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神は巫女の頭に宿る  作者: 榊 雅樂
第四章 ?
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八十三話 解いてはいけない

 結界内、飛希たちは苦戦していた。火夜は風と火を操ることのできる者。火を水で打ち消そうとしても、風で邪魔される。戦いにくいのだ。


 一方で望緒はというと、一つの手は彼らを覆う結界に伸ばされ、もう一方の手は、藤花を覆う結界に伸ばされていた。


 これまで結界術を使ってきた中では特に何も感じていなかったが、今回ばかりはそうではなかった。集中力が段違いに必要なのだ。時折、火夜の攻撃で、結界に衝撃が走る。

 壊されないよう、必死で霊力を垂れ流しにしているから、脳が焼き切れそうだった。


「望緒さん、大丈夫ですか……?」


 返事はない。というより、出来ないと言った方が正しいだろうか。

 少しでも集中が切れると、結界が綻んでしまいそうだった。


 中では、五人がそれぞれの力を尽くして戦っている。いつもならば、皆が戦ってくれているのに、自分はなぜこんなことしか出来ないのかと自問自答を繰り返しているが、今はそんな余裕すら無かった。



 飛希は火の玉を真っ直ぐ火夜に放った。しかし、火夜は渦を巻いた風で、火を相殺する。

 そして、逆に飛希に火で攻撃をした。彼の周りに、炎で出来た矢が何本も現れる。火夜が人差し指をフッと動かすと、それは飛希目掛けて飛んでいく。


 炎で壁を創ろうとしたが、間に合いそうにもない。このまま当たってしまうかと思われたが、薄い水の膜が彼を覆い、火の矢たちは煙と音を立てて消えていった。


「ありがとう、千夏ちゃん」


「ううん、気にせんといて」


 千夏は返事をすると、立て続けに攻撃を仕掛けた。手を大きく横に振り、水の刃を放つ。続けて、日向が渦のような風を火夜に向ける。


 両側から攻められ逃げ場なし、かと思われたが……


「なっ」

「えっ」


 日向の風は火夜に向かっていたが、それがなぜか千夏の水の刃にぶつかり、両者は相殺されたではないか。何が起こったのか、二人は……いや、それを見ていた全員が理解出来ずにいる。


「ふっ、あはははは」


 呆気にとられていると、ふと火夜が声を上げて笑った。落ち着くと、小馬鹿にしたような声音で、


「何その呆けた顔。もしかして、何をしたかわかんない? それなら、馬鹿な君たちに教えてあげるよ。僕が起こした風で、日向キミの風を操って、水の方に向けた、それだけさ」


 両手を広げて楽しげに説明する火夜を、彼らは怪訝そうな表情で見つめていた。


 その横で、爽玖は後ずさりをして火夜から距離を取っていた。そして、誰にも聞こえない小さな声で、名前を呼ぶ。


「闇戸」


 彼が出水に祀られる、ひいてはこの空間の創造神と共に過ごしてきた龍神の名を呼ぶと、ゴオッと音を立てて、強風が吹き荒れる。


「!」


 火夜がバッと上を見上げると、上空に目眩がするほど美しい、天青色の龍が空を泳いでいた。彼は目を見開いたまま、今度は自分が呆気に取られていた。


「……なんで、あの龍神がここにいるの? だって、お前は基本的に出水から出ることはないじゃんか」


「そこの阿呆とちょっとした契約をな」


 それを聞いて、火夜は声を荒らげた。


「はあ!? 人間と契約? お前が? 馬鹿げた冗談ならよしてくれ。お前は昔から傲慢不遜で、人間なんて興味もなかったじゃないか!」


「いや、さすがにそこまでではない。しかしまあ、爽玖が我にとって特別な枠の人間であることは確かだな」


「なんでまた、契約なんて真似をした?」


 火夜が問うと、闇戸はフッと笑う。


「我にもわからんな。ただ……」


 闇戸は、過去を思い出す。爽玖は昔から、龍神に対して物怖じしなかった。他の人間と違い、神だからと畏怖するわけでもなく、ただただ対等な存在として、龍神を認識していた。


