第二十八話 奴の名はボンド
「突然呼び出して、申し訳なかったね」
俺の目の前にいるのは、この街の冒険者ギルドのマスターらしい。造りのいい机に両肘をつき、顔の前で手を組んで俺の様子を窺っている。
……眼光鋭すぎるだろ。
「いえ、俺しかいませんでしたからね……」
「まぁ、何もなければすぐに解放するよ。とりあえず、昨日『嘆きの壁』で起きたことを聞かせてくれるか?」
「はぁ、他のPTと大差ないと思いますけどね……昨日は――」
俺は当たり障りのない回答を組み立てて、説明した。
「なるほど……。ダンジョン内の状況は他のPTの証言とも一致しているな」
よし、何とか乗り切れそうだ。
俺が安心したその時――
「ところで、先行したAランクのPTから、ダンジョン内で君たちの姿を見たという報告が無かったんだが……君たちはダンジョンのどこにいたんだい?」
……こ、このおっさん。痛いところを突いてくる。
「どこにって、三階層から五階層をうろうろしていましたよ……。まだBランクになったばかりのPTですので」
…………。
逃げ出したい衝動に駆られながらも、視線だけは外すまいと虚勢を張る。
「ふっ……そうか。ありがとう。聞きたいことは以上だ。協力に感謝する」
「いえ、それでは」
俺は背中に大量の汗をかきながら部屋を出た。
「やべーわあの人」
伊達にギルマスやってないなー。
海千山千の猛者どもをまとめ上げる仕事だもんね。
こわいこわい……。
さて、そろそろダイラが到着しているかもしれないな。
俺は早足で家に向かった。
「ルゥ!」
相変わらずでかい声だ。
「待たせてすまん」
俺が軽く手を振る。
「それはいい。アンガスの件で進展があった」
「……なに?」
「ボンドが言っていた『商人』のこと、覚えてるか?」
……商人。はて、何だったかな?
俺の顔を見て呆れかえるダイラ。
「おまえ……アンガスがおかしくなった原因を作ったっていう商人のことだ。あの後ヴィシャスファミリーが血眼になって探した結果、ついに見つけたんだとよ」
「ああ……覚えてたぞ?」
「しょうもない嘘をつくんじゃねぇ。それで、その拠点が『チェンセン』にあることが分かった。ボンドが今すぐ乗り込みに行くって息巻いててな。力を貸してやって欲しい」
「チェンセンまでは、どれくらいかかる?」
「ソドムから馬車で二日ほどだ」
そしてその夜。
「というわけで、俺はまた出かけてくる。ダイラのレベル上げ、よろしく頼むな」
「ほんと忙しい奴だな……。ま、しょうがないか。グランだ。よろしくな」
「世話になる」
※※※※※
「……ここか」
ダイラに貰った、オレントの屋敷までの地図を握りしめ、たどり着いたのはソドムの郊外。「和」という表現がぴったりな、広々とした平屋だった。
「予想してたのと違うな……」
俺は簡素な木造りの門を開け、中へ入る。
……視界には誰も映らないが気配は二つ。警備は万全のようだ。
「お待ちしておりました」
入口の引き戸を開けるとサンタナが待機していた。流石だな……。
「ダイラに話は聞いた。ボンド達は?」
「いつでも出発できる準備は整っております」
「……何人動かすつもりだ?」
「……100人ほどと聞いております」
はぁ……。
「多いなー。ボンドはどこだ?」
「ご案内いたします」
サンタナの案内で、キシキシと音を立てる廊下を進む。
案内された部屋へ入ると、正面の執務机にルチアが座っていた。
その前にある応接ソファーには、短く刈り込んだ髪の男が腰かけている。
「待たせたな。ん? ……お前、まさかボンドか?」
ボンドは俺を睨めつける。
「お前、誰だよ」
…………。
ああ、そうか。こいつ俺の事『黒仮面』としか認識してないのか。
「黒仮面だよ」
「お前が! ……その節は、世話になったな」
……完全に別人じゃねーか。
アンガスの一件は、ボンドを大きく変えてしまったようだ。
「気にするな。俺自身あの出来事は心残りなんだ」
「……そうだったな。お前はぎりぎりまで親父と『会話』しようとしていた」
……「パパ」じゃない、だと?
いや、しかし人間ここまで変わるもんか?
「ボンド、お前まさか、変な薬とかやってないよな?」
「どういう意味だてめぇ!」
「あぁ、すまん、悪気はないんだ。俺の知っているお前とは別人だったからな。念のためだ」
「ちっ。そりゃあ、ぼ……俺だって変わるさ。……頭を襲名したんだからな」
「俺は今のお前の方が好きだぞ」
「なっ! う、うるせえよ! それより、早く出発するぞ! こっちはお前を待ってたんだ!」
「それなんだけどな。さっきサンタナに聞いたんだが、100人集めたって?」
「……200人だ」
……増えてんじゃねーか。
「お前、それだけの人数で動いたらどうなるか、ちゃんと考えたか?」
「……仕方ねーだろ。みんな、親父の仇をうちたいんだ」
「それを抑えてこその頭だろう?」
ボンドは唇をかみしめる。
「構成員の気持ちは分かる。だからこそ、それを背負って判断するのがお前の役目じゃないのか?」
「……そんなことは……言われなくたって分かってる」
うつむいたボンドに俺は言う。
「……チェンセンに向かうのは、俺とお前の二人だけだ」
「……は?」
ボンドは呆けたような顔で、間の抜けた声を漏らした。
「待て、二人って、いくら何でもそれは……」
「落ち着け。俺はな――」
俺はボンドに、自分が『使徒』であることと、背負った使命を打ち明けた。
「レベル……100……ハハ、そりゃ親父でもかなわないや……」
「一応言っておくが、このことは誰にも――」
「話すわけねぇだろ! お前の話で色々と腑に落ちた。お前だけは敵に回したくねぇよ」
……ふぅ。なんとかなったか。
ボンドが部屋を出るのを見届けると、俺はルチアへ声をかけた。
「それじゃ、行ってくるな」
「……すみません。私ではボンドを抑えきることができませんでした」
「気にするな。ルチアの立場的に、難しい問題だったからな」
「……ありがとう。ルゥ。行ってらっしゃい」
「あぁ」
目指すはチェンセンの街だ。
読んでくださってありがとうございます!
ボンド再登場です!ずいぶん雰囲気が変わってしましましたが、一皮むけたボンドをよろしくお願いします!<(_ _)>




