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しばらく歩くと、ウォーミングアップをしている陸上部を見かけ、軽く挨拶を交わし、グラウンドの地面に足を踏み入れた。
グラウンドは二分に分かれており、手前は野球部が使用している。
ユニフォームを着た坊主頭の集団は、腹から声を出してランニングしていた。
そして、奥にはサッカーゴールが2つ設置されているが、そのうちの1つは、ひっくり返った状態で放置されており、代わりに一回り小さいフットサル用のゴールが用意されていた。
おそらく、これからミニゲームでもやるのだろう。
数人の女子マネージャーと男子が、等間隔にマーカーを地面に置いて準備をしている。
「あッ? 誰だあれ?」
ボロボロのベンチに群がっている新顔達がざわつきだし、こちらに近づいてくる見慣れぬ男子に、他の者たちも反応する。
「おッ! 待ってたぞッ! ケータッ!!」
ゴールポストに立っていたジャージ姿の保科が、彼の姿を目にした途端、自然と笑みを浮かべる。
「あれッ!? ケータじゃんッ!?」
「お久しぶりでェす…」
珍しい人物が来訪したことによって、痛いほど注目が集まり、場違いな空気の中、軽く挨拶を交わす。
すると、爆発頭で濃いゲジ眉の男子が、マーカーを持ったまま近寄ってきた。
「どうしたんだでお前ッ!? はッ!
さては、サッカー部復帰――ッ!?」
「違うから」
木村 景吾が期待の眼差しを向けてきたが、ケータは瞬時に否定した。
「俺が呼んだんだ。
たまには顔出せってな」
「はッ!? 意味わかんね」
保科が事情を説明するが、景吾は腑に落ちない様子。
それもそのはず、1年舐められすぎているから助っ人を頼んだなんて、さすがに口に出来るわけがなかった。
「ところで――」
ケータは、先ほどから気になっていたことを尋ねる。
「1年って、手伝わせないんですか?」
「あ~…」
保科は、バツが悪そうに景吾に一瞥する。
「実は、この間、1年達と揉めて罰ゲームとして1週間雑用をやることになってな…」
ケータは、すべてを察した。
「それで負けたと」
「そうだでッ!!」
景吾は、ヤケになって吐き捨てると、ベンチからヤジが飛んできた。
「先パ~イ、いつになったら準備終わんスかァ?
トロ過ぎんスけどォ!?」
後輩の礼儀を欠いた態度に、景吾はイラつき始める。
「テメェ等よォ! 俺らに勝ったからって、上下関係まで変わるわけじゃねェぞッ!!」
「何言ってんスか? 景吾先輩。
アンタが言い出したことッスよ!?
勝ったら自分たちのこと好きに使ってもいいってね。
俺等は、その通りにしてるだけですよ」
ベンチにたむろしている7人の1年生は、何も言えない景吾を嘲笑う。
「そんな無謀な賭けをしたのかよ」
相変わらずの無鉄砲さに呆れるケータであったが、視線を逸らした途端、一瞬で余裕が消え去った。
なぜなら、ある女子達がこちらに向かってくるのが目に入ったからである。
「なんだあの子等?」
普段見慣れない二輪の花がグラウンドにいる時点でかなり浮いているため、自然と注目の的となる。
志保は、ケータの姿を見つけては、ニコニコ と軽く手を振っているが、鈴音は、いつも通り眉間にシワを寄せて 怪訝な表情を浮かべている。
何でいるんですかッ!?
こっちの台詞だわッ!!
鈴音とケータが目で訴え合ううちにベンチに着き、志保は他の部員たちに会釈し始める。
「お前等、何か用か?」
「急にすいません。
サッカー部の見学をしたくて来ました」
「別に構わないが、冷やかしならお断りだぞッ」
「はい、わかりました」
保科が注意し、鈴音が了承を得ている中、ケータは、先程バイトで休むと伝えたばかりであるため、気まずさのあまり目線を合わせられない。
そんなとき、目の細い後輩が不敵な笑みで志保に近づいて行った。
「あの~、先輩達は、あの先輩の追っかけかなんかなんスか?」
「いや、アタシ達は――」
鈴音の返事など聞く耳を持たず、苦笑しながら否定をする志保に、後輩は、面白可笑しく詰め寄っていく。
「あッ! もしかして付き合ってんスかッ!?
