第十三話 オレント=ファミリー
オークション開催前日、俺は再び『ソドム』の街を訪れた。
「いらっしゃいませ」
指定された店は前回のバーではなく、明るく清潔感のあるカフェだった。店内はランチを楽しむ人々で賑わっている。
「こちらでございます」
給仕に案内された個室に入り、ソファーに体を預けて待つこと数分、
「お待たせいたしました」
サンタナが一人の女性を連れて現れた。長い黒髪を後ろでまとめ、落ち着いた漆黒のドレスを身にまとう女性だ。
「こちらの方が、我々のボス。ルチア=オレント様です」
サンタナの紹介に、女性は優雅にお辞儀する。
「ルゥだ。よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「まさか女性だとは思ってなかったよ」
本音をもらした俺にルチアはクスリと笑う。
「私は先代の娘です。まだ未熟で、サンタナには助けられてばかりなんですよ」
「お嬢様。そのようなことは……」
「謙遜だな。アンタがボスになってこの街の治安は良くなったそうじゃないか」
俺の言葉にサンタナの眉がわずかに動いた。ルチアは穏やかな表情を崩さない。
「お話しには伺っておりましたが、とても優秀な方ですね」
「……少し話を聞いて回っただけだ」
サリアのお説教を受け、俺なりに少し情報を集めてみたが、代替わりした後のオレントファミリーは、少しずつ勢力を拡大しているようだ。面白いのは、表の顔として『トランジェント商会』を立ち上げ、普通の商会と変わらぬ商売をしていることだ。さらに、スラム区画の整備や孤児施設の運営まで行っており、マフィアらしからぬふるまいに、街の住人からもかなり慕われている。
皆して『二代目』って言うからなー……マフィアだし、てっきり男だと……。
「それで、今日からオークションが終わるまでの四日間、アンタを護衛すればいいんだな?」
「どうぞルチアとお呼びください。はい。よろしくお願いいたします」
「ルチアには指一本触れさせない。任せてくれ」
「ふふっ。それは心強いです。では、オークション会場をご案内しますね」
移動した先は、この街で一番大きなホテルだった。ガラス張りのその壁面を、思わず見上げてしまう。
「このホテルが、今回の会場になっています」
「凄いな。ここもオレントファミリーの持ち物か?」
「はい。どうぞ、こちらです」
ルチアは柔らかく微笑み、そのまま歩き出した。
……嫌味を感じないんだよなー。流石マフィアのボスってとこか。
俺はそのまま地下へと案内された。
「こちらがメイン会場です」
「おぉ……流石に広いな」
千人は軽く収容できそうな円形の大広間。その正面には競り台となるステージが設けられていた。
「今回のオークションには、様々な国からお客様がお越しになられますので」
ステージの裏は倉庫になっていた。警備は数人だが、一人一人が隙のない空気を放っている。
……そして俺に対する敵意も。
「申し訳ありません。事前に説明はしてあるのですが……」
「いや、良い。面白くない気持ちもわかるからな」
「恐縮です……」
様々な品が置かれた隙間を進む。広い倉庫の一番奥。そこに置かれていたのは――。
「こちらが今回の目玉となる――『遺物≪ラグナロク≫』です」
「これは……凄い……」
刀身はうっすらと虹色に輝き、神秘的なオーラを放っている。
「……よく手に入れたな」
「ええ。偶然ですが、私共の構成員が偶然ダンジョンで発見いたしまして。鑑定に回したところ、遺物と判明いたしました」
「なるほど、世界中から人が集まるわけだ」
遺物。神話の時代から存在すると言われる、超常的な力を秘めるアイテム。間違いなく国宝級の剣だ……こりゃマフィアどころか国が動くな。俺は認識を改めた。
その後、案内されたホテルの一室で俺は一息ついた。護衛しやすいようにルチアの隣の部屋を割り当てられた。今回の依頼……ルチアよりも剣を守った方が良いんじゃないか? そんなことを考えているとドアをノックする音が響く。
「誰だ」
「サンタナでございます」
ドアを開けると少し困った表情のサンタナと、短く刈り込んだ赤髪の大柄な男が立っていた。
「申し訳ございません。この者がどうしてもルゥさんに会いたいと申しておりまして」
サンタナでも抑えきれないってことは、それなりの立場の人間なんだろう。
「……お前にお嬢を預けられるか、確認したい」
男は真っすぐ俺を見据えて言った。喧嘩腰なのかと思ったが、その顔はどこまでも真剣だった。俺に護衛を任せられるかどうか、実力を確かめに来た……そんな目を俺に向けている。
……だったら話は早い。
「いいぜ。その話、受けよう」
「ダイラだ。場所を変える」
ダイラはそう言うと返事も待たずに歩き出した。
護衛のためサンタナはホテルに残り、俺はダイラの後に続く。着いたのは大きな倉庫だった。中に入ると構成員たちがそれぞれ訓練に励んでいる。
「「「ダイラさん! お疲れ様です!」」」
構成員たちはダイラの姿に気づくと、気合のこもった声で挨拶をしていた。慕われているのが良くわかる。少し広い場所でダイラは足を止めた。
「ここで良いだろう。武器を選べ」
そういって壁に視線を向ける。
「必要ない。いつでもかかってこい」
俺の挑発にダイラの存在感が一回り大きくなった。
「後悔するなよ?」
「お前がな」
ダイラが俺に向かって地を蹴る。
俺に向かって鋭く放つ拳の数が、一気に増える!
スキルだな。
俺は全ての拳を叩き落とし、少し距離をとる。
「すげぇ……」
「ダイラさんの『百裂拳』を避けた……?」
「俺、何があったか見えなかった……。誰か解説してくれよ」
対峙する俺たちの周りに、いつの間にかギャラリーが集まっていた。
「流石にやるようだな。では……これならどうだ!」
ダイラはその場から動かず、驚くべき速さで突きを放った。
……避けると後ろにいる奴らに当たるんだが。
避けられないと思ったのか、狙ってやったのかは知らないが、
「甘い」
バンッ!
俺は見えない衝撃波に拳を合わせ、威力を散らす。
「なっ」
流石に驚いたのか、ダイラが目を見開いたその瞬間、俺はダイラの懐に入り、鳩尾を殴りつけた。
「ぐっ……ぼぁっ」
くの字になって倒れこむダイラを支え、床に座らせる。
「ダイラさんが負けた……」
「嘘だろ……」
「なぁ、俺、何も見えなかったんだけどよぉ」
「「「俺たちもだよ」」」
ギャラリーがやかましい。
「どうだった?」
「ごほっ、ぐっ……完敗だ……。お前……規格外だな」
まだ苦しそうだが、はっきりと意思の込められた返事が返ってきた。
「分かってくれればそれでいい。これからよろしくな」
「……ああ」
俺が差し出した右手を、ダイラはしっかりと掴んだ。
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