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姫プは遊びじゃありません!!  作者: ひな
第7章 唯野唯は裏切らない
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06

 例えば黒服が『処刑人の聖剣』や『テセウスの幽霊船(ゴーストシップ)』や『無窮にして無敵』を

使えたとしても、ちっとも怖くないと思う。


 よくある疑問だ。物語に登場する怪物や悪魔は恐ろしいもので、それらと同等以

上の力を持つヒーローは何故恐ろしくないのか。

 それはひとえに、ヒーローが優しいからだ。悪を挫き、正義を貫く好漢で、決し

てこちらに危害を加えて来ないから。


 私が空々忍や木霊木珠樹や唯野唯を恐れているのは、その反対の理由だ。

 つまるところ、こちら……ひいては人類に危害を加えるかもしれないからだ。


 恐れがあるから、恐ろしい。


 魔神達は皆そうだ。力を持っているし、危害を加えてくる。だから怖い。


 でもそれは逆に、力を持っていなくて、危害を加えても来なかったら、魔神が相

手でも怖くないという認識の裏返しでもある。


 ただし当然、そんな魔神はいない。どの個体も三つの能力を持っているみたいだ

し、全員が全員人間を殺した実績がある。


 だから、もしもそんなシチュエーションに対面した時どうすればいいか、あまり

にも荒唐無稽過ぎるその想像がまさか実現するなんて露ほども思っていなくて、私

は多少なりとも混乱していた。


「うう、ひっく……どうして私がこんな目に……」


 夕暮れの教室で、生首がむせび泣いている。昼間からずっと泣き続けて、それで

もまだ涙を流し続けられるのは、さすがは魔神の生命力といったところか。さめざ

めと細めたセピア色の瞳が夕日に照らされ、色鮮やかに輝いている。そこに極彩色

の気配は無く、私はほっと肩を撫で下ろした。


 私が誘拐されたあの日、忍さんは唯野さんの生首を持って教室へ戻った。朝のホ

ームルームが終わった教室には、鬼の形相の三途璃さんがいた。


「ちょっと忍! あなた、私の静止を振り切ったわね!? 夢路を助けに行くのは

勝手だけど、せめてホームルームが終わるまでは待ちなさいって言ったでしょ!」


「またしても遅刻したわね、夢路。あなたがどうしても嫌がるから拷問は無しにし

てあげてるけど、こうも反省の色が見られないなら、何か対策を考えないといけな

いわね。え、誘拐? それは言い訳ね。生活態度を改めなさい!」


「唯野さん、あなた大人しい子だと思っていたのに……よりによって夢路を誘拐す

るなんて、許せないわ! え、もう満身創痍だから許して欲しいって? 甘いわ!

反省のために、明日の朝までその恰好でいなさい!」


 台風一過。怒り狂う三途璃ハリケーンは無力な生首に『ブリタンの憐れな子羊(ダブルバインド)