もうヤッたんスかッ!? 彼氏さん上手いッスかッ!?」
声を大にして、思春期の質問を恥じることなくしてくる後輩の圧に、志保は、次第に怖気づいていく。
「ッてか、さっきから何で喋らないんスか!?
恥ずかしいんスかッ!? ねェッ!?」
初対面の相手に距離感がおかしい後輩は、志保の困惑した表情を楽しんでいると、突如、鈴音が割って入ってきた。
「しつこいよ、“童貞”」
「あッ!?」
鈴音が冷たく、静かに後輩の心を刺した。
「猿みたいに盛ってんなよ」
「はァッ!?」
頭一個分も目線が上の後輩に気圧されることなく、鈴音は、睨みをきかせる。
「おいッ! ミニゲーム始めるぞッ!! 早く来いッ!!」
保科が集合を呼びかけ、1年生は重い腰を上げていく。
「お~怖ッ。
そりゃモテるわけだわ」
後輩が舌打ちして、彼女から離れていく様子に、景吾は感心してしまう。
ケータは、愛想のない笑みをこぼしたのだった。
その時、ある一人がケータと目が合うなり、ハッと口を開けた。
「おッ、お久しぶりです…」
「ああッ! 久しぶり」
ケータに対し、戸惑いながら挨拶を交わす彼に問いかける。
「何? 中学の時の先輩?」
「あッ、ああ…」
一瞬にして顔色が変わった同級生を気にしている間に、保科から説明を受ける。
「今日は、スペシャルゲストを呼んできた。
2年の長谷川だ」
ケータは、決して自分は特別ではないと隣の保科に首を傾げる。
「紹介にあがりました、長谷川です。
保科先生からどうしても参加して欲しいと頼まれたので来ました。
とは言っても、オレもサッカーは長らくしていないので、ほぼ初心者として扱ってください。
よろしくお願いします」
「えッ!? 頼まれた!?」
「どういうことですか!? 先生!?」
ケータの口から聞き捨てならない事情を聞かされ、保科は、周りから問い詰められる。
「とにかくッ!!
ほらッ、ゲームやる時間が無くなるぞッ!!」
保科が動揺しながら、はぐらかしていると、ケータが運動靴であることに気づく。
「ケータ、お前スパイクどうした?」
「えッ、無いですよ、そんなもん」
ケータは、屈伸しながら答えた。
「何だよ、言ってくれてれば貸したのに」
「今日は、様子見に来ただけなんで十分ですよ」
足首を念入りにストレッチし、軽く背伸びをする彼に、それ以上言及せず、そのままフィールドから出ていく。
「よしッ、じゃあ始めるぞォッ!!」
こうして、保科がホイッスルを鳴らし、ボールの奪い合いが始まったのだった。
鈴音と志保は、ベンチのそばで立ったまま観戦していると、メガネをかけた女子マネが声をかけてきた。
「あの、良かったらどうぞ」
椅子を2つ用意され、座るよう促される。
「いえ、大丈夫です。
アタシ等、急に押しかけたようなものなんで」
「でも、この後長くなると思うんで、座った方が――」
「あッ、じゃあ――」
彼女の気遣いに少々困った鈴音は、志保を椅子に誘導した。
「良いよ。
アタシは、平気だから座ってな」
遠慮していた志保をおとなしく座らせて、ケータのプレーを観戦した。
素早く相手に詰め寄ったり、キレの良い切り返しをして味方にパスを送るが、トラップが甘く、すぐにボールを奪われてしまう。
そんな光景を見ているうちに、鈴音の元バスケ部の血が疼いてきて思わず右足が微かに反応してしまう。
隣にいた志保に気づかれてしまい、鈴音の顔を窺う。
「別に、何でもないよ」
澄ました表情でやり過ごすが、志保からクスッと小さな笑みが漏れ出た。
「あの、先輩達は、ケータ先輩の友達なんですか」
「友達というか、部活が一緒で――、えっと…」
「あッ、すいません。
私、1年の林 智美って言います」
…あれ? この子、後輩なの?
