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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第7章 唯野唯は裏切らない
36/130

05

 魔神の中には、他者からの視線に敏感な個体がいる。


 その最たる例が木霊木珠樹だ。彼女は事あるごとに「ボクは見世物じゃない」と

呟いては、自分に注目する相手を振り払う。それが人間だった場合、躊躇無く生命

を奪う。彼女が以前度々夜中のクラブを破壊して回っていたのは、お得意の黒魔術

の生贄探しのためばかりじゃなく、大勢の人間から注目を浴びたための暴挙だとい

う見方が有力だ。


 この街に監視カメラが置かれていないのは、彼女の存在と主張によるものが大き

い。隠れて設置しようにもカメラからの視線に目ざとく気づき、『大魔導師の杖』

による探知魔法であっという間に下手人まで割り出し、殺してしまうからだ。まっ

たく、厄介な個体が厄介な能力を持っているものだ。


 そんなわけだから、魔神の監視は基本的に私一人に委ねられている。話を聞いた

当初はいい加減だと思ったけれど、それしか方法は無いのだから仕方がない。

 それに今になって思えば、その程度のいい加減さでも構わないのだ。


 だって監視したところで、意味なんて無いのだから。


 照が突然こちらを認識したという事実に、さながら第四の壁が突然崩れたとでも

言わんばかりの奇妙な感覚に襲われる。その背中の冷たさが通り過ぎるのを待たず

して、視界の端がふと明るくなった。


「え?」


 ハートの天使の瞳から目を離すと……わあ、壁が無い!

 今まで私を封殺していた家が、床とベッドだけになっている。


 この家だけじゃない。見通しの良くなった三百六十度のパノラマを見渡すと、周

囲全てが地平線まで見通せるほどクリアになっている。はるか遠くの方では人影の

ようなものがわちゃわちゃと動いているように見える。どうやら魔神の街の外まで

この状態が続いているらしい。

 例外はたった一つ。はるか遠くにそびえたつ、見慣れた校舎のみ。


 再び天使の瞳を覗くと、引きの状態になった照が軽く腕を振るった後のような体

勢になっていた。


 『オッカムの断頭台(ギロチン)』を使って、またしても世界を削り取ったらしい。今回は申

し訳程度に「障害物」を取り除いたのだろう。この世から壁という壁が消滅してい

るみたいだ。相も変わらずやる事のスケールが大きすぎる。後で戻して貰わないと

いけないなあ……


 ん? あ、そうだ! 壁が消えたって事は……


 傍にいた緑の天使がいなくなっている。一緒に削り取られたか、取り付いていた

壁が消滅した事で役割を終えていなくなったか。唯野さんは『無生物の強化』だな

んて言っていたけれど、さすがに空間ごと削り取るほどの攻撃には耐えきれなかっ

たというわけか。


 という事は、私を隠すものはもはや存在しないというわけだ。


 そう解釈した次の瞬間、まさに正解の音を鳴らすかのように、近くで鎖の音がし

た。振り返ると、ベッドの脚の部分に『つらなりの鎖』が巻き付いていた。


 私本体に巻き付けなかったのは、以前そうやって忍さんに鎖を斬られた反省を生

かしたのだろうか。それでなくとも、場所は既に探知済という事らしい。

 助けが来た。良かった……いや、この惨状を考えると全然良くはないんだけど、

今は生還を喜ぼう……


 などとフライング気味にほっと胸を撫で下ろしたのがいけなかったのだろう。私

は不意に背後から腕を掴まれ、そのまま身体ごと引っ張られた。


「え?」

「命令を変更……愛の逃避行、開始するよ!」


 そう言って私をお姫様抱っこの要領で抱きかかえたのは、すぐ傍にいたハートの

天使……だよね?

 さっきまでとは様子が違う。っていうか誰!?


