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人気のない昇降口で、アタシは下駄箱から靴を取り出し、静かに扉を閉めて頭突きする。
「…ッ、くそッ」
自分の都合に付き合ってくれた人達を傷つけてしまい、自責の念に駆られていた。
ナベショーは、アタシの疳之虫の制御に乗り気じゃなかっただろうに、悪いことをしてしまった。
未来は、生身で体を張ってくれたおかげで、志保に大事がなく済むことができたが、人間砲弾となったナベショーを受け止めたダメージは尋常ではないだろう。
何より志保を巻き込んでしまったのがかなりショックだった。
憔悴しきっていたアタシを、救ってくれた親友を、アタシは――。
先ほどの出来事があまりにも衝撃的すぎたため、激突時の志保の表情がフラッシュバックする。
「…ッ」
罪悪感で圧し潰されかけ、自身の無能さに嫌気がさし、歯ぎしりをする。
危ないと理解していても、そばにいてくれたのは正直嬉しかったし、前回と同じくなんとかなると甘く見すぎていた。
以前は、疳之虫に身を委ねてばかりで抵抗などしたことなかったが、初めて試みた結果、動きを止めるだけで精一杯だった。
あんなのが、アタシの中に3匹もいるの?
1匹を相手にするだけで疲労困憊する上に、周囲の被害が甚大すぎる。
それに疳之虫に抗っている最中、不可思議な体験をしたことを振り返った。
あの時、疳之虫の目を通してナベショーを見たとたん、いろんな映像が流れ込んできた。
それは、いつもの教室で見慣れた面々、授業では黒板ではなく、机の下でスマホをいじり、ソシャゲをしているところをアタシに注意されている場面。
あれは、おそらくナベショーの記憶だろう。
これは哭戎種の能力なのかは定かではないが、あのわずかな一瞬だけで相手の頭の中を覗くことができたのだ。
もし、この力を手にすれば、人間の心など容易く見ることが可能となり、自分の前で嘘を吐く者が現れても、すぐ見抜くことが出来ることだろう。
ただ、今はそれどころではなく、この短時間の間に衝撃的な出来事が起きすぎたため、脳の処理が追いついていない。
…頭、痛。
額を冷たい扉に打ち付けたままだったため、すっと離れてしばらく呆然としていた。
アタシは、どうしたらいい?
哭戎種の制御に、ここまで苦戦するとは想定していなかった。
魁祥さんの話だと、哭戎種の情報自体少ないらしいし、調査の仕様がない。
直樹達も今回どれだけ危険性が高いものか、身をもって知ったわけだし、アタシもこれ以上迷惑をかけたくない。
行き詰まった先に、1人だけまだ頼っていない存在がいた。
「…最悪」
その男子が脳裏に浮上した途端、自然と不満が出てしまう。
極力、アイツの手を借りたくなかったのに…。
しかし、アタシが思いつく中で暴走を止めることができ、尚且つ疳之虫の知識を持つ者といえば、アイツしか出てこなかった。
――下校時刻となり、部活に励む生徒は皆、帰宅準備を始めていった。
ここは、格技場の隣にある木造2階建ての部室棟。
改装した校舎に比べ、予算がなかったのか、壁や柱から年季を感じられ、他に同等の部室棟がプールのそばに現存しているが、現在、物置きと化している。
部屋は4畳ほどの広さしかなく、そこで着替え及び部品を保管している。
「それじゃ、お先に失礼しまァす」
ケータがサッカー部の部室から出て、外にいる後輩達に挨拶すると、後輩達は、部室の外で汗だくのジャージから制服に着替えている手を中断させ、一斉にケータの方へ向き出した。
「「「「はいッ! お疲れ様ですッ!!」」」」
「うおッ!?」
全員から明快な返事が返ってきたケータはつい戸惑ってしまう。
「おッ、おう、お疲れ…」
ケータは、昨日とは違う態度の変様に、居心地の悪さに耐えきれず、早々と退散する。
彼の後ろ姿を見送った後輩達は気を緩め、着替えを再開した。
「ケータ先輩、あんだけできるなら正式に復帰すればいいのに」
「それな」
「景吾先輩よりケータ先輩の方が全然いいわ」
後輩の1人が本音を漏らすと、呼応して次々と口を開いていく。
「おい、聞こえてんぞッ」
部室の中からワイシャツを羽織った景吾が不服な口調で指摘する。
