第三十話 復讐
ドアをノックする音が響いた。
そして、返事のない部屋のドアが開く。
無言で部屋に入ってきたのは、外套のフードを深くかぶった人影だった。
その人影が机に近づいた瞬間を狙い、俺は後ろから声をかける。
「待ってたぜ」
影は振り向きざま、袖口から何かを放った。
俺は近くに置いてあった箒を掴み、飛んできた物体をすべて叩き落とす。
キィンキィン
澄んだ音と共に床に落ちる数本の針。その表面はぬらりと光っていた。
……毒かな?
防がれると思っていなかったのか、そいつはじりじりと後ずさる。
「おぉぉ!」
机の影に潜んでいたボンドが、気合の雄叫びと共に膝の裏側を斬りつけた。
「ぎゃぁぁぁ!」
膝裏から足を深く斬り裂かれ、男は悲鳴を上げて床へ転げ回った。フードがめくれ、顔に刻まれた深い古傷が露わになる。
「……お前は」
その顔を見て、ボンドが固まった。
「なんだ? 知った顔か?」
俺の問いかけにボンドは苦い顔をした。
「ヴィシャスファミリーの……若頭だった男だ」
……は?
「へ、へへ……ずいぶんと様子が変わっちまったが……坊っちゃんじゃねーですか」
痛みに顔を歪めながらも、男は軽口を叩いた。
「……クエルボ。てめぇがやったことの落とし前を付けに来たぜ」
「……そうですか。ってこたぁ……アンガスは無事に『進化』したんですね?」
ギィン!
ボンドが無言で振り下ろした剣を、俺は腰の剣で受け止めた。
「邪魔するんじゃねぇ!」
「……落ち着けよ。まだ聞くことがあるだろ」
俺に諭され、ボンドは顔を歪め、抑えきれない怒りを言葉にして放つ。
「てめぇ! 親父に何しやがった!」
「……何って?アンガスに、より強大な力を与えたんですよ! 坊っちゃんも見たんでしょ? アンガスが『進化』した姿を! 人間を超えた、あの力を!」
クエルボは痛みも忘れ、狂気に酔ったように笑い始めた。
「俺の顔に傷をつけたアンガスに! ヴィシャスファミリーから追い出したアンガスに! いつか復讐してやろうと思ってたんだぁ。あぁ……ことは成りました。感謝いたします。サムヤサ様!」
サムヤサ!?
「ぐっ……」
俺がサムヤサの名前に気を取られている隙に、クエルボが低いうめき声をあげ、床に倒れる。
「くそ! おいっ! ……死んだか」
俺が駆けよって確認した時には、クエルボは既にこと切れていた。
口からは泡を吹いている……毒か。
「……復讐、か」
ボンドの呟きに、かける言葉がみつからない。
…………。
気まずい。とても気まずい。
俺たちは白衣の女を部屋にあったズタ袋に詰め込み、小屋を出る前に部屋の実験器具をすべて破壊した。
やり場のない怒りを実験器具にぶつけるボンドの姿は、見ていていたたまれなかった。
そして、お互い無言でソドムへ向かって歩いている。
「……なぁ。クエルボが言ってたサムヤサって、何もんだ?」
「……悪魔の名前だ」
俺の返事にボンドが目を見開いた。
「悪魔、か。そいつらのせいで、親父も、クエルボもおかしくなったんだな」
俺は一瞬どう答えるか考え――その言葉を否定した。
「それは少し違うな。悪魔は人の欲望に付け入るのが上手いんだ。もともと持っていた感情を何倍にも増幅させるのがな。お前の親父も、クエルボも、自分の欲望に飲み込まれたんだ。まぁ……悪魔が俺たちの敵ってことに変わりはないけどな」
「そうか……俺にはまだ分からねーな……」
「そのうち、お前にも分かるようになるさ」
※※※※※
「ただいま」
「おかえりなさい」
オレントファミリーの執務室。ルチアは変わらない様子で迎えてくれた。
「それは?」
俺が担いでいたズタ袋に目をやる。
「重要参考人だからな。連れて帰ってきた」
女を袋から出して、床に転がした。
「もうっ。もっと丁寧に扱ってください」
ルチアは頬を膨らませて小言を言いながら、女をソファーに座らせた。
「すまん。気を付けるよ」
俺たちがソファーに座ると、サンタナが紅茶を運んできた。
「相変わらず美味いな」
「恐縮です」
「それで、成果はありましたか?」
「あぁ。後味の悪い話だが……」
俺はことの経緯を説明した。
「……そうでしたか。彼女から得られる情報は、多そうですね。ボンドは……つらかったわね」
「言葉として理解はしている……ただ、まだ感情がついていけないんだ」
「そうか」
ボンドが前へ進もうともがく姿に、俺は目を細めた。
「それじゃあ、こいつを起こすぞ」
「わかりました」
俺は女にスキルを使う。
〘開錠〙
女は気だるそうに目を開けた。
「どこですかぁ? ここ」
全く動じないその態度に、俺は溜息をついた。
「どこでもいいだろ。少なくとも、あの研究室じゃないのは分かるな?」
その言葉で、初めて女の表情が変わった。
「研究! 進化の秘宝が! 私の成果は!?」
……これは苦労しそうだ。
「ルゥ。この人のことは、私に任せてもらえる?」
様子を見ていたルチアが、俺に尋ねた。
「頼む」
俺は大きく頷いた。
「それじゃあ、俺はサムヤサについてルシフェルに聞きに行ってくる。何か分かったら連絡してくれ」
「わかりました」
ルチアに女を預け、俺はラングストラの塔へ向かった。
……忙しいなぁ、最近。
読んでくださってありがとうございます!
なんとか三十話までお届けすることができました!
全て読んでくださっているみなさんのおかげです!ありがとうございます!( *´艸`)
これからも書き続けますので、応援のほどよろしくお願いします!<(_ _)>




