2-6 ダンジョンの地形の正体
高原が連れてきた郷土史の専門家は、一言で言うと強烈だった。
「郷土史を研究している大学院生の白石さんです。フィールドワークとして参加されます」
「白石みちるです。よろしくお願いします!」
長靴を履いてヘルメットをかぶり、大きなリュックを背負っている姿を見れば、たしかにフィールドワークだと納得する。だが行く先はダンジョンなのに、学生のフィールドワークは許されるのか?
その白石は、勢い良く頭を下げた後、いきなり近づいてきた。
「本物の探索者さん初めて会いました。私この格好で問題ないですか? うわあ、すごい筋肉ですねえ」
三浦を見ると苦笑しているので、彼も知らなかったようだ。
さっそく入ろうと急かす彼女を押さえ、まずは必要な説明をしておこう。公務員コンビには必要なかったので、油断していた。
「まず、中では俺の指示に従うこと」
「はい!」
「俺より前に出ない」
「もちろんです!」
「勝手にダンジョンのものには触らない。危険なものもある」
「承知しました!」
返事が軽すぎる。
不安だ。ものすごく不安だ。絶対適当に答えている。
その予感は、入ってすぐに的中した。
「やっぱり、操山古墳群ですよ、これ! 古墳時代です。なんてロマン!」
「白石さん」
「すごいです! これ、すごい貴重な資料ですよ! 崩れる前の完全な形を保ってます。あー、これじゃメモリーカードの容量足りなくなっちゃう!」
ここはダンジョンという危険な場所だと分かっているのだろうか。まあモンスターが出るなら、三浦が参加を許可しなかっただろうが。
この先に不安しかない。
「撮っても無駄だ。出た瞬間に消える」
「え? でもスケッチは持ち出せるんですよね?」
「人が書いたものはいける」
「フィルムカメラは?」
「フィルムがダメになる」
「じゃあ、フィルムカメラで撮って、中で現像したら?」
目から鱗だ。俺たちはそういうものだと思っているし、報告にしか使わないので、情報を外に持ち出すことを深く考えたことがなかった。
攻略情報など持ち出せば、他のチームに盗られる可能性だってある。
「……その発想はなかったな」
「ちょっと現像技術、勉強してきます!」
「白石さん、落ち着きましょう」
いまから、現像を学びに行きそうな勢いだ。研究者という人種の情熱を甘く見ていたかもしれない。
田嶋を見ると、小さくうなずいたので、彼に任せよう。今日は、公務員コンビの護衛は俺がやるしかない。
「なんでダンジョンの情報って持ち出せないんですか?」
「分かっていない。が、入り口を通ったところで、全部消える」
白石が、古墳をいろいろな角度から見ている。興味が尽きるまで待っていると、三浦が質問してきた。
情報が持ち出されることを、ダンジョン自身が望んでいない。探索者のあいだではそう考えられている。
「あれ? 無線は?」
「あれだけだ。しかも帯域が限られている。だから、基本は使用禁止だ」
「そうなんですか? 使ってますよね?」
「異常空間対策庁の許可はとってる。ここは、俺たちしかいないからな」
緊急時のために、帯域を空けておく、というのがマナーだ。だが、ここなら使いたい放題だ。
「いったいコアは、どこにあるんだか」
「コアって何ですか?」
そうか。そこからなのか。
「ダンジョンの核だ。コアを壊せば、ダンジョンは崩壊する」
「攻略って、コアを壊すんですか?」
「稼げるダンジョンは壊さないで、ドロップを集める。ここはどうだろうな」
もともと、ダンジョン攻略とは、ダンジョンコアを壊すことだった。だがいまは壊さないほうが主流なので、意味が変わっている。
通常のダンジョンでは、コアに近づくほど強いモンスターが配置されている。だから、モンスターの強さで、なんとなくコアのありかが分かる。だがここは、モンスターがいない。つまり、コアを探す手掛かりがない。
白石の知識が、コアのありかを探す助けになるといいのだが。
その彼女は古墳をペタペタと触っている。田嶋が後ろから見守っているので、問題があれば止めるだろう。
森の中の古墳を探し歩く白石は田嶋に任せ、相良が飛ばすドローンの映像を見ている。
「海岸が変化するって潮汐ですか?」
「潮で海岸線が移動するのか?」
「遠浅であれば、かなり移動します」
探索者の常識が通用しないこのダンジョン、むしろ白石や三浦のほうが強いかもしれない。
ドローンが映している海に浮かぶ島を見ながら、そんなことを考えていると、戻ってきた白石がタブレットをのぞき込んだ。
「これって……」
「白石さん、何か気づきました?」
「もうちょっと右。逆、そっち、そう、もうちょっと」
画面を触って動かそうとしているが、操作しているのは相良だ。