 髪はピンク色だし、顔も唯野さんに似た女性的なもののままだ。でも首から下は

大きく変異しており、肩幅が三倍くらいになっている。身体つきはボディービルダ

ーみたいに筋骨隆々だし、腕や脚が丸太のようにたくましくなっている。まるで美

少女フィギュアの首から下だけをバトルアニメのそれと入れ替えたかのような悪趣

味な造形がシュール極まりない。平時なら呆然とするか思わず笑ってしまうところ

だろうけれど……今、私はこの怪人に抱きかかえられている……!?


「い、一体なに!?」

「愛の逃避行だよ!」


 ハートの天使はそのままものすごい速度で走り出した。『つらなりの鎖』も置き

去りに、監禁場所はあっという間に遠ざかる。

 方角は学校……いや、ちょっと角度が違うな。


「ど、どこに行くの!?」

「愛の逃避行だよ!」

「話が通じない……ねえ、降ろして!」

「はいそれだめー。死んでも逃がさないよ!」

「……どうでもいいけど、その体格で言うと普通に怖いんだけど」

「……?」

「いや、もういいや……」


 体感すると、時速は軽く百キロ以上出ている。抱きかかえられている側からすれ

ばジェットコースター並みの怖さだし、逃げられるわけもない。むしろ解放されて

しまったら大怪我待ったなし……というか普通に死ねる。

 成り行きを見守るしかないのかなあ……


 照が追いかけてくる様子はない。他の魔神が近づいてくる気配もだ。

 学校を通り過ぎ、無人の街の残骸を駆けるハートの天使。見通しの良さが幸いし

て、その終着点はまもなく見えてきた。


「不破さーん! 大丈夫!? 助けに来たよ!」


 ハートの天使が突進する目の前で、唯野さんが手を振っている。どうやら愛の逃

避行とやらは、彼女と落ち合うのが目的だったらしい。


 いや、困るけど!?


