第三十四話 ゴブリン
「……来たか」
辺りはすっかり暗くなり、窓からこぼれる家の灯りだけが、ぽつぽつと村を照らしている。暗い部屋の中で足を組み、精神を集中していた俺は、村の外から近づく五つの気配を感じ取った。向かう先は――
「牛小屋か」
俺も移動を開始した。
牛小屋の向かいに潜み耳を澄まして待機していると、話し声が聞こえてきた。
「オマエ、アッチ」
「オマエ、ミハリ」
……本当に言葉を話している。
はっきりとは見えないが、闇の中で動くそのシルエットは、紛れもなくゴブリンのものだった。
俺は牛小屋に近づくゴブリンたちの背後から声をかけた。
「おい」
ギャ!
見つかると思っていなかったのか、ゴブリンは悲鳴に近い声をあげ、それぞれが手にしていた武器を俺に向けた。剣、剣、手斧、槍、弓。
まず剣を持った二体が俺に向かってきた。
「おい、話ができるんだろ? ちょっと話そうぜ?」
攻撃をかわしながら、語りかける。
剣の二体が二手に分かれ、その間から矢が飛んできた。
ビシッ!
矢を手刀で叩き落とし、さらに飛んできた手斧を掴む。
奪った手斧で突き出された槍の攻撃を防ぎ、柄を叩き折った。
俺の背後から二体のゴブリンが剣を振り下ろす。
ガンッ!
折れた槍の柄を掴み、二体の攻撃をまとめて受け止める。
「もう一度だけ聞くぞ? 話をしないか?」
二度目の問いかけに、ゴブリンたちは素直に武器を下ろした。
「よし。場所を変えるぞ。ついて来い」
俺はゴブリンを引き連れて、借りた空き家へ向かった。
……念のため、日が暮れたら外に出ないよう、頼んでおいてよかった。
音を立てないようにゴブリンたちを家に入れ、ドアを閉める。
「……ふぅ。とりあえず、座れ」
ゴブリンたちを床に座らせ、俺も胡坐をかく。
「よく逃げ出さなかったな」
真ん中に座ったゴブリンが答えた。
「ニゲテモムダ、ワカル。オレタチ、シニタクナイ」
……言葉が話せるだけじゃないのか。
「……お前たちは全員話ができるのか?」
「ハナシデキルノ、オレダケ。デモ、ミンナモ、イッテルコト、ワカル」
「そうか。いつから話ができるようになった?」
「ハナセル、ナッテ、ヨル、ジュッカイキタ」
10日前ってことか。
「その時、何があった?」
「ヒトガ、キタ。オレタチ、コレ、モラッタ」
ゴブリンは腰に下げた背嚢から、何かを取り出し俺に投げた。
「……これは……『進化の秘宝』か?」
受け取った爪ほどの結晶はサイズこそ小さいが、『進化の秘宝』とよく似た気配を放っていた。
「ナマエ、シラナイ。オレタチ、ソレ、ノンダ」
「全員か?」
「ソウ、オレガ、イチバンハヤク、ハナセル、ナッタ」
「そいつは……どんな奴だった?」
「フク、ピカピカ、ツイテタ。カオハ、ゼンブ、オナジ、ミエル」
身なりが整ってたってことだろうか……。うーん、難しいとこだな。
「名前は聞いたか?」
「シラナイ」
やっぱなー。……さて。
「お前たちは、なぜ畑を荒らし家畜を襲った?」
「クイモノ、ナイ。イキルタメ、トル」
そうだよなー。「タノシイ」とか言われたら問答無用で討伐してたんだが……。こいつら、ヘタすりゃ人間よりよっぽど純粋じゃねーか……。
……しかたない。
「お前たち、俺に協力するなら食い物を与えよう。どうする?」
俺の提案にゴブリンたちはざわついた。
「クイモノ、クレル。オレタチ、シタガウ」
「よし。それじゃ、まずはお前たちの住処に案内してくれ」
俺は空き家を出て、ゴブリンたちの先導で住処へ向かった。
「アノ、ドウクツ」
村を出て森の中を15分ほど歩くと、切り立った崖の一角に、人が一人通れるほどの洞窟の入口が見えた。
「お前たち以外にもゴブリンがいるのか?」
「アソコニイル、オレタチダケ」
「分かった。案内してくれ」
洞窟の中は、村長の家くらいの広さだった。床には食べ残しが散らばり、異臭を放ち、虫がたかっている……と想像していた俺は、清潔に保たれたその空間に驚き、自分自身の偏見を心から恥じた。
「きれいに掃除してあるな」
「ソウジ、アイツ、ヤクメ」
指で示されたゴブリンは、褒められてうれしかったのか、もじもじとしている。
「特に、気になる物は置いてないか……。よし、お前たち、引っ越しをするぞ」
「ヒッコシ? ワカラナイ」
「住処を変えるってことだ。ついて来い」
俺はゴブリンたちを引き連れて、いったん村へ戻った。
『ゴブリンの問題は解決しました。明日、報告に伺います』
