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「何言ってんスか? アンタ」
平静を装うケータに、オレは構わず続けた。
「お前を最初見かけた時、あれは、暴れたくて仕方がねェって感じだった」
「はッ、意味わかんね」
ケータは、根拠のない憶測を嘲笑う。
「だが、ただ暴れるんじゃ筋が通らねェ。
だからあの時、犯罪を探してたんだろ?
自分を正当化するために」
「何を言ってるのか分かりませんが、盗みを働く奴は、どこの国でも倫理的にアウトでしょ?」
「だからって、子供の前でやるもんじゃねェよなァ。
あいつ、あん時の外人だろ?
まさか、子供の疳の虫まで消そうとしたんじゃねえだろうな?」
「…」
図星を突かれたのか、しばらく口を閉ざし、ため息をついた。
「馬鹿馬鹿しいッスわ。
付き合ってらん――ッ!?」
ケータが呆れてその場から立ち去ろうと、踵を返した途端、意志に反して身体が静止した。
「あッ!?」
「――オイ」
すると、ケータは、オレの漏れ出る霊圧を目にして言葉を失う。
「話終わってねェよ」
ケータは、揺らめく霊圧に、どこか腑に落ちた表情を浮かべていた。
「なるほど、やっぱあん時――、アンタの仕業だったのか」
オレは、前髪をかき上げ、正体を明かす。
「御明答、オレは異能種だ」
両の邪眼を露わにし、ケータへの力を解くと、自由の身になったアイツは、オレの方へと体を向け直す。
「異能種――、知り合い以外で会うのは初めてですね」
改めて敬語を使うケータを気にせず話を戻す。
「まあ、別に見逃せと言うわけじゃねェよ。
悪ィことは悪ィ、そんなのガキでもわかる。
だがな、そんな未熟なガキにまで手出すことはねェだろ」
「そんなこと分かりませんよ。
子供は、親の背中を見て育つ。
いずれロクな大人にならない可能性が高い」
「だったら、今のうちに芽を摘んどくってか?
お前、本気で言ってんのか?
疳之虫を消すってことは、そいつの人生を大きく変えることになる。
中には、疳之虫を支えに生きている人間だっているんだぞッ。
ちっとは考えろッ!!」
「――ッ!!」
ケータは、ハッと何かを悟り、徐々に複雑な顔つきに変わっていく。
「――うるせェよ。
何も分かんねェ奴が語ってんじゃ――ッ!?」
その時、オレはアイツのニット帽を地面に落として踏みつけた。
「これで、オレも悪人か?」
「ッ!!」
黒い帽子が砂で汚れていく様に、ケータは動揺を隠せない。
「もし、お前の言う燈部ってのが子供の将来まで奪う薄情者だッつーんなら、今ここでお前をぶッ潰す」
「――はッ!」
オレの発言に、ケータは不意にあざ笑う。
「笑わせんじゃねえよ。
アンタ、オレに勝てるとでも思ってんスか?」
「粋がんなよ、小物が」
スイッチが入ったのか、ケータは、オレに正面から突っ込んでいった。
「――それで、どうなったんですか?」
鈴音は結末が気になり、マグカップを持つ魁祥に尋ねる。
「フルボッコにしてやったよ。
立てないくらい」
コーヒーを口に含み、当時のことを懐かしんで、つい笑みがこぼれる。
ケータに捕まったら最後、疳之虫を浄化されてしまうというリスクの高い戦い。
普通だったら、その場から逃げ出すのがセオリーだと考えていたが、この人は、逆に正々堂々正面からぶつかったのだ。
いくら調子に乗っていたとはいえ、ケータも本気だったはず。
そんなケータでも相手にならないなんて、この人、どれほどの実力を隠しているのだろう。
「確かに、あいつの考えも一理ある。
将来、その子供が親と同じように凶器を振り回して盗みを働くかもしれない。
疳之虫を覚醒させたら尚更だ。
悪用される前に祓うのが定石だろう。
けどな、そんな先のこと誰がわかるんだ?
子供なんて、育て方と環境でいくらでも変わる。
子供だっていつまでも馬鹿じゃねェ。
多少なりとも善悪の区別くらいできるようになる。
どういう大人になるかは、子供が選択するもんだ。
あいつがどうこう決めるもんじゃない」
鈴音は沈黙し、魁祥に気付かされてしまった。
アタシも何度か考えたことがある。
そもそも疳之虫なんて存在は、この世から無くなれば良いのではないかと。
事前に対処しておけば顕現した疳之虫が暴れることはないし、妙な真似をされる可能性は低くなる。
しかし、それが必ず良いとは限らない。
直樹やナベショーのように、疳之虫の扱いを理解し、力の使いどころさえ間違えなければかなり役立つ代物だ。
それを完全に否定し、排除するのはあまりにも極端で、あまりにも傲慢な行為だ。
ケータは、きっとそれに気づいたんだ。
そして、直樹達もそれを心得ているから、特設帰宅部の活動を緩くしているのだろう。
特設帰宅部 初代部長 三浦 魁祥。
この人が疳之虫との向き合い方を一から教えてくれたからこそ、今の彼らがある。
そりゃ、慕われるわけだ。
鈴音は、不意に鼻で笑った。
「なんだよ?」
「いえ、さすが初代部長だなと思いまして」
「いやいや、アイツ等が勝手に言ってるだけだからな?