「た、唯野さん! もう無理です! 諦めて下さい!」

「絶対いや! 私、あなたと地獄の果てまでランデブーするよ!」

「それ多分悪役のセリフですよ!」

「悪でもいいよ! 私、全然気にしないから!」


 駄目だ、話が全然通じない。

 唯野さんは暴走している。でも正直、もうどうにもならない。照に隠れて私を監

禁しようなんて計画は、もはや完全に崩壊しているのだから。

 でも言葉でいくら伝えても意味が無い。だってこの個体、もう私の話なんて全然

聞いていない。どうすれば伝わるんだろうなあ……


 唯野さんは目と鼻の先だ。もうすぐ私が届けられてしまう。


 その刹那。

 ハートの天使と唯野さんとの僅か数メートルの距離の間に、突然人影が現れた。


 否、人ではない。

 紫色の髪を靡かせて、空々忍が現れた。


 ……文字通り、人でなしだった。


 その手に持つのは、彼女の能力『処刑人の(エクスキューション・)聖剣(エクスカリバー)』。薄く笑みを湛えたその表

情には、殺意も敵意も宿らない。まるで普段通りの挨拶を交わすように、そのまま

刃をこちらに向けた。


 ふわりとした浮遊感。私はハートの天使に投げられたらしい。

 無我夢中で空を舞う最中、ハートの天使が真っ二つに切断されていくのを見た。

 愛の逃避行とやらの末路は、あわや心中で終わるところだったらしい。


「むーちゃんさん、誰が人でなしですって?」

「と、当然のように思考を……わぷ」


 私を見上げる忍さんの顔に影が差した。私の身体は再びがっちりと掴まれて、宙

から強制的に地面へと落とされる。一部始終を見ていた唯野さんが、またしてもお

姫様抱っこで私を攫ったようだ。私を抱きながら、唯野さんはきっと常識的な範疇

の怒りを目に宿し、忍さんを見つめていた。


「ちょっと! 何て事するの! 危うく不破さん、あなたに斬られるとこだったじ

ゃん!」

「はあ」

 対する忍さんは、いつも通りだ。

「それはどうも」

「どうもって……ねえ空々さん! 私、怒ってるんだけど?」

「ああ、そうだ。照は教室で離席を三途璃ちゃんに咎められて、ホームルームの続

きを受けていますよ。あと五分くらいは来ないでしょうね」

「聞いてるの!?」

「怒っているんですね。ええ、分かりますよ。面白いですねえ」

「聞いてないじゃん!」


 忍さんは完全に唯野さんを手玉に取って弄んでいる。何を言ってもまるで暖簾に

腕押しだ。普段の自分を見るようだ。


「せっかくヒーローみたいに馳せ参じたのですから、気取った台詞の一つでも言っ

ておきましょう」

 口元に三日月を浮かべ、忍さんが言う。

「それでは、唯野唯さんでしたっけ? 観念して彼女を解放してもらいましょう」

「……ふん、嫌よ」

 忍さんを前にして尚、唯野さんは強気を崩さない。

「大体あなた、何の権利があって私と不破さんとの仲を裂こうとするの? あなた、

不破さんの何なの?」

「さあ、何なんでしょうねえ。でも彼女は私に助けられたがっていますよ」

「え?」


 唯野さんが私を振り返る。


「そうなの?」

「え、ええと……」


 この場合、私はどう答えればいいのだろう。肯定しても否定してもどちらかに角

が立つじゃないか。こうなったら無力な人間としては、押し黙る他無い。


「黙るという事は、図星という事ですよ」

「いや、不破さん何も言ってないけど!? 空々さんの勝手な解釈じゃん!」

「むーちゃんさん、私の解釈は勝手ですか?」

「ど、どうでしょう……考える時間を貰えますか?」

「ははは、あなたらしい返事ですねえ……どっちつかずの八方美人」

「……」

「褒めてますよ」

「嘘ですね……」


 私の指摘に、忍さんは予定調和のように「ばれましたか」と舌を出した。うう、

どうしてここに来てるのが照じゃなくて忍さんなんだろうか。この魔神がいるだけ

で、私の寿命がごりごり削れるよ……


「まあ、戯言はさておき」

 ぱちんと指を鳴らし、忍さんがこちらに一歩近づいた。

「何にせよ、公共物を独占するのはいただけません。私達、せっかく十数人しかい

ないお仲間さんじゃないですか。『奪い合えば足りず、分け合えば余る』といいま

すし、独り占めはやめましょう。さあ、その手を離して下さいな」


 忍さんの表情は凍り付いたように笑みを浮かべたままだ。けれどその背後から瘴

気のような気配が漏れだすのを、人間である私でさえ感じてしまった。


 臨戦態勢だ。唯野さんの出方次第では、惨劇が始まろうとしている。


「……いかれてるよ、あなた」

 身震いしつつも、唯野さんは退かない。

「不破さんの事、公共物だなんて思ってるの? そんな顔して、よくお仲間だなん

て白々しい事言えるよね!? 私、あなたが怖くてたまらないよ!」

「まるで自分は皆と違うみたいな言い分ですねえ」

「私はあなた達みたいな狂った人達と違うよ!」

「ほほう。で、むーちゃんさんはどう思いますか?」

「……」


 私はまたしても、肯定も否定もしない。

 けれどその心中は分かりやすかったようで、振り返った唯野さんは目を見開いて