で肉体の再生を禁止した。こうして文字通り手も足も出なくなった恐るべき魔神は

オブジェと化して今に至る。


 もはや彼女には泣く事しか出来ない。


 『銀の黄金回転銃』は手が無いと操作出来ない。

 『見かけの四連星』も指から射出する能力だ。

 『無窮にして無敵』はダメージを負わないと意味が無い。


 魔神の持つ能力三つ全てを封殺された唯野さんを前にして、私は不思議な気分だ

った。


 目の前にいるのは魔神。人類の敵にしてパブリックエネミー。異常な感情の動き

を見せ、人間の尊厳を何とも思っていないバケモノ。


 でも今、彼女は無力だ。一時的であるとはいえ、私を害する事は出来ない。その

精神性を除いて、彼女はある意味私よりも安全な存在なのだ。


 その事に、私は不思議な高揚感を覚えていた。


 これは一体どういう感情なのだろう。

 生物としての機能で劣る存在に対しての優越感? だとすれば、それほど醜い感

情は存在し得ない。そんな汚らしい感情は一生涯封印すべきだ。


 でも多分、それだけじゃない。だから私は今、こうして彼女の前にいる。


 時刻は十九時。学校が終わり、城菜さんとの約束も終えた私は一人……否、二人

きりで唯野さんと向かい合っていた。


「不破さん……私を憐れんでるの?」


 私の視線を受けて泣き止んだ唯野さんが首だけで私を見上げる。私は黙って首を

振り、その目元に触れた。


「ちょ、不破さん……?」


 生首だけの唯野さんは私の行動に不安を覚えたのか、抗議の声を上げた。けれど

首だけではろくに動く事も出来ない。彼女は抵抗も出来ず、私の指が目元の涙を拭

うのを黙って見続けていた。


 目元の指が離れていく様をじっと見つめる唯野さんの瞳に宿った感情がどういう

類のものなのか、私には分からない。多分私が感じた事がないものだ。嬉しいのか

悲しいのか、怒っているのか……それさえも分からない切なげな顔つきだ。


「唯野さん、私はあなたが怖いです」

 その表情を見下ろして、私は言った。

「最初あなたとお話した時は、人間みたいな魔神だって思いました。そこに新鮮な

気持ちを抱きましたし、あなたに対してある種の気安さみたいなものも感じていま

した」

「……」

「でもその一方で、あなたは魔神だというのも事実でした。その挙句、今回の事件

……私は今後、あなたに近づくのも危険だと思っています」

「……そっか」


 喉を締め付けられたような、苦し気な声だった。


「私、自分勝手だったよね。時間が経って冷静になった今はすごく反省してるよ。

自分でもあんな強引な手段を取ったのが信じられない。不破さんには、本当に悪い

事をしたよ……」


 そう言って項垂れる代わりに目を閉じたその表情に、嘘偽りは見受けられない。

 本気で反省し、後悔している。


「唯野さん」

 私は続けた。

「今、私はあなたに対する印象を述べました。あなたは私をどう思いますか?」

「どうって……」

「突き放したような事を言った私を恨みますか?」

「……恨んでないよ」

「あなたに怯えた私を、他の人間達と同じ薄情者だと蔑みますか?」

「……そんな事しない。不破さんは大切に思ってるよ!」


 力強い声で、唯野さんは「大切だよ!」と繰り返した。


「確かに不破さんが私を見えて怯えたような顔をした時、すごく悲しかったよ。裏

切られた気分になった。結局人間とは相容れないんだって思うと、寂しくて泣きた

くなった。もしかすると柄にもなく空々さんに突っかかったのは、その気持ちを誤

魔化すためもあったのかもしれない」

「唯野さん……」

「でも……やっぱり私、不破さんが好き。なんだかんだ言っても私を気にかけてく

れたし、体調が悪い時に無理してでも私とお話してくれた。私はあなたに救われた

の。近づくのも危ないとか、そんな悲しい事言わないで……」

「……」


 唯野さんが泣きそうな顔になった。私はその様子に罪悪感と気まずさと、少しば

かりの躊躇を順番に頭の中に巡らせた。


 そして小さく吐息を吐いた。


「唯野さん」

「なに?」

「すみません。今から私、すごく失礼な事をします」

「え?」


 呆然とする生首の横っ面を、私は平手で叩いた。


「……え?」


 頬が赤くなった。私の手も痛い。そのくらい、全力でやったから。


「……今の攻撃を屈辱に思ったのなら、身体を再生した後私を殺せばいい。生意気

だと感じたら、抗議してください。望むなら、地に頭を擦り付けて謝罪します」

「え、ええと?」

「今回の件は、これで手打ちにしてあげます……()()()()()()()


 そう言って私は首だけの友人に背を向けた。去り際に、その表情を見ずに一言だ

け付け加えて。


「……明日もお弁当、作ってきますね」


 その後、私は校舎を後にした。


 すっかり暮れた空の下、帰路に就きながらじっと手のひらを見つめる。

 手にはまだ、平手の感触が残っていた。


 ばかな事をしたと自分でも思う。相手はいくら動けないとはいえ、いくらこちら

に負い目を感じているとはいえ、魔神だ。日付が変わる頃には心変わりして私を憎

んでいても不思議ではないし、それでなくとも何をするかは分からない。


 でもそれを差し引いても尚、彼女の頬を叩くだけのメリットはあったと思う。


 これで、私は唯野さんをそれほど怖がっていないとアピールできたはず。私が自

分に怯えを見せたであろう事を不満に思っているであろう彼女は、それである程度

満足するはず。


 それと、平手打ちという落としどころを目に見える方法で提供する事で、今後の

気まずさも解消したかった。明日以降私の生命があれば、きっと彼女は昨日までと

同じように接してくれるだろう。能力三つ全てを開示した彼女を監視下に置く事の

人類への貢献度は、おそらく計り知れない。


 監禁された時はどうなるかと思ったけれど、結局彼女は一度も私に攻撃を加えて

いない。むしろ誤って攻撃しそうになった時は、慌てて止めていた。今のところそ

の理性が働いている以上、多分私は大丈夫。人類も……多分大丈夫なはず。


 心臓の鼓動が早くなる。

 どうやら達成感と不安感で、心が満ちているらしい。


 そしてそれ以上に感じるのは、高揚感。


 私は今、魔神に一矢報いた。初めてまともに魔神に危害を加えた。

 その不可侵的な領域への到達が、私に興奮を与えている。


 醜い、恥ずべき感情だ。

 でもこの感情は大事にしよう。

 この感情は、私が人間である証拠。唯野唯が魔神である証拠。


 私達の間には、海よりも深い溝がある。

 だからこそ逆説的に、この関係は成立している。

 それは果たして、良い事なのだろうか。


 とりあえず、政府にとっては良い事なのだろう。だったら今はそれでいいや。

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