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KEEP OUT  作者: 嘉久見 嶺志
2××3.5.23.
68/74

: 2p.

――その後、特設帰宅部は、渡り廊下から中庭へと移動した。


放課後の1階のベランダに人気が無く、3m近くある高い塀のおかげで外部の目も入らない。


「準備は良いかで!? 星さんッ!!」


「おッ、OKッ!!」


ナベショーの声かけに鈴音の返事は少々不安が混じっていた。


二人の間は少し離れており、残りはベランダ側で見守っている。


「ここまで来てなんだけど、やっぱ止めた方が…」


落ち着かない志保の代わりに、未来が懸念を示す。


「いや、もうこうなったらやけクソだ。

成るように成るしかない」


なんかテキトーだな、なっくん…。


脇でそわそわし続ける志保を横目に、軽くため息を吐く。


今回、オレ損な役回りしてんなァ。


ナベショーは、相手が疳之虫使いとはいえ、無防備な鈴音に対して気が進まなかった。


とりあえず、疳之虫を右肩から光沢のある鋼の長い尾を顕現させる。


こういうのは、ケータの役だべよ。


ナベショーは、鈴音が暴走し、怪音波を浴びた時の苦い記憶がふと脳裏をよぎった。


あの後、気分が不快になり、吐き気を催してまともに立てなかったのだ。


もし、あの時みたいなやつをまた食らったら…。


最悪の場合を想定してしまったが、首を振ってこれ以上考えず、気持ちを切り替えた。


「そんじゃ、行くよォッ!!」


一声掛け、挨拶程度のつもりで鈴音の足元を狙う。


「ホレ――ッ!!」


しなやかな尾が一直線に伸びていき、迫りくる鋭利な尾針の圧に、鈴音は反射的に横へと避ける。


すると、地面に刺さった尾針が、土をえぐりながら彼女を追い、砂埃を巻き上げていく。


「くッ――!!」


鈴音は、一旦、射程範囲外まで退くと、ナベショーがその分近寄り、尾を鞭の如く叩きつけるが、それも避けられてしまう。


続いてナベショーは尾針で乱れ突きを繰り出すが、鈴音は、かろうじて見切り、当たる寸前でかわしていく。


運動部の頃の体力がまだ残っていたおかげで、今のところいなせてはいるが、ここで思わぬ誤算が生じた。


汗が目に染みて一瞬動きが遅れ、隙ができてしまったのだ。


それをナベショーは見逃さず、尾針を地面に突き刺し、土を掘り起こした。


「――ッ!!」


土のつぶてが彼女に襲いかかる寸前、久しい感覚が全身に伝わってきた。


それは、心層の深淵に眠っていた獣が、宿主である鈴音の危機を察知して、這い上がってきたのだ。


――来たッ!!


すると、鈴音の肩甲骨から片翼が急速に生え、盾となって身を覆った。


「ありゃッ!?」


「「おおッ!!」」


ついに現れた鈴音の疳之虫に、周囲から驚きの反応が示される。


ところが、翼を広げた途端、彼女の片目が黒く染まっており、目の前の相手を敵と判断し始める。


「あア"ッ!!」


鈴音はナベショー目掛けて突進するが、長い尾で振り払う。


しかし、鈴音は、片翼で上手く受け流し、ナベショーの首を掴むため手を伸ばすが、とっさに彼が反応した。


「ぐッ!! 何ッ、やってんのッ!? 星さんッ!!」


ナベショーは、掴みかけている彼女の腕を掴んで抵抗し、鈴音に声をかける。


「違ッ!! 体が勝手に――ッ!!」


正常な片目がナベショーに動揺の色を露わにし、彼女の意思に反して四肢の力が増していく。


ナベショーが力で押され、踏ん張っている両足がジリジリと後ろへ下がっていく最中、鈴音の喉の奥で何かが集中しているのを感じた。


まさか――ッ!?


