第三十九話 権能
「エリオット様は、どこでサムヤサ様と出会われたんですか?」
サムヤサの元へ向かう道中、俺の無邪気な問いかけに、エリオットは誇らしげに語り始めた。
「あれは……私がまだBランクの冒険者だったころ……初めて七大ダンジョンの一つ――『奈落』に挑んだ時だ。私のPTは八階層で苦戦を強いられていた――」
うんうんと適当に相槌をうち、エリオットの武勇伝を聞き流す。
サムヤサまだー?
「――窮地に現れたのがあのお方、サムヤサ様だった」
やっと出たよ。十分も待たされた。
「サムヤサ様は、どんなお方なんですか?」
「そうだな……うん、おおよそダンジョンには似つかわしくない……お方だ」
「……似つかわしくない、ですか?」
ミツハことサンタナの問いかけに、エリオットはなんとも言えない表情を浮かべた。
「いや、実際にモンスターを一瞬で退けた……のだが、武器も持たず、ぼろきれ……年季の入った外套を羽織っただけのお姿で、何をどうされたのか、その時の俺たちには理解ができなかったのだ」
……権能か?
「それでは、今はお分かりになったのですか?」
「ああ。あの方の元で『進化』への理解を深め、ようやく分かったのだ! あの時サムヤサ様は、人間を超越した力を振るわれたのだと!」
……そもそも悪魔だからな。
「それで、サムヤサ様はどちらにいらっしゃるんですか?」
「私の……我がアルバート家の、別荘にご滞在いただいている」
「別荘をお持ちなんですね! ミツハさん! おれたちも、いつか別荘を持てるくらい活躍したいな!」
「ははっ! そうだな! これからエリオット様の元で頑張らないとな!」
「サムヤサ様のお力で、お前たちもすぐにランクが上がり、名も知れ渡るようになるだろう」
「すげー! 楽しみだなぁ!」
俺たちは和気あいあいと場を盛り上げ、エリオットの懐に入もぐり込んでいった。
「さぁ。あと少しだ」
エリオットがそう口にした瞬間、俺の左手の紋様が熱を帯びた。
……あぁ。あと少しだ。
「見えたぞ。あそこだ」
森を抜けた先は、見晴らしの良い高台だった。眼下には大きな湖が広がり、月光を受けた水面がゆらゆらと光っている。そのほとりに、明かりの灯る屋敷が一棟。
「サンタナ。こいつを頼む」
「畏まりました」
「……サンタナ?」
〘施錠〙
膝から崩れ落ちるエリオットを、サンタナが支える。
「ご武運を――」
サンタナの声を背に受け、俺は全力で屋敷に向かった。
屋敷には数人の使用人と、研究者がいた。俺は目につく者からかたっぱしにスキルで眠らせ、屋敷の中を探し回る。
左手の紋様は今もサムヤサの存在を告げている。しかし、なぜか今までの悪魔よりも気配が薄い。
ひとつずつ部屋を調べ上げ、二階の一番奥の部屋のドアに手をかけた時――
「いらっしゃい」
部屋の中から声が響いた。
俺は大きく息を吸い、静かに扉を開ける。
「うぐっ」
むせかえるほどの臭気に、俺はたまらず腕で鼻を覆った。
「いやぁ。素晴らしいお客様だ。まさかこんなところでルシフェルの使徒と出会えるとは。私はなんて運が良いんだ」
こいつ! なぜそれを……。
「なぜそれを? だって? くふふふっ! 自覚がないのかい? ルシフェルの匂いをプンプンと漂わせて、分からないはずがないだろう?」
俺の心を読んだ……?
「君には、私の研究を手伝ってもらいたいんだ。私は人だの、悪魔だのに興味はなくてね。ただ『進化』をこの目で観察したいのだよ」
「俺が、お前の研究を手伝うだと?」
「そう! キミは素晴らしい素体になる! その若さ! 鍛え抜かれた体! そして――ルシフェルに選ばれるほどの『能力』」
サムヤサの言葉と共に狂気が膨れ上がっていく。そして――頭から角が、背中からは翼が生え、肌の色と目の色が変わる。
その赤黒い目を見た時、俺は蛇に睨まれた蛙のようにすくみ上った。
「これは、ワタシが改良した『種』だ。これをキミに植えた時、どんな『進化』が見られるのか……考えるだけでゾクゾクするよ!」
サムヤサは自分の腕で自分を抱きしめ、にょろにょろと体をくねらせた。
「ああ、おとなしくするんだよ? ……と言っても、ワタシの権能で動けないだろうけどね。なに、すぐに終わるさ。そして見届けてあげよう。キミの『進化』を」
一歩、二歩。ゆっくりとサムヤサが近づいてくる。
「さあ、『進化』の時間だ」
俺に『種』を植え付けようと、サムヤサの腕が伸びる――
「ぶっっ!」
俺の拳がサムヤサの顔面にめり込む。そのまま全力で振り抜くと、サムヤサは研究資材の山まで勢いよく吹き飛んだ。倒れたまま顔だけを起こして、サムヤサが叫ぶ。
「な、なぜだ! ワタシの権能が!」
「効いてるよ……体が重くて全然調子が出ない。ほんと厄介だな『権能』って奴は……『スキル』とは違うってことか」
「そそそ、そんなバカな! 人間ごときがワタシの! 悪魔の権能にあらがうだと!?」
「良かったじゃないか。最後にお前の知らなかったことを知れて。研究者冥利につきるな?」
「はっ! 確かに! これは凄いぞ! あの馬鹿どもにも知らせなければ! 今度こそワタシの言葉に耳を傾けるに違いない! ふひっふひひひひ」
「さよならだ」
〘施錠〙
サムヤサのおぞましい笑い声の残響は、塵と化す体と共に消えていった。
完全に消え去ったことを見届け、俺は一度部屋を出る。
「ぶはぁ! ヤバかった……。ルシフェルの気持ちが痛いほど分かったわ……。しかし、『権能』は厄介だな……」
サマエルを倒したあの時、先に『魅了』を使われていたら……。
「いや、考えても仕方ない。やめだ。やめ」
俺は落ちていく思考を強引に切り替える。
「とりあえず、ここを調べないと……やだな」
またこの部屋に入るのか。そう考えただけで、すこぶる気分が悪くなった……。
読んでくださってありがとうございます!
ついにサムヤサ登場!ルシフェルが嫌っていた理由を、お分かりいただけたでしょうか?
しかし、一筋縄にはいかないようですね……さすが悪魔( ゜Д゜)(笑)
次話もお楽しみに( *´艸`)