私の表情を見つめ、泣きそうな顔になった。


「不破さん、嘘だよね……?」

「……私だって、そう思いたかったです」


 唯野唯は人間らしい感性を持った魔神である。

 そう思った私は、底無しの愚か者だ。空々忍を相手に啖呵を切れる時点で、彼女

は筋金入りのバケモノなのに。


「……分かった。よく分かったよ」


 そう言って彼女は後方に向かって私の肩を軽く押した。


 軽く、と言っても魔神の力だ。私の身体は十メートル近く弾き飛ばされ、近くの

電信柱に打ちつけられた。思ったほどの痛みは無いけれど、拒絶の意志が伝わって

くる。


「た、唯野さん……」

「安心して。怒ってるわけじゃないから」


 不破さんは私の背を向けたまま、突き飛ばした手に何かを握り締めた。


 先日空き教室で突き付けられた、黄金の拳銃だ。

 銃口は地面を向いている。唯野さんは躊躇無くその引き金を引いた。


 ぱん、ぱん、ぱん、と乾いた発砲音が壁を失った魔神の街に響き渡る。そして次

の瞬間、地鳴りのような歪な音が響き渡った。


「えっ?」


 銃弾を受けたコンクリートが大きな渦を巻いて抉り取られていく。さながら地面

に出来た渦潮のように、コンクリートのひび割れがはるか遠くまで広がっていく。

尚も続く地響き。もはや地震と言っても過言ではないほどの迫力に、私は立ってい

られず、近くにあった電信柱に縋りつくようにして、尻餅をついてしまった。


 その騒ぎは、唯野さんが拳銃を消すまで続いた。ひび割れた地面は私と唯野さん

との間の絆のように、飛び越えられないほどの溝を作り出した。


「そこにいて。私は空々さんと話をつけるから」

「あ、あの……」

「私はあなたを諦めない。何を犠牲にしても、ね」


 人間の皮を被ったバケモノは決意するようにそう言って、目の前の人でなしと向

かい合った。


「……で?」

 呆れた様子で忍さんが問う。

「これは何のつもりですか?」

「私は不破さんを渡さない。あなたにも、他の誰にも!」

「意地張っても無駄なんですけどねえ」


 忍さんがまた一歩前に歩を踏み出した。唯野さんは一歩後ずさりして、自分で作

り出した亀裂に踵をくっつけた。その頬には、苦渋の汗が滲んでいる。


「う、動かないで!」

 かろうじて張った虚勢の証に、彼女は再び拳銃を手に具現化させた。その砲口を

忍さんに向け、威嚇する。

「動くと撃つよ!」

「拳銃なんて怖がると思います?」

「ただの拳銃じゃないよ! これは私の能力! 名付けて、『銀の黄金(ゴールデン・)回転銃(メタルファング)!』

あなたもさっき見たでしょ? この銃に撃たれたら、どんなに硬い物でも捻じれて

壊れちゃうんだ! しかも本物の拳銃より速いし、ターゲットを決めたらどんなに

頑張って逃げても、どこまでだって追尾する!」

「へえ、それはすごいですねえ」

「何その適当な感想……魔神にだって効くはずだよ! 最強の能力だから!」

「では試してみては?」

「……私は本気だよ! 本気、なんだからッ!」


 忍さんの安い挑発に、唯野さんはいとも容易く発砲した。


 火を噴く黄金銃。それとほぼ同時に、忍さんは『処刑人の聖剣』を振った。

 地割れも爆音も響かなかった。アスファルトの地面に薬莢が落ちたみたいな乾い

た音が聞こえただけだった。


 唯野さんが呆然と目の前の悪魔を睨みつける。


「え……う、嘘! あなた、銃弾を斬ったの?」

「今更こんな事で驚くなんて、あなた随分人間みたいな反応しますねえ」

「で、でも、黄金の回転が……」

「私の『聖剣』は何でも斬れるので」

「な、なんて反則な……」


 まるで納得がいかないという風に嘆く唯野さん。人間からしてみれば魔神の能力

なんてどれもこれも反則だから、いまいち同意しかねる反応だ。


「で、抵抗はもう終わりですか?」

 忍さんが嘲るように言う。その態度に唯野さんが再び火を噴いた。

「まだまだ!」


 ぱん、ぱん、ぱん、と連射する。その度に忍さんは『聖剣』を振るい、銃弾を斬

り落とす。さっきと何も変わらない光景だ。


「これは……悪あがきのつもりですか?」

「猛攻って言ってよ! 言ってなかったけど、この銃は弾数に限りが無いの! あ

なたが疲れきるまで、撃ち続けてやる!」

「……はあ」


 溜息とともに、忍さんは武器を消した。発砲は続いているというのに。


 でも、忍さんの身体はねじ切れない。弾はもう切断されていないはずなのに、彼

女の身体には傷一つ付かない。


「あ、あれ? ち、ちょっと! なんで私の攻撃が効かないの!?」

「効くもなにも、届いていませんからねえ」


 そう言って忍さんは、フリーになった手をこちらに見せつけた。彼女の手のひら

の上……僅かに浮いた部分には、たくさんの銃弾がひしめき合っていた。


「え……なにそれ、怖い! なんで私の攻撃が届いてないの!?」

「これも私の能力ですよ」


 忍さんは嗤った。


 あれは『マーフィーの愛と希望の幸福論(デザイア)』か。拳銃から放たれた銃弾を手元に()

