第五十二話 逆鱗
「ふふっ! ごめんごめん! 困らせるつもりはなかったんだ」
完全に動きを止めた俺から離れ、カナエは手を合わせて謝った。
「でも……さっきの言葉は嘘じゃないよ。あー、なんか熱くなってきちゃったな! 引きとめてごめんね! またねー!」
カナエは若干早口でまくしたてると、逃げるように立ち去った……。
…………。
「ようにーちゃん。アツアツだったなぁ。こんな公衆の面前で見せつけてくれちゃってぶぺっ」
俺に絡んできた男を裏拳で小突く。
……痛くない。
なんだ。夢か……。
俺は宿に向かってふわふわと歩き出した。
※※※※※
宿に戻ると、なぜか俺とグランの部屋に全員が集合していた。……いや、キリエはいなかった。良かった。ほんとに。
「おかえり。なんの話だったんだ?」
これでもかとニヤついたグランが口を開く。
「……なんだかよく分からんが……好きだと言われた」
「「「なっ」」」
「ままま、まじかよおまえ! おまえ!?」
何でこいつが慌ててるんだ?
「それで……ルゥはどう返事したんですか?」
「何も……固まってたし……」
「ししょーは……カナエさんのこと、どう思ってるんですか?」
「どうって……凄い人だなって、思ってるよ」
「あーもう! そうじゃなくて!」
「ルゥさん、カナエさんのこと、好きですか?」
「好きか嫌いかって言われたら、好きだな」
「じゃ、じゃあ! 私のことは……好き、ですか?」
「好きに決まってるだろ?」
シルの顔がみるみると赤く染まり、固まった。
「ししょー! 私は? 私は!?」
「あーもー! うっせーな! 嫌いなわけないだろ! 全員好きだよ! なんだよお前ら!」
俺の言葉に少し空気が軽くなる。ワーワーとやかましく騒ぐ中で、
「ルゥは、そのままでいてくださいね」
ルチアの言葉が、妙に耳に残った……。
※※※※※
「今日は、私と一緒に動いてください」
朝食を食べ終えると、ルチアが俺にそう言った。
「どこへ行くんだ?」
「街役場とか、いろいろです」
俺に手伝えることあるのかな?
「キリエは昨日開拓した土地の方を、対の刃の皆さんは、ギルドで情報収集をお願いします」
テキパキと指示を出すルチア。
……やっぱルチアは凄いな。
「まずは、どこへ向かうんだ?」
ルチアは手に持っていた書類をぺらぺらとめくった。
「議員会館です」
……ぎいんかいかん?
「議員会館って、議員がいるところ?」
「そうです。昨日、ルゥとキリエが手に入れてくれた書類を調べて面白いことが分かったので、ちょっと頼みごとをしようかと」
そんな、ちょっと散歩に行きましょう。みたいなテンションで行くところだろうか……。
たどり着いた議員会館は、石造りの立派な建物だった。
「モコノ議員に取り次いでいただけますか?」
ルチアが受付に申し出る。
受付嬢は交信機で誰かと連絡をとると、事務的に回答した。
「申し訳ございません。お約束が無い方とはお会いにならないそうです」
「そうですか……。それでは、アクトク建設の件でお話があるとお伝えいただけますか?」
「お待ちください」
再び交信機を操作する。
「こちらにいらっしゃるそうです。あちらの席でお待ちください」
十分後――
頭頂部が眩しいおっさんが慌てた様子で近づいてきた。
「君かね? 私を呼び出したのは」
おっさんはルチアを、舐め回すような目つきで見ている。
キリエがいたら目、潰されてるだろうな……。
「初めまして。ルチア=オレントと申します」
ルチアは対照的に、丁寧にあいさつをした。
「……アクトク建設とやらの話ということだが? 儂は何の関わりもないぞ」
……じゃあ何で来たんだよ。
「こちらは写しですが、ご覧になられますか?」
モコノ議員はルチアの手から書類をふんだくると、血走った目で内容を読み始めた。すると、徐々に手は震え、額からは大量の汗が噴き出した。
「……何が望みだ」
忌々しげに睨みつけ、モコノは声を絞り出した。
「クロマ議員にお取次ぎいただけますか?」
ルチアはいつもと変わらない営業スマイルを保ち、静かにそう言った。
※※※※※
「ここか」
モコノ議員は大慌てでクロマ議員に連絡を取り、その日のうちに約束を取り付けた。
『ここに行けば会える』と渡された紙を頼りに来てみたものの……『デザイアー』という悪趣味な看板を掲げたその店は、どこかの屋敷を彷彿とさせる、成金が好きそうな雰囲気だった。
「ルゥ。いざというときは、頼みますね」
「え……なんか起こるの?」
「可能性として、です」
「……分かったよ」
ルチアはやわらかく微笑むと、再び営業スマイルを張り付けた。
入口の両脇に立っていた黒服に用件を伝えると、耳につけた交信機で確認をとり、扉を開いた。
「どうぞ。クロマ様は中にいらっしゃいます」
店の中は薄暗く、甘ったるい匂いが漂っていた。
こんなところで話をするのか……?