恐る恐る話しかけられて、やっと後輩だということに気づいた鈴音。
「あの、ケータ先輩ってどんな人なんですか?」
「どんなって言われても…」
1ヶ月ぐらいの付き合いしかない上に、一番距離を置いている相手のことなんて全く知らないし。
返事に困っていると、志保がスマホを林に見せてきた。
『優しい人だよ』
「はぁ…」
志保の独特なコミュニケーション方法や端的な返答に、少々戸惑っている様子。
この子、もしかして――。
「あの――ッ!」
質問の内容的に察した鈴音は、林に確認するため、声をかけた途端、ホイッスルが鳴った。
「はい、マネージャー! 飲み物用意してェ!!」
保科が、指示している間に、次々と選手達がベンチに戻ってくる。
林や他のマネージャー達は、クーラーボックスから飲み物を取り出し、汗だくの気怠くなった選手たちに渡していく。
「あッ、オレはいいよ」
後からケータも歩いてきたが、林から差し出されたボトルを微笑みながら拒んだ。
前半4対2。
只今、ケータのチームが劣勢だというのに、声のトーンや表情からして、なぜか余裕を感じ取れる。
「大したことないッスね」
ボトルを片手に、リーダー格であろう後輩が声を大にしてケータを嘲笑う。
「先生に頼まれたって聞いてどんな人かと思えば――、カッコ悪いとこばかり見せてダサくないスか?」
リーダー格に釣られて周りの1年も鼻で笑い出すが、ケータは一切動じなかった。
「何言ってんだ? 泥臭いのがスポーツだべよ」
「だとしても、結果負けてるじゃないですか。
結果が全てッスよ」
景吾がフォローするが、年下の敬意のない態度に苛立ちを覚える。
「どっちも正解だ」
そこへ保科が両者の間を割って仲裁に入ってきた。
「スポーツは、泥臭く粘り強くやるものだし、技を磨き続ければ隙のない完璧なプレイヤーへと昇華する。
それは結果にも表れる。
だからケータ――」
ケータへと視線を向け、本音を投げかける。
「いつまで遊んでるつもりだ?
真面目にやれ」
「…」
保科の指示に、ケータは軽くため息を吐く。
「別に遊んでるつもりはなかったんですけど――」
言い訳を吐露しながら、その場にしゃがみ込み、ズボンの裾を上げ始めた途端、周囲の目は一変した。
「えっ!?」
それは、膝下から足まで巻かれたウェイトだった。
総計14キロもの黒い枷を次々と外し、発達したふくらはぎの筋が露わとなる。
「はァッ!? 何だでッ、お前これッ――!?」
景吾は、驚きのあまり言葉を失う。
「重りだけど?」
「そんなんわかってんだでッ!!
こんなんいつから――ッ!?」
「辞めてからずっと?」
「はァッ!?」
激しく動揺する景吾に、当然のごとく受け答えをするケータ。
「そりゃ、何もしなかったら鈍っていくに決まってんじゃん。
最低限の対策くらいはするわ」
そう言ってウエイトを汚さぬよう、ボール入れの袋を下敷きにする。
「様子を見るだけのつもりだったのに…」
文句をこぼすケータ だったが、改めて後輩たちに視線を やる。
「お前等、結果が全てって言ったよな?」
リーダー格に確認を取る。
「ダサい真似すんなよ?」
「はァッ!? 格好つけてんじゃねェよッ!!
たかが重り外したくらいで――」
その後、彼は思い知ることとなる。
ケータの実力を――。