鈴音は、嫌な予感がし、すぐに右手で口を塞ぐ。


それを目の当たりにしたナベショーは、何が来るのか瞬時に察し、彼女の腕を離して、同様に口を塞ぐ。


鈴音の左手は、隙ありと言わんばかりにナベショーの首元を捕らえ、軽々と彼の体を持ち上げた。


「うぐッ!!」


「――ッ!!」


ナベショーは、急所を掴まれて呼吸が困難となり、長い尾で周囲の地面を叩きつけて暴れ狂う。


鈴音もどうすれば良いか分からず、口を抑えながら必死に首を振り、疳之虫に抗うが、ふと彼の目を見た途端、得体のしれぬ何かが脳に入り込んできた。


これ、は――ッ!?


身に覚えのない映像が濁流のように流れ込んでくる現象が起こり、脳が混乱しているせいか、うまく整合することができない。


過多な情報量に鈴音が意識を失いかけた次の瞬間、ナベショーの先針が、奇跡的に彼女の腰に直撃した。


「げッはッ!?」


そのおかげで鈴音は我に返り、勝手に入ってくる情報もブツンと中断された。


しかし、暴走が止まったわけではなかった。


疳之虫は怒り狂い、ナベショーを高速で投げ飛ばすと、その先には――。


ッ!!