 傍から見れば、それは失礼極まりない行為だろう。彼もそう思っていた。しかし、闇戸は興味を持った。

 この人間が、どの程度自分を受け入れられるのか、そしてこの人間がどのような人物なのか。


 だから、龗ノ龍としてその姿を現した。


「ただ、面白そうだったから、とでも言っておこうか」


「なんだよそれ。気持ち悪い」


 火夜は良い顔をしなかった。むしろイラついている。なぜその結論に至るのか、全く理解に及ばなかった。


「望緒、壁をもっと高くして、天井だけ結界解いてくれ」


 爽玖は結界の外にいる望緒に言う。彼女は一考したあと、まっすぐ目を見て頷いた。

 闇戸はそれを一瞥すると、クルクルと旋回しだす。すると、雨雲が集約し、ポツポツと雨が降り出した。火を操る石火矢にとって、雨は天敵。


 それは、石火矢の血を引いている火夜にとっても同じこと。


「雨かあ」


 彼は憂いを帯びた目で、空を見上げる。天井の結界は無くなり、雨が火夜たちの頬の上で跳ねていた。


 その横から、朝陽が薙刀をグッと握り、火夜の横から攻撃を仕掛ける。一文字に切りつけた……かに思えたが、切る直前で、火夜は風と共に姿をくらました。

 その姿は、数メートル離れた場所にまた現れる。


「全く、さすがにこれは予想してなかったよ」


 言うと、火夜はうざったそうな目をして、左手を上に掲げる。彼がその手をグッと握ると、灰色の結界が上空を覆う。

 それに雨がぶつかる音だけが響いていた。


 予想もしていなかった出来事に、爽玖は動揺の色を見せる。彼はそれを見逃さなかった。


 火夜は爽玖との距離を詰め、およそ十歳とは思えぬ強靭な力で、爽玖に殴りかかった。彼は勢いのままに飛ばされ、大きな音を立てて結界にぶつかった。


「お兄ちゃん!」


 千夏が叫ぶと、火夜は手を前にかざし、風の矢を彼女に向かって解き放つ。千夏は対処ができずに、ただ目を瞑ることしか出来ない。


「千夏ちゃん!」


 朝陽はそれを庇うべく、千夏に抱きつく形で自身が盾になり、矢はそのまま二人にぶつかった。煙が立ち込め、飛希たちの喉にそれが入り込む。何度か咳き込んでいると、煙が晴れ、倒れている二人の姿が顕になった。


「二人とも……」


 飛希も日向も絶望していた。こんなにもやられるとは思ってもみなかった。少しぐらいはどうにか出来るのではないかと、そんな甘い希望を抱いていたのだ。


 結界の外でその様子を見ていた望緒と藤花も、唖然としている。それでも、自分たちの手を止めることは、できるだけしないでいた。


「……っ。『彼岸』」


 飛希は両手を前にかざし、火夜を花のような炎で取り囲む。一瞬、火夜の動きは止まる。が、彼が腕を一振りすると、たちまち炎は消え失せた。

 日向も同様に竜巻を起こすが、火夜は自身の風で相殺する。


 火夜は冷たい目で二人を一瞥したあと、風の刃で二人を攻撃する。二人はその衝撃でしゃがみこみ、立ち上がることはなかった。


「日向……!」


 望緒の隣で、藤花が名前を呼ぶ。しかし、荒い息遣いが聞こえるだけで、返事が返ってくるわけではなかった。


 火夜はガンガンと結界を壊そうとしている。望緒は迷った。このまま結界を解けば、火夜は必ず、四家を殺しに向かう。

 だが、このまま結界を張ったままでいると、戦闘不能になっている皆を、殺してしまうかもしれない。だから、どうしたらいいか、判断出来ないでいた。


 そんな彼女の目を、苦しそうな表情をしながら見据えている者が一人。飛希だ。彼は小さな声で、望緒に何かを伝えようとしている。


「ダメだ……結界を解いたら……」


 そう言っているのがわかった。


 ––––どうしたらいいの……。

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