第三十三話 衝撃
「……何が起こったんだ」
俺は目の前で起きている現実を受け入れることができなかった――
オレントの屋敷に着くと、いつものようにサンタナが出迎えてくれたのだが、少し様子がおかしかった。
「何かあったのか?」
「いえ、その、問題と言いますか……少々我々もてこずっておりまして……」
珍しく歯切れの悪い返事に、俺の心はざわついた。
足早にルチアの部屋へ向かう。
「ルチア! どう……した?」
俺の目に映ったのは、ルチアにべったりとくっつく女研究者の姿だった。
「ルゥ……すみません。少々やりすぎてしまったようです……」
げんなりとした顔で、弱々しくルチアがこぼす。
なにを!? なにしたの!?
言葉もなく、あんぐりと口を開けてルチアを見つめていると、女研究者は顔を歪めた。
「卑猥な視線をルチア様に向けるな、アホ面」
一瞬、何を言われたか理解できず、頭が真っ白になった。
「キリエ。ルゥに対して、その態度は許しませんよ」
「ごめんなさいおねぇ様! 悪いキリエに、お・し・お・き♡してくださぁい」
俺はそっと部屋から退出した。
廊下にはサンタナが立っていた。俺たちは無言で顔を見合わせ、深い溜息をついた。
「ルゥ!」
部屋に置き去りにされたルチアが慌てて出てくる。その腰にはべったりとキリエがしがみついていた。不機嫌そうに睨みつける彼女の目と、残念な生き物を見る俺の視線が交わる。
「私を見るな。虫唾が走る。下等種が」
虫唾が走るのは俺の台詞だ、この女。
〘施錠〙
キリエの手がスルッとルチアから離れ、そのまま床に崩れ落ちる。
「ありがとうございます! 本当に助かりました……」
ルチアが目を潤ませながら俺に感謝を告げる。
「なにが……いや、なにか分かったか?」
ルチアは頷く。
「どうぞ、お部屋へ」
俺たちは廊下にキリエを放置して、部屋に戻った。
サンタナが淹れた紅茶で心を静め、俺たちは話を再開する。
「彼女から引き出せた情報ですが、まず、彼女は『イーリス教』の人間でした」
まぁ、そうだろうな。
「『イーリス教』には、人間を進化させることを目的とした研究部門があるそうです。彼女はそこで……」
「そこで?」
「いえ、そこでも、浮いていたようです」
……まぁ、そうだろうな。
「もちろん、性格の問題もあったんだと思いますが……彼女の主張としては『私の研究についてこれる人間がいなかった』らしいです」
そういえば……あの臭い研究室でも似たようなこと言ってたな。
「ここからが本題ですが、彼女が研究部門に配属されたとき、一冊の研究ノートが配られたようで、それを基に『進化の秘宝』を生成したと言っていました」
「研究ノートか……そのノートはどこに?」
「こちらです」
ルチアはボロボロになった一冊のノートをテーブルに置いた。
その表紙には『サムヤサ様の奇跡』と記されている。
「……繋がったな」
ノートを手に取り、パラパラと目を通す。
「うん。全く理解できない」
パタンと閉じてテーブルに戻した。
「私も同じですよ。ここに書かれていることは、残念ながら私たちには理解できないようですね」
廊下のあいつに話を聞くしかないのか……? いや、それは最後の手段にしたい。
「他に分かったことは?」
「材料についてです。基本的に材料は教団が用意していたそうですが、『進化の実』という核となる素材に関しては、決まって冒険者が届けに来たそうです」
「冒険者? クエルボのことか?」
「彼女は興味の無いことは覚えないようで、名前は知らないそうです。ただ、身なりの整った人物だったということは聞き出せたのですが……」
んー……じゃあ違うか。
「あと、『進化の秘宝』は全部で三つ、作ったそうです」
「ってことは、あと一つ、どこかに……」
「そうなります」