()()()()()()()()()。引き寄せたまま動かさなければ、たとえ追尾弾でも追う事は

出来ない。


「どんなに強い攻撃も、当たらなければ無意味ですよ?」

「くっ……だったら私も、他の能力を使うまでだよッ!」


 唯野さんは拳銃を消し、その手をそのまま空々さんに向け、中指を立てた。


「くらえっ、『見かけの四連星』、スペードマーク! これが当たった私の敵は、

好きな場所を欠損させられる! 最強の攻撃だよ!」

「え?」


 忍さんから一瞬だけ笑みが消えた。

 もちろんそれは、唯野さんの攻撃に恐れを成したからではない。彼女が先程と全

く同じミスを犯したからだ。


 中指から放たれたスペードのマークは、忍さんに届く事無くその手のひらの近く

に収まっていった。


「また飛び道具ですか。あなた、芸が無いですねえ」

「う、うるさい! うるさい! だったら直接殴ってあげるよ!」


 焦りまくった様子の唯野さんは、自分のこめかみに人差し指を当てた。すると今

度はダイヤモンドのマークを胸に宿した金髪の天使が彼女の背中に憑りついた。


「ダイヤのマークは身体能力の強化! ただでさえ強い魔神のパワーが、さらに最

強になるんだよッ!」


 言葉通り、その声は力に満ちていた。踏み出した足はアスファルトを砂のように

砕き、銃弾よりも速く忍さんへと突進する。


「またまたこれは拍子抜けですねえ」


 でも、忍さんはその猛攻をあっさりと躱し、逆にそのボディーに深々とキックを

叩き込んだ。


「ぐええええっ!!?」


 あっさりと跳ね返され、唯野さんは元の場所に飛ばされてしまった。お腹をさす

りながら涙目で立ち上がるも、ダメージは大きそうだ。ダイヤの天使も痛みに耐え

きれなかったのか、すぐに消えてしまった。


「な、なんで……強化したはずなのに……」

「さあ。強化したあなたの力より、素の私の力の方が強かったのでは?」

「そ、そんなあ……」


 納得いかなそうに呻きながら、へっぴり腰で忍さんを睨みつける唯野さん。さす

がに当初ほどの気概はもう無さそうだ。


「……」


 私は二人の戦いを、崩れそうな足場の中でじっと見守っている。頼りはか細い電

信柱一本だけ。何の因果でこんな目に……


 しかし、魔神同士の戦いというのに、意外にも被害範囲は魔神の街中までに留ま

っている。それだけ圧倒的なやり取りというわけか。忍さん、こんなに強いのか。

というか魔神同士でも、こんなに実力差があるのか。


「あなた、何だか人間っぽいですよね」

 新たに『聖剣』を具現化しながら、忍さんが言う。

「悪い意味でこちらの予想を裏切らないんですよ。能力にしても言動にしても、ね。

そんな風じゃ、皆さんと上手くやっていけませんよ?」

「う、うるさい……」

「とりあえずこの場は、これで手打ちにしておきましょう」


 忍さんは『聖剣』を構え、容赦無く唯野さんへと振り下ろした。


 肩から腰に掛けての袈裟斬りだ。魔神だから死にはしないだろうけれど、もはや

唯野さんに防ぐ術は無い。


 決着はついた。


 そう思っていた。けれど真っ二つになったのは、あろうことか『聖剣』を振り下

ろした忍さんの方だった。


「これは……」

「引っかかったわね! ばーか! 私を侮った罰だよ!」


 鬼の首を取ったかのように勢いづいたのは、何故か全くの無傷だった唯野さん。


さっき確かに忍さんの攻撃を受けたはずなのに……なんで? 『銀の黄金回転銃』

でも『見かけの四連星』でも、そんな事は出来ないはず……


「まさか……」