空き家にそう書き置きを残し、そのままソドムへ向かった。
ソドムの街が見える林の出口まで来たころには、空がうっすらと明るみ始めていた。
「お前たちはここで待ってろ。俺の仲間を連れてくる」
「……ワカッタ」
「逃げるなよ?」
「ニゲル、シヌ、ヤラナイ」
ゴブリンの言葉にうなずき、俺は一人でオレントの屋敷に急いだ。
玄関を開けるとサンタナがいた。予想通りだ。
「サンタナ。ちょっと付き合ってくれ」
「ルゥ様? こんな時間にどちらへ?」
「事情は移動しながら話す。あ、そうだ。外套を五枚用意できるか?」
「承知いたしました。すぐに用意しましょう」
俺たちは外套を抱え、林に戻る。
「言葉を話す……ゴブリンですか……」
「そうだ。信じられないと思うから、見た方が早いぞ」
「わかりました」
林に戻ると、ゴブリンたちはひとかたまりになって座っていた。
「待たせたな。この男は『サンタナ』という。俺の仲間だ」
「はじめまして。サンタナでございます」
サンタナはゴブリン相手に優雅にお辞儀をして見せる。……ぶれない男だ。
「オレ、ナマエナイ。シゴト、テツダウ」
「なんと!」
流石に驚きを隠せなかったようだ。サンタナは目を大きく見開いて固まっている。
「言っただろ? こいつらはサムヤサの手がかりを持っているかもしれない。それに純粋だし、教えがいもあると思うぜ?」
「ええ……おっしゃる通りですね。承知いたしました。オレントファミリーが責任をもって引き受けましょう」
「よし。それじゃあ俺は村へ報告に行くから、こいつらのこと頼んだぞ」
「お任せください」
※※※※※
「おはようございます」
村長の家に戻った俺は、報告のため、昨日と同じ席に座った。
「ゴブリンはどうなった?」
開口一番結果を聞いてくるあたり、夜通し心配していたのかもしれない。
「解決しましたよ。もうゴブリンたちに畑を荒らされたり、家畜を襲われたりすることはありません」
「そうか! それで……討伐の証、ゴブリンの死体は……」
「いや……離れた場所で燃やして埋めましたけど」
「……ほんとうか?」
……え? 疑われてるの?
「実際、昨晩は村に被害が出てないですよね?」
「それは、たまたまゴブリンが来なかっただけかもしれないじゃないか」
はぁ? お前、毎晩現れるって言ってたじゃねーか。……いかんいかん、落ち着け。確認したい気持ちは分かるからな。
「……わかりました。それでは一週間経ってゴブリンが現れなければ依頼達成、ということでいいですか?」
「私としては、今から死体を埋めた場所まで案内してくれてもいいんだがなぁ?」
こいつ……。そこまで言うなら連れて行ってやるさ。恐怖のどん底までな。
「わかりました。今すぐ向かいましょう。武器はお持ちですか?」
「え……? 行くのか?」
「行きます。俺だって時間が惜しい。今から行きます」
「わ、分かった」
慌てて身支度を整えた村長を連れ、俺は森へと入った。気配を探り、近くにいるモンスターの元へ移動する。
「本当に……こんな場所に埋めたのか?」
「村の中に埋めるより、いいと思ったので」
「そ、そうか」
村長はびくびくしながら俺の後ろを歩く。そして――
「あっ……あぁぁ、『アウルベアー』!」
村長はアウルベアーの姿を見つけるなり、腰を抜かした。
「心配いりませんよ。そこで見ててください」
俺は軽い足取りでアウルベアーに向かう。
「おい! やめとけ! 死ぬぞ!」
……黙って見てろ。
グゥアゥッ!
アウルベアーは俺に気づくと、威嚇した。そして、四つ足で勢いをつけて俺に向かってくる。
「あぁ! 危ない!」
俺は腰の剣を抜き、跳躍。真下を通り抜けるアウルベアーの背に、そのまま剣を突き立てた。
グゥルァァァ……
絶命したアウルベアーを巾着に収め、村長の元へ戻った。
「立てますか? まだ先ですので頑張ってくださいね?」
笑顔で村長に手を差し出す。
「もういい……分かった。君の言葉を信じる……」
村長は白旗を上げた。
村へ帰り、依頼書にサインをもらった。村長は終始俺に怯えていた。
やっと帰れる……。
やっぱり人間よりゴブリンの方がよっぽど純粋だ。俺は改めてそう思った。
読んでくださってありがとうございます!
まさかこんな話に仕上がるとは……自分自身驚いています。
しかもゴブリンちょっとかわいい……( *´艸`)(笑)
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