はぁ……俺は溜息をつき、すっかり冷めてしまった紅茶をすすった。
「当面は、情報収集だな……」
「はい。教団と冒険者ギルドに、私たちの草を仕込んでいます」
「さすが。頼りにしてるよ」
「お任せください」
ルチアは誇らしげに微笑む。
「……キリエのことも、よろしくな」
「……はい」
一瞬で顔色を悪くしたルチアに、俺は心から同情した。
オレントの屋敷を出た俺は、思いつきでソドムの冒険者ギルドへ立ち寄った。俺はクエストボードの前まで行き、Eランクの依頼に目を通す。
ん? これは……。
『ゴブリン討伐』の依頼書だ。
『変異したゴブリンが畑を荒らし、家畜を攫い困っています! どうか討伐に来てください!』
「変異した……ゴブリン?」
胸騒ぎを覚え、俺は受付へ向かった。
※※※※※
「この村か」
ソドムの街から走ること一時間。木でつくられた壁に囲まれた小さな村。入口の門には見張りの男が槍を持って立っていた。
「こんにちは。冒険者ギルドから依頼を受けてきました」
「おお! そうか! ……って、あんた一人か?」
見張りは俺の後ろに誰もいないことを確認すると、顔をしかめる。
「まぁ、ゴブリンですからね……」
「ばっ! 馬鹿いっちゃいけねぇ! あいつらは、ただのゴブリンじゃないんだ!」
よく見れば、戦闘を重ねたせいか、槍も鎧も傷だらけだ。
「ただのゴブリンじゃないって……ホブゴブリンとか、ゴブリンマジシャンとか?」
「いや……あれはゴブリンだ……見た目の特徴はゴブリンなんだが……」
「とりあえず話を聞きたいんですけど、村長さんのところへ行けばいいですか?」
「あ、ああ。そうだな。村長の家は――」
見張りのおっさんも、よく分かってなさそうだったな……村長なら何か知ってるだろうか?
コンコン
村長の家のドアをノックすると、恰幅の良い女性が出迎えてくれた。
「こんにちは。ギルドから依頼を受けたルゥと言います」
「あぁ。依頼を受けてくれたんだね。中へお入り」
通された部屋で椅子に座って少し待つと、初老の男性が現れた。
「これはこれは。よく依頼を引き受けてくれたね」
「Eランク冒険者のルゥです。変異したゴブリンの討伐と伺いましたが……」
「ああ。そうなんだ。奴らが現れたのは、一週間ほど前だ」
「変異というのは……どういうことですか?」
「こんな話……信じてもらえるか分からんが、奴らは言葉を話していたんだ」
「え? ゴブリンが、ですか?」
「そうだ。私自身、そんなことがあるのか、いまだに信じられないんだ。しかも奴らは、人間のように連携して家畜を攫っていった」
……ゴブリンが、か。
「その中に、上位種がいたり、別のモンスターがいたりしたわけでは?」
俺の問いかけに、村長は力なく首を振った。
「いや、ゴブリンだけだった」
村長の話によると、ゴブリンたちは毎晩暗くなったころに家畜を攫いに現れるそうだ。
俺は村の空き家を借りて、夜まで待機することにした。
「それじゃあ、ここ借りますね」
「ああ。よろしく頼むよ」
「任せてください」
村長は不安そうな顔で立ち去った。
まぁそりゃそうだ。Eランク、一人、若い。信頼されるポイントがないもんな。
しかし……言葉を話すゴブリンか。
『進化とは、生物が長い年月をかけて少しずつ姿を変えていくことである。』
図書館で見た本に書かれている通りなら、もしかして、村に来るゴブリンたちも『進化』したってことなんだろうか?
俺の脳裏にサムヤサの影がちらついた。
読んでくださってありがとうございます!
いやー、癖の強いキャラに仕上がりました!強すぎて今度の取り扱いに注意が必要なレベルです(何言ってんだ)
そして、思いつきで書いたゴブリンの依頼が、今後思わぬ方向に進展します!
続きもお楽しみに( *´艸`)




