたような気がした。
翌朝。
「すい、よ」
山頂を発つ身支度をしていると、崖から遠くを眺めていたコトワから声がかかった。
「は……」
今度はなんだ。少し身構える。
コトワはこちらを振り返らず言う。
「神織のもとへ行ってやってもよいぞ」
「は!?い、いえ!はい!?」
まったくの想定外からの言葉に、変な返事になる。
「案内せい」
「は、はい、し、しかし」
これまでも驚かされてしかいなかったが……やはり、底が知れない。
「そのためにわたくしのもとに来ていたのではなかったか?」
「いえ、そうなのですが……また、なぜ」
コトワが、ゆっくりとこちらを振り向いた。
風の音が、止んだ。自分の呼吸の音と、高鳴る心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえる。
昇りかかった日が、コトワの輪郭を輝かせる。
その瞳は、底知れない輝きをたたえている。
そして、その口角がわずかに、しかし、確かに上がっているのが、はっきりと見えた。
「なに、お主も苦労していそうだからな」
足元には、果てしない、雲の海が広がっている。
◇◇◇
むかしむかし、でも、ひょっとしたら、すぐ裏の山を越えたころの、おはなし。
ある日、不死の巫女コトワは、神織の武官の”すい”を連れてあの世へ出かけるため、かつての戦のあと地、”この世の裂け目”へやってきました。
不気味な静けさに包まれた渓谷に、すいはぶるぶると震えてしまいます。
コトワは意にも介さず、すいすいと裂け目へ向かって足を進めました。
ぬめる崖を下り、息づく沼地を横目に足を進めると、目の前に、大柄で角の生えた、あの世の鬼が立ちはだかります。
「なにものか!ここはわれらの縄張りぞ!」
コトワとすいは刀を構えますが、鬼はあとからあとからずんずんと集まって、あっという間に取り囲まれ、捕まってしまいました。
捕まえられた二人は、あの世の鬼の総大将の前に連れ出されます。
総大将は、コトワの顔を見るといいました。「どこぞで見た顔だと思えば、あの戦の巫女の総大将ではないか」
そうです、コトワこそが大昔の戦で、鬼たちをあの世に追い払った巫女たちの総大将だったのです。
鬼の総大将は続けて言います。「あの時の恨み忘れてはおらぬぞ」
その恐ろしさにすいはまたしてもぶるぶる震えあがりました。
一方コトワは素知らぬ顔。「そんなこともあったかのう」
鬼の総大将はこれにまた腹を立てます。
「今すぐ八つ裂きにしてやりたいが、おのれに構っている暇もないのだ」
コトワはその言葉を待っていたかのように話しだします。
「困っていることがあるのだろう。力を貸そうじゃないか。代わりにわれらを自由にしてできれば血の華の池まで案内してほしい」
そうです、鬼たちはここのところ縄張りを荒らす二股の化け物に頭を悩ませていたのです。
鬼たちは話し合いました。
総大将は、コトワの強さも知っていたので、コトワが化け物を倒してくれればよし、化け物に殺されるもよし、と考え、化け物と対決させることにしました。
化け物のもとへは、親を化け物に殺された小鬼”りふぁ”が案内します。
りふぁのあとを、コトワは堂々と、すいはびくびくとついていきます。
化け物の巣にたどり着くと、コトワは大きな声をあげました
「鬼を困らす化け物よ!!私が相手だ!!出てこい!!」
すると、地響きを立てながら、巨大な二股の化け物が姿を現しました。
コトワは、化け物が吹き付ける毒の息を右に左にとよけながら、手にした神器”髭切”を大きく構えます。
「えいや」と一閃。
二股の化け物の二つの首が、同時にごろりと落ちました。
物陰でその様子を見ていたすいとりふぁは大きく息をのみました。
こうして落とした二つの首を、ずるずる引きずり鬼の村へと帰った3人。
鬼の総大将も、約束してしまったからには二人を自由にするしかありません。
血の池への案内にはりふぁが手を挙げ、二人についていくことになりました。
りふぁはあの世の道に詳しく、化け物や危険な場所を避け、ようやくのことで血の華の池にたどり着くことができました。
コトワは池のほとりにしゃがみ込むと、血の華の球根を手に取りました。
「やあやあこれだ。これを取りに来たのだ。これで庭もすこしは華やかになろう」
さて、目的を達したコトワとすいですが、この世への帰り道は分かりません。
あの世に詳しいりふぁも、この世への道は知らないのでした。
行く先をなくした3人は、広大な池のほとりを歩きます。
すると、遠くになにやら人の作ったようなものが見えます。
近づいてみると、それは建物のような、船のようなふしぎなものです。
コトワはそれを見るなり言いました。
「かつてこれと似たようなものを見たことがある。動かしてみよう」
三人はその船に乗り込むと、コトワは中央の水晶に何やらしだしました。
すると船は静かに揺れながら動き出し、池の上をするすると進みだしました。
やがて霧に覆われ何も見えなくなってしまいます。
やっと周りが見えるようになったかと思うと、上も下も雲の中。
そうしてしばらくするうちに、船はゴゴンと音を立て止まりました。
三人が恐る恐る降りてみると、そこは現常山の山の上でした。
こうして二人は無事にこの世にたどり着き、小鬼のりふぁも、一緒にこの世にきてしまいましたとさ。
とっぴんぱらりのぷう おしまい。
~二殿の報告書~
仙境全域への配布文書の作成。
神器管理の徹底を謳うものだが、その実は未管理神器の捜索か。
「不死の巫女」がらみが尾を引いているよう。
印の管理に不備在り。要改善。




