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【コトワとすいのあの世探訪 四】

愕然とした。

硬く、刀を握りしめた指の力が抜けない。

「ひ、ひと振りで……!?いったい、何が……」

すいは、目を見開いたまま、そう問いかける。

コトワは、神器髭切を一つ払う。その刃先には血の一滴もついていない。

「ふ、なに……『頭』と『胴』の『繋がり』を『断った』のよ」

繋がりを、断った。

私の剣技とは、異なる質をもった、その言葉。

コトバは分かる。しかしイミが分からない。

化け物は、未だ生きているかのように痙攣していた。が、やがて動かなくなった。

この”あの世”に入って何度か味わった、生ぬるい風が前髪をゆらす。

庵での手合わせでは、油断があった。

この世界に来てからは、底知れなさを味わった。

そして、今……。


りふぁが、おそるおそるという様子でこちらへ向かって来る。

「倒した、ですか……?」

コトワがそれを迎えた。

「見ておったのか。終わったぞ」

そういうと、足元の血だまりをよけながら落ちた頭に近づき手を置いた。

「首を持ち帰ろうかとも思うたが、一苦労じゃな」

首を、という言葉にびくりと肩を震わすりふぁ。

「見ておったなら、話は早い。お主が話してくれればよいじゃろう」


村への帰り道。

再びりふぁの小さい背を見つめながらゆっくりと歩く。

すいは、ようやく重たい口を開いた。

「コトワ様…あの化け物に見せた『シンギ』……失われたものだと…」

コトワは淡々と答える。

「そうじゃな、神織(かみおり)の世では残っておるまい」

しばしの沈黙。

失われた、力。さまざまな想像が頭をめぐる。

「私も……私にも、使えるようになるのでしょうか」

思わず口をついていた。

「無理じゃな。神技とは神器(じんぎ)があって初めて世の(ことわり)に作用するものじゃ」

コトワの答えは簡潔だ。

神器……やはり、神器。

ここにきても、己の無力感を叩きつけられるような思いだ。

背に負った刀がやけに重い。

「そう…ですか……」

そう返すのが、やっとだった。


りふぁを先頭に村に帰り着くと、真っすぐ長の家へ向かう。

道々で出会う村人は、どこか晴れやかで軽々しい歩みのりふぁと、真剣な顔で沈んでいるすいを見比べ、変な顔になる。

軒先で話し込んでいる(おさ)が、一行を見つけると目を見開き駆け寄ってきた。

「まさか、本当に倒してきたというのか」

長は未だ信じられぬという顔付だ。

「多少骨は折れたがの。運べぬのでそのまま置いてきたぞ。舌くらいは切ってきた方がよかったか?」

コトワは肩をすくめながら言う。

長は少し考えこむと、やがて口を開いた。

「血の花の池、だったな。分かった、案内させよう」

「血の花の池なら、ウチが、つれてく」

突然りふぁが口をはさんだ。

「これ、村の外の危険な道だぞ?」

「おとうに近道教わったし、何度も行ってるから大丈夫!」

たしなめる長にも引かず、聞かなかった。


こうして、小さなりふぁに引かれるように村を抜けることとなった。

「ここは、危ない牛さんが出るから、かがんで行くんだよ」

小声で話す彼女はどこか楽しそうでもある。

狭い岩陰をくぐり、高い木立の間を抜け、泡立つ沼地のほとりを渡る。

やがて。

「ほら!もう見えるよ!」

彼女の指す方を見ると、赤い花々が咲く池が、目の前に広がってきた。

これまであった沼とは違う、透き通った水。

広大な池のあちこちに、建物の跡だろうか、半ば水没した遺跡が残る。

そんな遺跡の周り一面に咲く、血のように赤い、花。

これが血の花の池、か。

この世のものとは思えぬその景色に、すいは思わず息をのむ。

遺跡は池の周りにも広がっており、ここが一つの大きな拠点であったことがうかがえる。

ふと横を見ると、コトワが目を細めそれを眺めている。その口元はどこか寂し気であった。