通路の一番奥に、再び扉が現れる。黒服が扉の脇に設置されていた呼び鈴を鳴らすと、中から扉が開かれた。
……狂ってやがる。
開かれた扉の奥で、複数の女と交わるじじいの姿が目に飛び込んできた。
俺は思わず顔をしかめる。
「クロマ議員。本日はお時間をいただきありがとうございます」
えっ!?
俺とは対照的に、平然と声をかけたルチアの胆力に思わず震えた。
しかし、じじいは行為に夢中で声が聞こえていないようだ。
はぁ。
ルチアから小さな溜息がこぼれた。
「仕方ありませんね。それでは議長の元へ参りましょう」
「待たんか!」
じじいが急に大声を上げた。
……聞こえてんのかよ。
「せっかく盛り上がっていたところに水を差しおって……これだから最近の若いもんは……」
ぶつくさと文句を言いながらローブを羽織るくそじじい。
女どもは布団を抱き寄せ、震えていた。
くそじじいは何も言わずに部屋を出て行く。
ルチアはスッと後に続き、俺だけが慌てて追いかけた。
黒服が別の部屋の扉を開ける。
その部屋の豪華なテーブルには、所狭しと料理が並べられていた。
一番奥の椅子にドカッと座り、葉巻を咥える。すると黒服が慣れた手つきで火をつけた。
フー……。
くそじじいは俺たちに聞こえるほど音を立てて煙を吐き出すと、ギロリと睨みつけてきた。
「こんなところまでノコノコとやってくるとはのぉ……おつむの足りない奴らじゃ」
部屋の外に人が集まる気配を感じる……。
「お話をする気は、ないということですか?」
「貴様らのような貧乏人と話すことなんざ一つもないわ! やれ!」
ゴミの号令で、一斉に部屋になだれ込む黒服。
「よいしょっと」
俺は一番先頭の黒服の腹を両手で押し込んだ。
なだれが逆流し、部屋から押し出されていく。
脇からすり抜けてくる輩は、両側の壁に蹴り飛ばす。
しばらく続けていると、なだれは収まり黒服の山ができあがった。
「なんだ。もう終わりか?」
ゴミの奥にいた黒服に目を向けると、なぜか上着を脱ぎ、指を鳴らしながら俺に近づいてきた。
「小僧……少しはやるようだな」
なんで上から目線なんだ? 度胸は買ってやるけど。
「今こそ見せてやろう『極星真拳』の神髄を……ホォー」
「長い」
体の前で腕をゆらゆらと振り始めた黒服に、俺はビンタを叩き込む。
「アジャァァ!」
黒服はおかしな奇声を発しながらクルクルと吹き飛び、壁にぶち当たって気絶した。
「……もう、終わりか?」
俺はゴミを睨みつけた。
「……いやぁ、素晴らしいのぅ。どうじゃ、儂の元で働かんか? こんな小娘に仕えるより、もっといい思いをさせてやるぞ?」
ゴミは拍手をしながら余裕の表情で俺に声をかけてきた。
なんなんだこいつは……まだ、何かあるのか?
俺が警戒を強めると、ルチアは静かに口を開いた。
「もう、お前の声は聞きたくない」
ルチアが俺に視線を投げる。……そういうことね。
〘施錠〙
「―――」
何かを言いかけたゴミは、自分の声が出なくなったことに慌てふためいた。
喉に手を当て、顔を青くし、最後は机を思いっきり叩いた。
「お前がこの世界でどうやって生きてきたのか、容易に想像がつく。大切な声を失った絶望はどうだ?」
ゴミがルチアを襲おうと立ち上がる。
「足」
ゴミはバランスを崩し、机に頭をぶつける。
「目」
尻もちをついたまま、バタバタと床の存在を確かめるように手を動かす。
「そうだな、最後はどうしようか」
ついにゴミは泣き出した。
……てか漏らした。
「……ルゥ。声を」
〘開錠〙
声を取り戻したゴミは、小さく震える声で「命だけは、命だけは」と繰り返している。
「私は決してお前を許さない。まだ死にたくないなら、私の命令に従え」
静かに響いたルチアの言葉に、ゴミはこくこくと何度も頷いた。
※※※※※
「いやー、気分悪かったなー」
「ルゥのおかげでこれが手に入りました。ありがとう」
ルチアは書類が入った袋を掲げた。
「役に立てて良かったよ。でも本気で怒ったルチアって迫力あるんだな」
「別に……怒ってません」
「え? めちゃ怒ってたじゃん。なんであんなに怒ったの?」
「もう……知りません」
俺がどれだけしつこく聞いても、ルチアは決して教えてくれなかった。
読んでくださってありがとうございます!
五十一話との内容の格差よ……。まぁ、ほんわか漂ってはいるのですが(;^ω^)
感情が溢れてしまったカナエをどう抑えるか、かなり悩みました……( ;∀;)コレデイイノダ
ではでは、次話もお楽しみに(*‘∀‘)ノシ




