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「――ところで」
鈴音がカフェオレを口にしたところで、魁祥が尋ねる。
「衝動期――、ああっと、暴走したときは、どうやって収拾つけたんだ?」
魁祥は、鈴音の疳之虫がなぜ落ち着いたのか、それがコントロールするためのヒントになるかもと考えたのだ。
鈴音は、当時の事の顛末を話すと、魁祥の口角が徐々にへの字に下がっていった。
「あの時、アイツに身動きを封じられて、抵抗出来なくなって、疳之虫の感情が焦りから恐怖に変わったのが伝わってきたんです。
もしかしたら、アイツにビビってしまったのかも」
自身の見解も踏まえると、魁祥は、腕を組んで首を傾げる。
「ん~、まあ、一理あるかもなァ。
なんせアイツ、オレ等と違うし」
「えッ!?」
聞き捨てならない言動に、鈴音は魁祥に問いかける。
「“違う”って…、アイツは、疳之虫を使ってないんですか!?」
「違うぜ!? えッ、何!?
もしかして、これも教えてもらってねェのッ!?」
鈴音の反応に、魁祥は唖然としてしまう。
「お前、毎日アイツと会ってんのに何で聞かねェの!?」
「それは、その…」
言い淀む鈴音に、魁祥がピンときた。
「まさかッ、アイツのこと――!?」
「違います」
即答されてしまい、魁祥の予想は的外れとなった。
「ただ、アタシの疳之虫がやけにアイツに過敏になるというか…。
もしかして、アイツは危険人物なのかなと思って、自然と距離を置くようにしていたんです」
「へェ〜」
魁祥に事情を伝えると、彼は、どこか腑に落ちた表情を浮かべる。
「獣の直感 っていうのかねェ。
まあ、間違ってはいないと思うが…。
オレ等、疳之虫を扱う者からしたら、ケータは、宿敵みたいなもんだからな」
鈴音は、今まで抱いていた疑問を魁祥に尋ねる。
「あの…、アイツは何者なんですか?
超能力を使ったり、疳之虫を払ったり――、明らかにアタシ達とは違う存在ですよね?
それに、たまにアイツからただならぬ殺気を感じる時がありますし――」
魁祥は、ひとまずコーヒーで喉を潤して一息入れる。
「オレも詳しくは知らないが、この世には“火の霊力”を持つ奴らがいる。」
「火の霊力?」
「ああ、そいつらの霊力は特殊で、“浄化の力”を秘めている。
そいつらの霊圧は、豪火のように激しく燃え盛り、疳之虫や悪霊を消し去ってしまうほどらしい。
こちらの業界では、そいつらのことを“燈部”と呼んでいる」
「燈部――」
“ケータ君の身体がそういう体質らしくて、教えたくても教えようがないんだって”。
ふと、志保の言葉が頭に浮かんだ。
なるほどね、それは無理な話だわ。
何かしらの術的なものだったらわかるが、本人にとっては感覚的な話なのだろう。
それを教授しろと言われても困りものだよね。
「じゃあ、アイツのあの動きを止める能力は何ですか?」
「あァ、あれ? あれは知らんッ」
「…えッ!?」
鈴音の戸惑い様に、クスッと鼻で笑ってしまう。
「あれは、二年くらい前になるのかなァ。
オレがヤンチャしてた頃だったんだけど――」
――高校2年生の春。
来月で進級という時期に、オレは、学校をサボってバイト先の酒屋に向かっていた。
シフトで今日来るはずだった奴が、急遽来られなくなったとのことで、早めに出てくれないかと連絡が入ったからだ。
オレは、昼に目が覚めて授業を受ける気力も失せてしまっていたため、バイトに行くことにしたのだ。
カマハンの自転車を漕いでいる道中、ある少年が視界に入った。
その少年は、ニット帽を深くかぶり、マスクをつけ、上着のポケットに手を突っ込みながら歩いていた。
一見、話しかけるなオーラを醸し出しているただの一般人にしか見えなかったが、すれ違い際に、わずかだが感じ慣れた空気を察した。
それは、殺気を抑えながら獲物を探している狩人のそれだった。
…いっか。
オレは一瞬対処するか考えたが、優先順位的に相手をするほどの余裕はないと判断し、そのまま放っておいたのだった。
――夜になり、バイトのエプロンをロッカーにかけてタイムカードを押した。
店長から助かったとお礼に駄賃としてタバコを1箱手渡される。
オレは謙遜しつつも快く受け取り、酒屋を退勤した。
自転車にまたがり、もらったばかりのタバコに火をつける。
煙を吸ってニコチンが頭に到達した途端、疲れが一掃されていく。
本日の成果は、こいつとプラスαで残業代――、まあ、悪くはねェな。
高校生にとっては上々の報酬に満足し、タバコをくわえたままハンドルを握ってペダルを漕いだ。
――あ?