しかし、練習するケータに触発され、後輩達の動きがいつもよりも活発になってきており、彼の存在だけで部員の士気が上がったことには、部長である景吾も認めざるを得なかったのだった。
ケータは、駐輪場に赴き、自身の自転車のカゴに荷物を入れる。
自転車を後退させ、サドルにまたがってペダルを漕いでは、校門を駆け抜けた。
そのまま急勾配の坂道を下っていくうちに、目の前に集団下校中の小学生達と出くわした。
中でも、黒い服を着てリュックを背負った少女が、横断歩道を渡る小学生の列を安全に渡れるよう誘導していたのだ。
げッ! マジかッ。
ケータは、心もとないブレーキを全力で握るが、気持ち程度のスピードしか緩まず、一気に焦り出した。
「やばいやばいやばいやばいッ!!」
早口で不安を漏らし、両足を地面につけるも車輪は衰えず、危険は迫っていた。
やがて、小学生が渡り切った時にはすでに遅く、想像通りの最悪の展開となってしまった。
ケータは黒服の少女を背後から自転車で激突してしまい、それでも勢いは止まらず、駄菓子屋の自販機に突っ込んでいった。
自転車は横転し、ケータも反動で盛大に倒れると、突然の事故を目の当たりにした小学生達は動揺してしまう。
「いッてェ〜」
ケータは全身の痛みに小さく弱音を吐くが、すぐさまハっと思い出す。
いやッ! オレよりも女の子――ッ!!
優先順位を切り替え、とっさに起き上がった途端、急に声をかけられた。
「お兄ちゃん、大丈夫か?」
「それッ、オレのセリフッ!?」
声の主は落ち着いた口調で怪我の具合を窺うが、彼にとっては、それどころではなかった。
なぜなら、相手は先程轢いてしまった少女だったからだ。
少女はしゃがみ込み、派手にぶつかった出来事など無かったかのように、ケロっとした表情でケータを見つめている。
彼女は、黒に近い紫の髪で青のインナーカラーが入っており、長い前髪で左目を隠していた。
この辺では見慣れない派手な格好に関心を抱くが、再度我に返る。
「ってか大丈夫ッ!? どこか怪我とか――!?」
「全然問題ないのだッ! 椛は、身体が丈夫なのだッ!!」
ケータが慌てて彼女の容態を見回す中、少女は細い両腕を上げて胸を張る。
「お兄ちゃん、立てるか?」
「えッ!? あッ、ああ、うん…」
少女に立場を逆転させられているが、今のケータは、それどころではなく、言われるがまま立ち上がり、横になった自転車を立て直す。
「ごめんね、ホント痛いところ無い!?」
「うんッ、大丈夫なのだッ」
少女は、その場で一回転して見せると、リュックについていた大きなキーホルダーが焦げているのが目に入った。
おそらく前に別件で何かあったのだろう。
あまり気にしないことにする。
「そっか。
ホント、ホントごめんね」
「うん、お兄ちゃん今度から気をつけるのだッ」
少女に気を遣われながら、ケータは平静を装いながら自転車にまたがる。
「またねェ〜!!」
少女は呑気に小学生達と共に手を振って、見送られる中、ケータは逃げるように全速力で去っていった。
「――いらっしゃいませェ」
コールが鳴ったところで、バイトの女子がレジから入店してきたケータを迎える。
ケータは、スーパーの近くにあるコンビニに立ち寄り、ひどい罪悪感を抱えながら雑誌コーナーへと向かう。
やっちまった…。
週刊少年誌を手に取り、とりあえず気を落ち着かせることに専念する。
あんな小さい子を轢いちまうなんて…。
このご時世、車だけではなく、自転車の規制もかなり厳しくなっているというのに、整備不良が原因で事故を起こしてしまったことに、自責の念にかられていく。
あの無邪気な笑顔が、脳に焼き付いて離れない。
あの子、見かけない子だったけど、都会から来――。
そのとき、ケータの隣に何者かが立ち止まった。
ケータは、少年誌に目を通してやり過ごすつもりだったが、やけに視線を感じるので横目を流すと、そこには、仁王立ちした眼鏡少女がいた。
少女は眉間にシワを寄せ、そこから放たれる鋭利な眼光は、只々不機嫌だからなのか、それとも、何かを目撃して問い詰めたいからなのか――。
「アンタ、女の子轢いたよね?」
どうやら、両方だったようだ。