オレは関係ねェよ」
「そうなんですね」
鈴音の反応に、腑に落ちない魁祥だった。
辺りは暗くなり、街灯が点灯し出すと、やがて道路を照らしだした。
「ハァッ、ハァッ、ゲホッ」
息を切らし、空き地の地面に転がる1つの人影。
「どうした? もう終わりか?」
オレは、埃とあざだらけのケータに声をかける。
「くそッ――!」
平然と無傷で立ち尽くしているオレを、悔しげに見上げる。
「お前、あの外人が許せなかっただけじゃねェだろ」
「あ"ッ!?」
唐突な質問に、頭が真っ白になった。
「一瞬だったけどよ、オレが止めた時、振り返る寸前の目つきがただの正義の鉄槌を下す、みてえな感じじゃなかったからよ」
オレは、タバコを取り出し、火をつけながら話を続ける。
「お前、父親って存在が許せなかったんじゃねェの?」
「ッ!!」
一息煙を吐くと、図星だったのか、ケータは目を見開いていた。
ケータの反応からして、家庭環境が原因とすぐ察し、彼のすぐそばでしゃがみ込む。
「人ってモンは、話すとスッキリするもんだ」
灰を落とし、頬杖をついて力尽きたケータに穏やかに語りかける。
「言ってみ? 聞いてやっから」
ケータは、しばらく渋って黙り込んでいたが、少しずつ語り出した。
女遊びと金遣いの荒い父親のこと――。
非常識で理不尽な母親のこと――――。
特に、母親からの恫喝と暴力が絶えなかったらしい。
離婚後、養育費を払わない父親のせいで生活は困窮。
母親は、彼に八つ当たりし、決まって父親をネタに不平不満を長時間話し続けられ、それでいかに父親がダメな存在だったかを体に直接叩き込まれたんだそうだ。
そんなバイオレンスな母親の顔色をうかがう日々に神経をすり減らして長年過ごしてきたのだと――。
何ともまァ、よくある話だと感じた。
父親は悪だと教育し、裏切られた鬱憤を子供で晴らす母親。
もし、それを外で公表しようものなら、家に帰った後、地獄が待っている。
被害者面するな、良い気味と思ってんだろと、あたかも自分を悪くないと主張し、子供を調教する。
他人の前で話す時は、親は悪くない、自分が間違っていたと主張を改めさせて事実の隠蔽を図る。
子供は、それに耐え続けた結果、心を閉ざし、何も言えない大人になっていく。
やがて、親の都合のいい奴隷と化していくのだ。
「――だから、罪を犯した手で子供の手を握るアイツが、どうしても…」
ケータが皆まで言わずとも言いたいことに大体の察しがつき、ため息混じりの煙を吐いた。
「だとしても、時と場合ってあんだろ。
オレの言ってる意味、分かるよな?」
「…はい」
諭されてぐうの音も出ず、弱った声で返事をする。
「もし、親の身に何かあったら、子供の気持ちくらいわかるんだろ」
「…すいません」
ケータの反省の色を目にした途端、灰が落ち、かなり短くなったタバコを、靴の裏で擦り潰す。
「まァ、でも、お前の言いたいことは伝わったよ。
“助けてくれ”ってな」
「――ッ!!」
オレが立ち上がると、ケータは、今まで口に出すこともできなかった言葉を告げられ、驚きを隠せずにいる。
「何ビビッてんだよ?」
「いえッ、何も――ッ!?」
そして、さりげなく差し伸べられた手に、さらに戸惑ってしまう。
「何してんだよ? ホレッ」
ケータは、恐る恐るオレの手を掴み、ゆっくりと引っ張り上げる。
立ち上がったのを確認すると、砂埃だらけのニット帽を払い、ケータに渡す。
「ほらよ、汚して悪かったな。
お詫びとしてラーメンでも奢るわ」
「はッ、はあ…」
これが、アイツとの出会いみたいなもんかな。
その後、まさかオレと同じ高校に入学してくるとは思ってもいなかったけどよ。
――当時を振り返り、魁祥は自然と口角が上がる。
「鈴音、アイツは、確かに普通の奴とは育った環境も境遇も違う。
けどよ、薄々分かってるとは思うが、悪い奴ではないんだ」
残りのコーヒーを飲み干し、空になったマグカップをそっと置く。
「仲良くなってくれとは言わねェが、怖がらないで欲しい。
アイツは、人を頼るということが苦手なんだ。
もし、アイツが困ってることがあれば、話を聞くくらいはしてくれないか?」
「えっ、と…」
鈴音は、魁祥の真っすぐな視線に動揺してしまう。
「まァ、話聞くくらいなら…」
目をそらしながら返事をし、自身のマグカップに口をつける。
「悪ィな、転校して間もないってのに」
「いえ、それくらいなら別に…」
すると、魁祥は自身のマグカップを持って立ち上がる。
「それじゃ、この辺でお暇させてもらうわ。
何か分からないことがあったら遠慮なく言ってくれ。
まァ、アイツ等がいるから必要ないと思うが」
「はい、ありがとうございます」
「おっと、そうだ――」
会釈する鈴音に踵を返すが、ふと何かを思い出したのか、再び彼女へと話しかける。
「鈴音」
「ッ? はい」
「アイツ等といて、楽しいか?」
唐突な質問に、一瞬、特設帰宅部の面々が脳裏に浮かぶ。
「…まァ」
「そっか」
魁祥は、恥ずかしくて姿勢を逸らす彼女を目にして満足し、退店していったのだった。