不意を突かれた無防備な志保が立っていたのだ。


人間砲弾と化したナベショーに衝突すれば、彼女の体はひとたまりもない。


絶望を察した刹那、射線上に突如、未来が乱入してきた。


「ぐッ!! 」


未来が即座に反応し、体を張って志保の盾となったことにより、直撃を免れることができたのだ。


しかし、勢いを殺すことはできず、志保ごと入口の戸に激突してしまった。


「志保ォッ!!」


鈴音は絶叫し、3人は教室と繋がっている引き戸を背にずるずると倒れていく。


そんな最悪の状況下、直樹は物怖じせず、地面に伏している3人に見向きもせず、ただ冷静に立ち尽くしていた。


疳之虫は、志保、未来、ナベショーのあられもない姿に、まるで3つも的を当てたと言わんばかりのゲスな笑い声を少女の声帯から発してみせた。


「――――ッけんなッ」


その時、宿主の震えた声が混ざりあった。


「――ざッけんなよッ?」


疳之虫の感情が伝わってきたのか、宿主である鈴音は、怒りの溶岩が込み上げていく。


疳之虫がそれに抗うかのように吠え散らかし、左腕を大きく振り払いだすが、突如、動きが止まってしまう。


「怪我させといてッ、笑い事じゃないでしょッ!!」


鈴音は、体の所有権は与えまいと力ずくで左腕を引き戻す。


「これ以上ッ、アタシの身体をッ、好きにさせるかァッ!!」


疳之虫が喚く中、鈴音も圧し負けぬ怒りをぶつける。


「調子にッ! 乗るなァァァァァッ!!」


喉が張り裂けるほどの怒号をあげると、片翼が肩甲骨に引っ込み、黒く染まった左目も、やがて本来の瞳へと戻っていく。


「はあッ、はあッ――」


背を丸め、疳之虫が心層の奥へと潜っていくのが分かり、ひとまず難を逃れたのだった。


汗を流し、一気に脱力感が襲ってきたが、膝に手をつけて体を支える。


「お疲れ様」


ようやく反応を見せた直樹に呼吸を整え、ゆっくりと振り向く。


そして、大事なことを思い出し、ハッとする。


「しッ、志保ッ!!」


ベランダに倒れている3人が視界に入り、中でも志保の姿に心が揺れ、ぎこちない足取りで彼女の元へと向かう。


「志保ッ!! ねェッ、志保ッ!! しっかりしてッ!!」


志保のそばまで行き、声をかけるが、瞼を閉じたまま返事がない。


「大丈夫だよ、気を失ってるだけみたいだから」


直樹は、動揺している鈴音をなだめ、未来やナベショーの状態を見渡す。


「とりあえず、保健室に連れて行こうか」


直樹の提案に鈴音は小さく頷くが、心ここにあらずの様子だった。


そんな2人を薄暗い教室の入り口から窺っている1つの影があった。


その者は、小柄で白衣をまとい、廊下からベランダで起こったことを一部始終見届け、落ち着いたと判断したのか、小さな歩幅でその場を後にしたのだった。




――かすかに消毒液の匂いが室内に染みついた保健室。


たまたま先生が不在だったため、直樹と鈴音は、力を合わせてベランダから1人ずつここへ運び、ベッドに寝かせていった。


「なんとか運ぶことができて良かったよ」


重苦しい空気に何気ない言葉が発せられる。


「幸いにも、()()()()()()()()()()()()()()()()、このまま休んでいれば多分大丈夫じゃないかな」


「えッ、あんなの食らったのに!?」


ナベショーを軽々と投げ飛ばし、未来が壁になってくれたおかげで、志保は直撃を免れることができたが、あの威力をまともに受けた未来は、ただでは済んでいないはず。


「運が良かったんだね」


直樹の結論に腑に落ちないが、それ以外考えられなかった。


「ただ、ナベショーがやられたのは想定外だったね。

多分、苦しくなって酸欠になったのかな?」


そう、潜在種であるナベショーが倒れるとは、予想もしていなかった。


タフな存在である潜在種を瀕死に追いやった疳之虫 哭戎種。


しかも、まだ3匹のうちの1匹でこの戦闘力。


強力ゆえに危険すぎるこの3匹を手中に収めるには、並々ならぬ困難な道のりであると痛感した。


「それで、上手くいった?」


「分からない…」


「…そっか」


直樹の質問に鈴音は自信なく答えると、彼はそれ以上を尋ねることはなかった。


正直、完全に手なずけた感覚はなく、疳之虫と喧嘩しただけだった。


ただ、今回の件がきっかけで、私は操り人形ではない、反抗意識があるという意志表示はできた。


些細なことではあるが、小さな一歩である。


「星さん、今日はもう帰りな」


「えッ?」


唐突に帰宅を勧められ、耳を疑う鈴音。


「疲れたでしょ?

3人のことは、オレが後で迎えを呼ぶから、星さん先に帰って大丈夫だよ」


「そんなッ、アタシもそばに――ッ」


「心配することはないよ。

これは、こういう事態を想定していなかったオレの責任でもあるから」


「それはッ、アタシにも――――ッ」


「星さん」


穏やかに説く直樹に、鈴音は退く様子がない。


「部長命令です」


「――ッ」


最後のセリフが妙に圧があり、鈴音は、ゆっくりと俯いたのだった。




――鈴音が退室後、静寂に包まれた保健室で、直樹は椅子に座り、スマホをいじっていると、入り口が開く音が響いた。


直樹は横目を向け、相手が誰か分かったとたん、スマホの電源を切った。


「お疲れ様です」


相手は沈黙のまま中に入り、静かに戸を閉める。


「先程はありがとうございました。

おかげで3人とも軽症で済みました」


窓から差し込む夕日に、白衣の裾と小さなサンダルが照らされる。


「そうですよ。

たまたま先生が通りかかっていなかったら、3人とも今頃病院のベッドです」


小さいシルエットに、カチューシャによって露わとなったおでこが、日差しで綺麗に反射する。


「それどころか、ベランダの戸に術で衝撃を緩和させてなかったら、教室の被害も甚大だったでしょうね。

修理費はァ、ん~、そうですねェ、

先生の給料数ヶ月分は飛んでいたかもですね。

まあ、そうなった場合は、突風が起こったとシラを切り通しますけどね」


楽観的に話す彼女に、直樹は改めて礼を言う。


「本当助かりました。

今後も何かあったらよろしくお願いします。

田中(タナカ) 最中(モナカ)先生――」





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