「やっぱり……。吉備の穴海ーーーーーーー!」
突然の絶叫に、耳がキーンとする。
みんながのけぞっているが、耳元で叫ばれた俺が一番の被害者だぞ。
「これ、吉備の穴海ですよ。うわあ、すごい。児島が島だ! つながってない!」
「白石さん、説明してください」
「だから、吉備の穴海なんですよ。ほら、ここが児島。これが早島ですね。来てよかったー!」
説明になっていない説明だが、高原が何かに気づいた。
「吉備の穴海って、もしかして、古代に児島湾は海だったっていう?」
「そうです! すごいです! 神さま、ありがとうございます! 本物だーーー!」
いや、本物じゃない。ここダンジョンだから。ニセモノだから。
なんだか調子が狂う。
「海岸が移動するというのは、干拓事業ってことですか」
「きっとそうです。まずですねえ、島があることで潮流が穏やかなので、上流から運ばれた砂が堆積していって、少しずつ干潟になるんです。それから――」
リュックから紙を取り出して、それを見せながら話しているが、とにかく説明が長い。
いまやっと江戸時代が終わった。だがこれから明治の説明が続くらしい。
だが、高橋はうなずきながら聞いているし、三浦は白石に引きずられずに冷静に会話をしている。
相良と二人で目を合わせて、苦笑する。
田嶋が昨日記録した海岸線の映像を見せると、白石は、怒涛の如くしゃべり始めた。
「最初が古代ですね。これは、干潟になってるから、戦国時代あたりかな」
勝手にタブレットを操作しながら、説明している。
「ここ、ここで干拓が始まってます! ほら、ここに、倉田新田と沖新田ができます。百間川も。これ江戸中期以降ですよ!」
まくし立てているが、まったく言葉が頭に入ってこない。
ここがどこか分からないが、とりあえず地形変化のルールが分かった。それで十分だ。
「白石さん、よくわかりました。このダンジョンは、岡山の地形が、時代変化とともに再現されているということですね」
「そうです! ですから」
「では白石さん、そろそろ帰りましょう」
「もう少し、もう少しだけお願います! 早島が陸続きになるところまでは! なんとか!」
「今日はダメです。ここはダンジョンです。しかも初日です。これ以上は許可できません」
ごねる白石に、三浦はきっぱりとノーを突きつけた。
気弱な男だと思っていたが、言うときは言う。
「じゃあ、明日! 明日もいいですか?」
「まずは出てから、考えましょう。白石さんに何かあれば、高原さんが責任を取らされるんですよ」
「……はい」
駄々っ子のように聞き分けのない白石を、三浦が黙らせた。やるじゃないか。
ドローンを飛ばす起点としていたところから、ダンジョン入り口まで戻る。
そのあいだも、白石はしゃべり続けている。
「沖新田の干拓は、飢饉があって、それで進められたんですけど」
「……危ない」
「うわあ、びっくりしたー。滑り落ちるところでした。田嶋さんありがとうございます」
田嶋は、斜面に足をとられた白石の腰を支えて、平らなところまで戻した。
「お前、喋りながら歩くなよ」
「……現場では、まず足元」
「反応早いですねえ」
「元消防って、やっぱり違うんですねえ」
公務員コンビが感心しているが、この普通の反応がだんだん面白くなってきた。探索者ならこれぐらいできて当たり前だ。
「それで、江戸時代の干拓は、まず潮止を作って——」
「白石さん、足元見ましょうか」
「それで、波が来なくなったところ埋めていくんです」
白石はしゃべり続けている。
コアを探すのに役立ちそうなので、その知識をまとめて書類にしてくれ。
公務員コンビはそういうのが得意だろうから、頼んでみるか。
「うわっ!」
「……だからパパ言ったよね? 足元を見てって」
ん? 空耳か?
「パパ!?」
「足もと気をつけてください」
「いやいやいや、今パパって言いましたよね!?」
田嶋は何事もなかったように振る舞っているが、みんな笑いを抑えられないでいる。
寡黙な田嶋が、自分のことを「パパ」と呼んだ。
「田嶋さん、お子さんいくつなんですか?」
「……五歳」
「ってことは、私五歳ですか!?」
「お前、精神年齢は五歳だろ」
「白石さん、ほんと危なっかしいから……」
おもしろすぎる。田嶋とは今回初めて組むが、寡黙なだけではない一面に、興味がわいてきた。
「白石さんは、説明しながら歩くところが、うちの子に似てるだけです」
「似てるだけ、じゃない気がするんですけど!?」
「ほら、パパに怒られるから、足元を見て歩け」
ダンジョン攻略とは、こういうものだったか? 緊張感を保つのが難しい。
相良を見ると、真面目な顔であたりを警戒している。
入り口も近いので、まあいいか。