池のほとりまでくると、コトワはしゃがみこみ、池の水にそっと手を差し込む。

「こんな様子だとはな……」

そっとつぶやいた。

しばらくそのままいたと思うと、コトワはすくっと立ち上がり、履き物を脱ぎ棄て無遠慮に池へ入っていく。

花に近づくと、池に手を突っ込み何か探している。

やがて、その手に花の根だろうか、丸いかけらを取り池から上がってきた。

「それが、探し物ですか?」

すいは訪ねる。

「うむ、池にこの赤が欲しかったのよ」

どこまで本気なのか分からない。

コトワは足元を手ぬぐいで拭きながらすいに話しかけてきた。

「ところで、異変の謎は分かったかな、武官どの?」

すいは、池の花を見つめながら、ゆっくりと答える。

「いえ……異変以上に、私が何も分からないということが分かりました……」

「随分と殊勝なことをいうようになったものだ」

コトワの声は楽しげだ。

「覚悟はしておったが、確かに何もなかったのう。化け物がおった程度か」

「化け物が異変に関わっていたのでしょうか」

「さて、そこまでの力があったようには思えぬが」

結局、何もかも、わからぬまま、か。

ここで見たもの、感じたこと、一体どのように報告したものか……。

すいはしばらく考え込んでいたが、ふと思い出したようにコトワに聞く。

「コトワ様、血の花を手に入れたのはよろしいのですが……我々は、どうやって帰還するおつもりで?」

「帰り道か。なに、来た道を戻ればよかろう」

「来た道…!?あの裂け目を越えるのですか!?」

「うむ。少し骨は折れるやもしれぬが、十年もあれば宮の麓くらいにはたどり着けるのではないか?」

「じ、十年……!?」

「何をそんなに驚く。おぬし、案外気の短い娘じゃのう」

こんな人に勢いでついてきてしまったことを悔やむ。


「それより、せっかく来たのじゃ、この周りを少し見て行かんか」

そういうとコトワは広がる遺跡群へ向けて歩き出した。

遅れぬよう、りふぁに合図し後を追いかける。

大通りの跡だろうか、左右に建物が隙間なく建っていたのが伺える。

石か?土?素材は分からない、ほとんど崩れ去った跡からは、過去の賑わいなどは感じ取れない。

大通りから、路地へ曲がる。折れ曲がる路地を抜けると、再び池のほとりに出てきていた。

池にはひと際大きな遺跡が残っている。

三日月型の台座に、箱型の建物が乗った遺跡。

先ほど抜けてきた遺跡群よりも形を保っている。

「ほう……まだ残っておったか……」

「コトワ様、これは……」

岸から遺跡を見つめながらたずねた。

「『船』、じゃな。この世と、あの世を結ぶ」

「この世と……」

そう言われてみれば船のように見えなくもない。

崖に乗り上げている船底と、船室、か?

「わたくしも一度だけあの世のものたちに乗せてもらったことがある」

珍しく、コトワが過去の話を持ち出してきた。

「あの世族、ですか?」

すいはりふぁをちらりと見ながら言う。

「いや、もともとあの世にいた一族じゃ。今は……どこにおるのやら」

あの世族ともまた違う、一族。コトワのこれまでの人生を思う。

これが、不死の巫女。

「さて、これが動けば帰りは楽じゃが……」

コトワは無遠慮に三日月型の船底から甲板向かいよじ登りだした。

「そううまくいきますか……?」

壁面にそっと手を当てる。ざらざらした質感だが、意外にもしっかりしていそうだ。

甲板に上ったコトワは、振り返りまだ岸にいるりふぁに向けて声をかけた。

「りふぁ、といったな。案内ご苦労であった」

声をかけられたりふぁは、地面をじっと見ている。

返事をしない。……りふぁ?

やがて、意を決したようにコトワを見上げ、叫んだ。

「ウチも、ウチも行く!」

~二殿の報告書~

あさめ様へ武官への抗議を報告。

渋い顔をされておられた。

武官事務官と面談。

あちらの苦労も察する。

折衷案の考案の必要性を確認。

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