帰路に就くと、道路の向こう側である集団が群がっていた。
オレは気になってブレーキをかけ、視線を集中した途端、面白い光景が目に映った。
アイツは…。
大人4人の輪の中に、先程出会った少年がいたのだ。
4人は、長身でパーカーのフードを被り、素性を隠しているようだが、彫りの深い顔つきや顎髭で日本人ではないことは明白だった。
少し離れた場所に原付バイクが2台あったが、片方だけ 横転しており、エンジンが付いたまま放置されていた。
3人はナイフや警棒を持って詰め寄り、残った一人は、後方で右腕から刃幅が広く長い曲刀を顕現させていた。
潜在種…。
「わ〜お」
あまりにも分が悪い状況下、オレは呑気な反応をする。
ここは、本当に日本かと勘違いしてしまうほどだったが、近頃、違法移民や観光で来訪した外国人が日本人を襲うネットニュースが多く、地方でも珍しくなかった。
警察も国際問題には触れづらく、たとえ現行犯逮捕したとしても言葉が通じないため、釈放してしまうというご時世になってしまうほどだ。
福島でも空き巣や年寄りを狙った強盗、女子高生強姦など、テレビでは公表されずにSNSで騒がれている。
まさか、自分が現場を目の当たりにする日が来るとは思ってもいなかった。
だが、オレは、むしろ僥倖と感じた。
なぜなら、オレにとって喧嘩はスポーツであるからだ。
傍からすれば多勢に無勢な上に凶器まで所持している時点でフェアではないが、少年の半身の構えからは一歩も退く気配がない。
少年は、迎え撃つつもりなのだ。
この現状で勝機があると考えているのか、少年の姿勢に興味が湧き、自身の血の滾りを抑えつつ、淡い期待を抱いた。
まあ、危うくなったらオレが――ッ!
すると、少年が臆することなく仕掛けていった。
刃物を振り下ろされた瞬間に小さくかわし、少年がナイフを持つ腕に触れた途端、ジュウと焼け焦げたかのような音が響いた。
相手は、白い蒸気とともに悲鳴を上げ、その場で気を失った。
今のは――ッ!?
オレは、初めて目にした現象に驚き、少年の戦いに釘付けになる。
隙を見せた少年に、もう一人も続いてナイフを突きに行く。
しかし、寸前のところで刃先がピタッと止まってしまった。
「――ッ!?」
何が起きたのかわからず、混乱している間に少年の手が相手の腕を捕らえ、二人目も同様に撃沈させる。
地面に落ちたナイフは金属音を立て、残りの2人は、自分の身に危機感を覚えたのか、徐々に後退していく。
少年の圧に耐えきれなくなった下っ端らしき外国人は、一目散に潜在種を見捨てて逃げていった。
残った潜在種は、覚悟を決めて立ち向かっていき、曲刀を力強く振り下ろす。
だが、少年に反射的に避けられ、ワンステップで懐に侵入を許してしまう。
そして、腹部に手を当てられ、蒸気を発する中、叫び声をあげた。
顕現していた曲刀も気化し、潜在種だった外国人は、白目をむいて倒れこんでしまった。
「お〜」
見事な戦いぶりに、思わず感嘆が漏れる。
生き残った少年は、しばらく立ちすくんでいたが、地面に落ちていたある物に目をつけ、それを拾い上げた。
それは、ブランドものの手提げバッグだった。
アイツ――。
バッグを原付バイクのハンドルにかけた途端、視線を感じたのか、やっと俺の存在に気付く。
車の往来に阻まれながらも、互いに目を逸らさなかったが、警察官が息を切らして向かってくるのが見え、少年は都合が悪くなり、すぐさま走り去ってしまった。
――数日後、オレは少年と再会した。
場所は、古本屋。
オレがいくつか掛け持ちしているバイト先の一つで、勤務中、たまたま少年が立ち読みしていたのだった。
この面白い展開に、思わず鼻で笑ってしまう。
「よッ」
声をかけると、少年はオレを見るなり青ざめていった。
裏口に連れて行き、コーヒーをおごって素性を尋ねた。
少年は、躊躇いながらも長谷川 佳汰と名乗り、あの晩の出来事を一部始終聞かせてもらった。
あの日、徘徊していたら二人乗りの原付が通行人の女性からバッグをひったくり、逃走する場面に出くわしたらしい。
すぐ追いかけると後からもう一台の原付と合流し、そちらにバッグを手渡している隙に奇襲したとのこと。
自身が燈部であり、疳之虫を祓うことができる稀有な存在だと――、オレは聞けば聞くほど佳汰に興味を持つようになった。
――その後、空は夕焼けに染まり、自然と足は家へと向かう頃。
幼稚園に送り、迎えに来た外国人が、朝方ぶりの我が子を優しく抱き寄せる。
仲睦まじく手をつなぐ二人を遠くから窺っている一つの影。
帰路に就く二人の跡を追うため、一歩踏み出した次の瞬間、頭が涼しくなった。
「――ッ!?」
ケータが振り返ると、いつの間にか背後にいたオレに驚きを隠せなかった。
「――何しようとした?」
「…」
オレは、彼のニット帽をつまみながら、冷静に問いただすが、黙秘するケータについてこいと顎で指示する。
着いた場所は空き地だった。
野草がところどころに目立ち、道沿いに売り地と表記された小さい看板が立っている。
「――んで、何しようとしたんだ?」
「…別に、アンタには関係ないでしょ」
「関係あるんだなァ、オレ、目撃者だし」
改めて尋ねるが予想通りの返事が返ってきたため、平然とした態度でケータに訊く。
「許せねェか? アイツが」
「いや――」
「それとも、ただの憂さ晴らしか?」
「は?」
ケータは、オレの唐突な発言に耳を疑った。




