: 3p.
後半、ゲームの風向きが一気に変わった。
相手がボールを持った時点で、すでにケータが目の前に立っていた。
あまりの詰めの速さに怯んだ後輩は、すぐさま他の者にパスを出すが、瞬時にカットされてしまう。
取り返すために足を繰り出すが、難なくかわされてしまい、ロケットのごとくその場から走り抜かれた。
くっそッ!!
追いつけない速さで、見事点を取られてしまう。
ケータにボールを持たせた途端、一気に緊張が走り、やがて点を取られる――。
その繰り返しだった。
アイツ、あんなに動けるんだ。
瞬発力と反応速度が先ほどとは比べ物にならなくなっていることに、鈴音は素直に感心してしまう。
「ラスト1分ッ!!」
保科が残りの寿命を告げ、後輩達は、さらに焦り始める。
「お前等ッ!! 上がれ上がれェッ!!」
速攻で終わらせるため、必死になって指示を出す。
パスを順調に繋げていき、ようやくゴール手前まで来た
ものの、その時、前線にいたはずのケータが眼前に立ちはだかっていたのだ。
「いつの間にッ!?」
後輩は、慌ててシュートをするが、ケータにカットされて弾かれてしまう。
フォローに来た後輩がボールを拾い、すかさずシュートを繰り出すが、ケータが反射的に左足を伸ばしてブロックする。
「――ッ!?」
そして、3人目がボールを持ち、ケータのわずかな隙に狙いを定め、彼の股下へと蹴り上げたが、それもケータに読まれていた。
「マジかよッ!?」
ケータは、瞬時に右膝を下ろして、股抜きを防ぎ切ったのだ。
ピィィィィィッ!
「ハイ、終了ォッ!!」
ホイッスルが鳴り響き、選手達の力みが一気に緩んだ。
6対5――。
見事ケータのチームが逆転したのであった。
皆、息切れで下を向く中、一人だけ余裕の表情でベンチに戻ってきた。
「はい、お疲れェ」
ケータがジャージの襟で顔の汗を拭っていると、志保が小さく拍手をして賞賛した。
「あの人…、スタミナどうなってんだ…」
フィールドに残っている後輩達は、ケータの背中を見て意気消沈する。
「なあ、お前。
あの人と同じ中学だったんだろ?
一昨年、お前んとこと当たったけど、あの先輩、見たこと無ェんだけど…」
体育座りで頭を埋める同級生に問いかける。
「そりゃそうだよ…。
あの人、ユニフォームを後輩に譲ったんだから」
「はッ!?」
「譲ったってどういうことだよッ!?」
耳を疑う行動に、周りは驚愕したが、彼は構わず続ける。
「ケータ先輩は、レギュラーに入るために努力してたらしいんだけど、一度も選ばれなかったんだ。
だから、中体連前にユニフォームを後輩にあげてベンチから外れたんだよ」
「嘘だろ…!?」
「自分からユニフォームを捨てたってのか!?」
衝撃の事実に、新入生は皆、唖然としてケータに視線を向ける。
しかも、履いているのはただの運動靴。
もしスパイクだったら、さらに点差は開いていたであろう。
新入生達は、プライドも折られたのであった。
「ケータ先輩、お疲れ様です。
これ、どうぞ」
林が寄ってきて、ケータにボトルを手渡す。
「ああ、ありがとね」
ケータが愛想笑いで受け取り、水分補給をすると、林の表情が若干緩んだ。
「それじゃ、アタシ達そろそろ行くわ」
疎外感に耐えられなくなった鈴音は、志保の肩にポンと手を置く。
「それで、結局何しに来たんですか?」
「気まぐれだよ」
ケータの問いかけに、鈴音は、ぞんざいな返事を返し、 志保の手を引いてその場から去っていった。
…何なんだよ。
ケータは、小さくなっていく二人の背中をただ眺めていたのであった。
――阿武急は、ゆっくり減速し、福島駅に到着した。
鈴音は、途中下車した志保に別れを告げた後、隣の空いた席におばさんが座り、スマホをいじりながら列車に揺られていた。
乗客がぞろぞろと降りる中、鈴音は、車内の空間に余裕ができるのを待ち、少し経ってからホームに足をついた。
東口のバスターミナルに出ると、日が沈みかけて辺りが薄暗く、バスが来るのを待ちわびている人々が立ち並んでいた。
どうしよう、暇ができてしまった。
いつもなら、害虫駆除の準備をしに家に戻るのだが、今日は、その予定がなくなってしまい、少々退屈さを感じていた。
聖曙女学園の時とは違い、恵梁高校は課題が無く、家に帰ってもやることがないのだ。
何も考えずにドトールの前を歩いていると、こんこんと窓ガラスをノックする音が耳に入ってきた。
反射的に視線が行くと、そこには、ガラス越しに席に着いている銀髪の青年の姿があった。
あの人は、確か――。
鈴音は、手を振る深浦 魁祥に軽く会釈した。
「――すいません、ご馳走になって」
「いいって、こちとら一応社会人なんでね。
奢って当然なんだから」
魁祥は、微笑みながら気にすることはないと告げる。
あの後、鈴音は、魁祥に手招きされ、戸惑いながらもしぶしぶ入店した。
彼から何でも注文してもいいと言われ、最初は断ったのだが、遠慮しなくてもいいと勧められたので、カフェラテを選んだのだった。
「最初会った時は、詳しく話し聞けなかったなと思ってよ。
つい声かけちまった」
「はぁ…」
深浦 魁祥――。
志保達の先輩で、恵梁高校のOB、そして、特設帰宅部 初代部長らしい。