「そう! これが私の()()()()()()! 『無窮にして無敵(ラーン=テゴス)』! 私が受けたダメー

ジは全部全部、相手にそのまま返せるんだ! まさに最強の能力だよ!」


 はしゃぐようにそう言った唯野さんの胸元……本来ならば袈裟斬りされていたは

ずの部位が、わずかにひび割れていた。血は出ていないし、身体の動きにも何らダ

メージが残った様子は無い。


 けれどそのひび割れの向こう側には、明らかに人間の体組織とは思えない何かが

見えた。さながら万華鏡を覗いた時に見える、七色のガラスを明滅させたような、

不可思議で恐ろしい何かが……


 これが魔神の三つ目の能力? なんだこれ……今までの能力とは全然違う。


 直感的に恐怖を感じた。魔神という人間とは似て非なるバケモノの内面にほんの

僅かに触れたような気がして、気が狂いそうな感覚が襲ってくる。


 いや、錯乱している場合じゃない! あの忍さんが、正体不明の能力のせいでピ

ンチになっている……!


 忍さんの身体は真っ二つで、『聖剣』を持っているのは首が残っていない方の腕

だ。その腕ごと、唯野さんが足で踏みつけた。残った半身は無防備なまま、いつの

間にか唯野さんの手の中に具現化されていた『銀の黄金回転銃』に晒されている。

そしてもう片方には拳が握られている。


「まだ片手が残ってるからさっきみたいな銃弾の吸い込みは出来るよね? でもそ

のために片手を使ったら、もう私の攻撃は回避出来ない! 銃かげんこつか、好き

な方を味わってよ!」


 その言葉とともに、銃が火を噴いた。その弾に追いつかんばかりの勢いで、唯野

さんが忍さんに向かっていく。半身だけの手負いの魔神にまっさきに到達したのは

……銃弾でも拳でも無かった。


「こういうのはいかがでしょう……『マーフィーの愛と希望の幸福論』」


 忍さんが引き寄せたのは、銃弾ではなかった。


 彼女が手元に手繰ったのは、私が抱きしめている電信柱だった。

 ()()()()()()


「え」


 悲鳴すら間に合わない薄い時間の中、私は突如傍観者から戦場の真っただ中へと

飛び込んでしまった。


「え、えええええええ!!?」


 私と唯野さんが、顔を見合わせて叫んだ。


 目の前に銃弾が! 魔神の拳が!!

 絶体絶命のピンチがッ!!!


「の、能力解除ッ!!」


 前傾姿勢の唯野さんが手元の銃を掻き消して、かかとでコンクリートをすり減ら

しながら急ブレーキを掛ける。その身体はあわや私に触れる寸前で停止した。


「おや、器用ですねえ」

「あ、あなたどこまでいかれてるの!?」


 平然と私の胸に腕を巻き付けた忍さんに向かって、唯野さんが抗議する。私も振

り向いて恨みの視線をぶつけるけれど、当人はいつもの表情のままだ。


「ふふふ、テクニカルでしょう?」

「そういう問題じゃ……」

「とにかく、これで用事は済みました。それでは帰りましょう」


 牙を剥く目の前の魔神を放置して、忍さんはそのまま片脚だけで振り返り、私を

連れて地面を蹴り上げた。半身を失って尚健在なその身体能力は、瞬く間に唯野さ

んの気配を振り切り、私の視界を見知った学校のグラウンドへと誘った。


 私を降ろした忍さんの身体はとっくに再生を終えていた。


「帰ってきましたよ、むーちゃんさん。一緒に三途璃ちゃんに怒られましょう」

「い、いや、私に非は無いですし……」

「我らが委員長にそんな言い訳が通じると思います?」

「……」


 一難去ってまた一難とはまさにこの事だ。


 ……いや、本当に一難去ったのか?

