八十二話 火蓋
「いいよ、おいで」
火夜は両手を横に広げ、子どもらに攻撃を促すように、笑って見せた。爽玖はそれに乗るように、水の矢を虚空につくりだす。そして、それを火夜に向けて勢いよく放った。
しかし、火夜は風の刃を飛ばす。水は弾け飛び、望緒の頬に冷たく乗るだけだった。
火夜はそのまま右手を大きく振り、炎の刃で彼女らを切りつけようとする。しかし、それを今度はこちらの風が阻む。
阻んだ主は、日向だ。彼は藤花の援護を受けながら攻撃を返した。
「ふふ、なるほど。やっぱり、自分一人では力を出し切ることはできないんだ」
火夜は不気味に笑いながら言う。そして、視線の先を日向から藤花へと逸らす。
「……!」
瞬きする間に、火の玉は藤花の目の前まで来ていた。攻撃の前動作はなかった。
彼女は突然のことに身動きがとれなかった。
「藤花っ!」
日向が風を発生させるも虚しく、それが届く前に藤花に––––
火の玉はぶつかり、土埃が辺りを覆う。その飛希たちの鼻に、土の匂いがまとわりつく。
日向含めた他の者たちは、驚きと絶望が入り交じったような表情で立ち尽くし、火夜は愉快そうに笑みを浮かべている。
しかし、その笑みが持ったのは、土埃が晴れるまでだった。
「……は?」
土埃が晴れると、そこにいるのは火の玉で攻撃された藤花ではなく、赤い結界に覆われ守られている彼女だった。
赤い結界は、石火矢が持つ性質の一つだが、生憎と飛希は札を持っていない。と、なると……
「良かった、間に合って……」
望緒は札を藤花の方に向け、安心したような表情で立っていた。そう、結界は彼女が創ったものだ。
藤花が火の玉に当たる直前、藤花は反射的に身を守ろうと、身体を後ろに仰け反った。その隙を狙って、望緒はすぐさま札に霊力を込め、半球の結界を創り出したのだ。
「えー、そんなのあり?」
「ありがとうございます、望緒さん……!」
「……」
火夜は笑みを消し、手を顎に当てる。何かを考えている様子だ。
––––あいつの霊力、なんか気持ち悪いなあ。四家とも、霊力をたまたま持って生まれた一般人とも違う何か……
「……お前か」
ボソッと呟かれると、望緒はバッと彼の方を振り返った。そして、怪訝そうな表情で彼を見やる。
「お前が八下を復活させたヤツだな?」
「……そうだよ」
「あー、そっか、だから霊力が気持ち悪いんだ。アイツとよく似てるよ。ある日、急にアイツの気配が強くなったから、おかしいと思ってたんだ。でも、そうか。お前が復活させたからか」
火夜は恨みを宿した目で、望緒を真っ直ぐ見据える。
「なら、お前を先に殺さないと」
足を大きく踏み込み、目にも止まらぬ速さで望緒の眼前まで行く。が、その瞬間、水で出来た棘が火夜の腹目掛けて、地面から貫いて出てきた。
彼はすんでのところで身を翻し、バランスを崩しながらも攻撃を避けた。
攻撃の主は、爽玖––––ではなく、その後ろにいた千夏であった。
彼女は地面に手を当て、火夜のことを睨んでいる。
「千夏……!」
––––すごい、前までならあんな攻撃、出来なかったのに……!
そこで望緒は、ここに来る前、爽玖が言っていたことを思い出した。
––––最近は鍛錬をよう頑張っとってさ
あれは、水の刃以外での攻撃手段を手に入れる為のものだったのだろう。そして、彼女はついにそれを手に入れた。
「くっそ、意外と厄介だな。出水二人かよ」
火夜は親指の爪を噛んで、悔しそうに呟いた。
あちらから攻撃を仕掛けられてばかりでは、防戦一方だ。こちらからも仕掛けなければならない。そこで、朝陽が前線に出る。
彼女は薙刀を虚空から取り出し、雷を纏わせる。走り出した勢いのまま、薙刀を横に大きく振り、火夜を切りつける。
しかし、火夜は真上に飛び、攻撃を軽々と避けた。くるりと宙で回転し、両手を前に突き出して突風を繰り出す。
身を切りつけるような突風ではないが、草や木の葉が散って、視界の妨げとなる。
その隙に、火夜はまたも望緒の元へ飛び出す。しかし、望緒も覚えないわけじゃない。しっかり挟み込んだ札に霊力を込め、壁のような結界を張った。
そこに火夜の拳が叩きつけられる。あと一歩遅ければ、殴られた箇所の骨は砕け散っていたかもしれない。
「チッ」
舌打ちをして、後ろに飛び退こうとした瞬間、視界の端に赤く揺らめく何かが入ってきた。
バッと振り返ると、飛希が炎で作られた刀を振りかぶっているところだった。飛希は内心バレたと思いつつも、攻撃の手を止めはしない。
刀は火夜の顔面スレスレまで行ったのだが、彼は風を自分と刀の間に巻き起こし、飛希を吹き飛ばした。彼は間一髪のところで、体制を持ち直す。
「あとちょっとだったのに……」
「危ない危ない。意外とやるんだね、みんな」
「まあな」
爽玖が一筋の汗を流しながら言う。その隙に、日向が望緒の傍に寄り、耳打ちした。
「望緒さん、火夜と僕らの周りを、結界で覆ってください。外側に望緒さんと藤花、そこから援護と藤花の守りをお願いします」
「わかりました……!」
飛希たちが火夜の気を引いているうちに、望緒は藤花の傍へ行き、札を一枚取り出した。
札に霊力を込め、大きな結界をイメージする。
札が赤く光ると、それはたちまち大きな壁のようになっていった。四方は囲まれ、上を見上げても結界があり、到底出ることは叶わない。
「こんなでっかいの創れる技量、あったんだ」
火夜は横目で望緒を見ながら、小さく呟いた。
「まあいいや。これで気兼ねなくお前らを倒すことができる」
風と火の能力を持つ少年との戦いの火蓋が、今開かれる。