後者は、本人が否定しているが、志保達が言うにはそうらしい。
皆、疳之虫についての知識をどこで得たのだろうと疑問だったのだが、妙に腑に落ちてしまった。
そういえば、この人、タバコ吸うんだっけ。
彼からほのかにタバコの香りがして、左手の二つの指輪を見てふと思い出した。
「ところで、えっと…、確か鈴音だっけ?」
「はい」
「お前、種族は?」
「…はい?」
鈴音は、唐突な質問にカフェラテを手に硬直してしまった。
「疳之虫の種族だよ、自分の。
わかんだろ?」
「はッ!? えッ!? 疳之虫の種族ッ!?」
鈴音は聞き返し、一瞬間が空き、彼女の反応を見て彼は察した。
「もしかして、アイツ等から何も教わってねェのか!?」
「はい、何も…」
鈴音の呆然とした態度に対し、魁祥もつい呆れてしまう。
言われてみればアタシ、疳之虫について何も知らない。
害虫駆除ばかり夢中になってて、疳之虫を払わなきゃいけないと、そればかり考えていたから、自分が相手にしていたものを詳しく知らなかった。
「あのな、疳之虫ってのは、主に2つの種族が存在するんだ」
魁祥は、二本指を立てて一から説明することにした。
「1つは潜在種、身体をかなり頑丈な鎧と化し、身体能力を向上させる。
車に轢かれた程度では死なない種族だ。
身近だとナベショーがそうだ。
次に異能種、超常的な力を発し、自由に駆使することができる。
ただ、こいつは潜在種と比べて数が少ない種族で、まあまあレアな存在。
それがオレってわけ」
魁祥から基礎知識を教わり、色々と腑に落ちた。
なるほど、だからナベショーは、アタシが暴走した時、ほぼ無傷だったのはそういう理由だったのか。
普通の人だったら、死んでてもおかしくなかったのに…。
「つーことで、鈴音、お前は何族なんだ?」
「えっと…」
魁祥から改めて尋ねられ、しばらく考え込む。
「今の説明で言うと、おそらく潜在種? かなと…」
「お~、そうなのか」
魁祥は、関心を抱きながらコーヒーを口にする。
「でも、もうできないので…」
「ん? どういうことだ?」
鈴音の含みのある言い方に、詳しく追究する。
「前は、身の危険を感じた時とか、キレた時だけ心の奥から出てきたんですけど、皆に助けられてからは出てこなくなったんです」
「んん!? 心の!? 何言ってんだ!?」
不可解な症状に魁祥は動揺してしまう。
「本来、衝動期を過ぎると、ある程度、疳之虫を扱えるようになるもんなんだが――ッ!」
魁祥は、噛み合わない話を一考していると、ある存在が頭に浮上した。
「…もしかしてお前、不眠症か?」
ッ!?
それを聞いた鈴音は目を見開き、戸惑いを隠せなかった。
「いえ、少し前まではそうでしたけど、今は…」
「幻聴とは別の…、何かが自分の中で騒いでたんじゃないのか?」
心当たりのあることを次々と言い当てられ、なんとか平静を保ち続ける。
「何か、まずいんですか?」
「…さっき、主に2つの種族がいるって言ったが、もう一つあるんだ。
それは、哭戎種――。
この種族は希少種で、さっきの2つと違い、宿主の中に3匹の疳之虫を飼っているって事だ。
人の心を読むことができ、並の人間以上の回復能力を持つと言われている」
一見、特別な能力を持つ疳之虫のようだが、魁祥は続いてこう答える。
「ただ、その虫達は個々の意思を持ち、上手くそいつらを従わせないと自我が崩壊し、廃人になると言われている」
「はい、じん…!?」
「オレも今まで会ったことはなかったから、噂程度の知識しかないけどな」
鈴音は唖然として、ここで言葉を失う。
「哭戎種は強力な種族だが、デメリットが大きい。
3匹の虫を服従させている間に心は病んでいくし、失敗した場合、重度の精神病になって虫達に身を乗っ取られてしまう。
異能種よりも希少な存在だと言われているのは、まあ、そういうことだ」
言いづらそうに伝える彼の言葉を、皆まで言わなくともなんとなく察してしまった。
要するに、寿命が短いってことか…。
鈴音は、当時の苦悩の日々を振り返る。
昼夜問わず疳之虫が金切声を上げ、不眠による頭痛を起こし、幻覚が見え、幻聴が聞こえるようになった。
確かに、あんなのがさらに続いていたら、アタシは自殺を図っていたかもしれない。
でも、今は――。
「それで――」
「んッ!?」
「どうしたら良いですか?」
彼女のまっすぐな瞳で端的に尋ねられ、魁祥は耳を疑った。
「つまり、3匹の虫をコントロールしてしまえば問題無いってことですよね?」
「まあ、その通りなんだけど――」
「じゃあ、その方法を知ればいいだけの話じゃないですか」
肝が据わっている彼女に、魁祥は、不意に笑みをこぼした。
「ハッ、OK、わかった…」
少女に対して、あまりにも酷なことを告げたかもしれないと反省していた自分が、あまりにも馬鹿らしくなったのであった。
「正直、方法まではわからねェ。
けどな、鈴音。
オレは、お前の覚悟を買ったよ。
オレも、オレなりに情報を集めてみるわ」
そう言って、自身のコーヒーを一口含む。
「あと、お前は一人じゃねえんだ。
仲間を頼れ。
これは、先輩からのアドバイスだ」
カップをテーブルに置き、鈴音に穏やかに忠告したのだった。