 平然とそのまま校舎へ戻ろうとする忍さんに、私は思わず声を掛けた。


「あ、あの! 唯野さん、このままでいいんですかね……?」

「いい、とは?」

 忍さんは振り返った。

「連れ去られたむーちゃんさんは取り返しましたし、もう彼女に用はありません

よ」

「で、でも多分あの魔神、すごく怒ってるんじゃ……」

「なんですか? あなた、私に彼女を完膚無きまでに叩き潰せと言うのですか?」

「い、いや、そういうわけじゃ……」


 ただ、禍根が残っているし問題は解決していないって言いたいだけだ。


 でもよく考えると、二体とも不死身の魔神なんだよなあ。意見が衝突したから戦

う事になっても、相手を殺害して終わらせるやり方は取れないわけか。


 もちろんそんなのは最低の方法だ。でもあの剣幕の唯野さんに理屈が通用すると

は思えないし、忍さんが話し合いに応じるとも思えない。こういう中途半端で灰色

な終わり方しかないのか。


「まあ、別にやってもいいんですけどね」

「え?」

「特別ですよ? 貸し一つですよ? 何でも言う事聞いて下さいね?」

「え、いや、それはちょっと……」

「どのみちあなたに選択の余地はありませんよ」


 そう言って忍さんが明後日の方向を指した。するとその方角から、文字通り唯野

さんが飛んできた。再び臨戦態勢を取っている。


「ちょっと! 話の途中なのにどっか行かないでよ! 不破さんを返して!!」


 ああ、怒っている。拳を握り、今にもこちらに突進してきそうな勢いだ。忍さん

はよくこの剣幕を相手に平然としていられるものだ。相手が魔神であるという事を

差し引いても、竦みあがるほどの激情だというのに。


「嫌だと言ったら、また戦いますか?」

「もちろんよ! 私の無敵の能力、もう分かったでしょ? 降参するなら、これ以

上痛い目には遭わせないけど、どうする?」

「ふぅん……」


 忍さんは無意味に呟いて……一歩退いた。


()()()

「は?」

「むーちゃんさんをご所望なんでしょう?」

「え、ち、ちょっと忍さん!?」

 急に梯子を外されてしまった。いや、なんで!?


 忍さんは意味ありげに笑っている。いや、いつも笑ってるけどさあ……


 そう考えなおして、ふと彼女の思惑に気が付いた。

 そうか、これは作戦か。忍さんはどうにかして、唯野さんの不意を衝いて攻撃を

加えるつもりなんだ。正面から直接やり合ったら彼女の能力『無窮にして無敵』に

ダメージを反射され、戦いにならないから。


 唯野さんもその可能性に気付いたのか、眉を顰めながら警戒した様子でゆっくり

と私の方へ近づいてくる。私は……ああ、何も出来る事がない。


「……ふん、そんなんで私をたばかったつもり? 甘いよ。私は油断しない!」


 そう意気込んだ唯野さんの瞳の中に、ぎょろりと形容し難い何かが現れた。さっ

き彼女の肩口から覗いた万華鏡のような模様に近い。その非人間的な変化は、どう

やら彼女が『無窮にして無敵』を発動させた副産物のようだ。


「……」


 忍さんは微動だにせず、成り行きを見守っていた。


「不破さん、私が怖い?」

 唯野さんが問う。私は慌てて首を振った。

「そ、そんな事は……」

「嘘だよね。さっきすごく怯えた顔してたもん」

「だって……」

「どうしたらいい?」

「え?」

「あなたにもう一度対等に扱ってもらうために、私はどうすればいいの?」

「ど、どうって言われましても……」


 これは私の問題だし、私さえ彼女への畏怖や嫌悪を払拭出来ればいい話なんだけ

ど……それが出来れば苦労はしない。人間にはそれが出来ないから、彼女は孤独を

抱いているわけで……


「わ、私にはどうすればいいか分かりません……」

「じゃあ結局、あなたを攫ってじっくり話し合うしかないね……」

「そ、それは解決に繋がらないと思うのですが……」

「大丈夫。きっとなんとかなるよ」

「根拠が曖昧……! で、でも、私にも生活がありまして……」

「気分転換も大事だと思うよ」

「その言い分はさすがに無理筋では……?」

「はいはい。言い訳は家で聞くからね」

「なんで私がわがまま言ってるみたいになるんでしょうか……」


 一歩二歩後ずさりしてみたけれど、あっさり距離を詰められた。正面から両肩を

掴まれると、それだけでもう私は動けない。捕まってしまった。


 私の肩を掴んだまま、唯野さんが忍さんに目を向けた。


「……止めないでよ?」

「止めませんよ」

「嘘。不破さんをあっさり引き渡したのは、攻撃するためだったんでしょ?」

「はい、そうですよ」

「いけしゃあしゃあと……私に攻撃は効かないからね?」

「そうでしょうねえ」

「あなた、何を企んでるの……?」

「それを訊く意味がありますか?」


 忍さんはそう言って、ゆっくりとこちらへ近づいてきた。


()()()()()()()()()()

「え?」


 何を言われているのか分からなかったらしく、唯野さんが首を傾げた。

 その首はそのまま重力に従い、堕ちた。


「へ?」


 首だけじゃない。唯野唯という個体のあらゆる身体のパーツが、たった今ダメー

ジに気が付いた様子でばらばらと崩れていく。やがてその身体全てが、サイコロの

ようなサイズになって辺り一面に散らばった。『無窮にして無敵』の副産物の賜物

か、血は一切飛び散らず、断面は全て仄かに輝いていた。


 おかげで気絶せずに済んだけど……凄惨な光景だった。


「はい、今度こそ終わりです。お疲れさまでした」


 忍さんは唯野さんの生首をひょいと拾い上げ、その前髪と断面を押さえてそのま

ま校舎へと歩き出す。その様子を呆然と見守る私に先を促すように振り返って。


「むーちゃんさん、どうしました? 唯野さんとの決着はつきましたよ」

「け、決着って……」


 唯野さんは不満げな顔つきで頬を膨らませている。生首のまま、というのが不気

味だけれど、どうやら身体を再生できずにいるらしい。


「あなたの能力はダメージを反射するだけなんでしたよね。じゃあ押さえつけるだ

けの行為を止める事はできませんねえ」

「ぐ、ぐぬぬ……空々さん、一体いつ攻撃したの?」

「あなたがむーちゃんさんの肩に手を置いた瞬間です。庇護対象に触れる時に間違

って攻撃を反射したら、致命傷になりかねませんものね。その時だけ、能力を解い

ていたんでしょう」

「で、でも、攻撃の瞬間なんて見えなかったし……」

「目にもとまらぬ速さで攻撃したまでです」

「は、反則……!」


 文字通り手も足も出なくなった魔神を、魔神が運んでいる。

 酷く奇妙で恐ろしい光景だ。改めて、目の前の存在の滅茶苦茶さに慄く。


 こうしてこの騒動は一方的な暴力という、これまでに無い手荒な決着で終わりを

告げた。


 これで良かったのか。

 良いわけがない。

 でもそんな私の意志とは無関係に、事件は終わる。


 ただの人間でしかない私に、それに水を差す術なんて無いのだから。

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