5-1 決行
「台風、来ますね……」
「晴れの国、どうした!」
「台風もちょっとは空気読んでくれればいいのに」
言っても仕方がないが、それでも文句も言いたくなる。ダンジョン破壊時のシミュレーションでは、ギリギリ持ちこたえられるかどうか、という水量なのに、そこに天然の雨が加わるなんて聞いてない。
中国山地と四国山地に守られて、ほとんど台風が来ることはないのに、よりによってこのタイミングだ。何かの神さまに嫌われているとしか思えない。
「開始からコア破壊まで、練習通りの三時間で大丈夫でしょうか」
「さすがにもう想定外は起きないだろう」
「となると、上流ダムには、ダンジョン攻略を開始したら、放流を止めてもらうしかありませんね」
ただでさえダンジョンが突然水を吐き出すかもしれないという、不確定要素を抱え、ダムは流量の調整に神経をとがらせていた。そこにこの台風だ。さらに負荷をかけることになった。
台風がそれる可能性にかけていたが、直撃は免れない。
「夕方が干潮の今日しかありません。黒瀬さん行けますか?」
「準備は十分だ」
台風の雨雲がかかり始めると予報されているタイミングではあるが、今日の干潮を狙ってダンジョンを破壊するか。
それとも、台風をやり過ごしてから、ダンジョンを破壊するか。
予報以上の降水があれば、限界に近づいたダムの緊急放流で、ただでさえ洪水の可能性がある。
今日決行の場合、もしコアの破壊が遅れれば、台風の雨と、破壊によっておそらく吐き出される水が合わさって、洪水が発生する。
遅らせた場合、台風で増水中にダンジョンが水を吐けば、市の中心部が水に沈む。
どちらをとっても、リスクはゼロにできない。だったら――
ダンジョンを破壊してから、台風をやり過ごす。
今回は、失敗できない。
大丈夫だ。コアまでの道のりは、何度も予行演習した。できる。
「やりましょう」
今日ですべてを終わらせる。三浦は、静かに決意した。
外では、雨が降り出している。
各方面に、予定どおりの今日の決行を連絡した。もう、後戻りはできない。
もともと旭川と百間川流域には、台風接近に合わせて避難指示が出されている。
待機部屋で最後の確認を行っているが、台風の風が吹き始めたことが、音で分かる。
「白石さん、あなたは待機で」
「私も行きます! ……と言いたいですけど、私が行っても、足手まといだって分かっています」
「白石さん……」
「待ってます。ちゃんと大人しく待ってます。ありとあらゆる土地の神さまと水の神さまに祈りながら、待ってますから!」
コアを壊す瞬間を見たいと、危険も顧みず乗り込むと思っていた。
けれど白石は、静かな決意を目に秘め、いつもどおりの軽やかさで返した。
「ありがとう」
「ご利益ありそうじゃ」
装備の確認はすでに終わっている。あとは身一つ、ダンジョンに入るだけだ。
「高原さん、白石さん、あなたたちも避難してください」
「でも……」
「ここも避難指示の範囲内です。高原さんには事後処理を任せます。いまは安全な場所で、私たちを信じて待っていてください」
「美咲ちゃん、温かいお風呂の用意、頼むわ」
「……はい!」
高原はわずかに涙を含んだ目で、それでも笑ってうなずいた。
きっと大丈夫。全部が終わって、温かいお風呂に入って笑い合える。
この部屋を使うのも、今日が最後だろう。そんな感慨深い思いとともに、待機部屋のドアを閉めて、外に出た。
荒手に近づき、周囲を見回すと、すぐ目の前は、浸水の兆しが迫る川面。
そのとき声が近づいてきた。みんながそちらを向くと、配信者がカメラを回しながら入り込んできていた。
「見てください! 土木工事とか言ってますが、ガチの探索者がいます! やっぱりここ、ダンジョンだ!」
「やめてください!」
「お姉さん、やっぱりここ、ダンジョンですよね?」
「いますぐここから出てください!」
「ダンジョン隠ぺいのために、避難指示を出したんですね?」
三浦たちを背後に庇い、高原がカメラの前に立ちふさがり、毅然と返している。
遠くにいる警備員を手招きで呼ぶ。こちらに気づいたので、すぐ来るだろう。
「高原さん」
「ここは私に任せて、行ってください」
「警備員は呼んだから」
いまは、ここで時間を無駄にするわけにはいかない。
彼らに背を向けて歩きだす。
「あの人たちはどこに行くんですか?」
「台風で危ないんです! 避難指示に従ってください!」
「じゃあお姉さんは何で避難しないんですか?」
「私は、市民が避難を終えるのを見届ける義務があります。本当に越水の危険があるんです。いますぐ避難してください!」
聞こえてくる高原の言葉が頼もしい。黒瀬たちと視線を交わして、一つうなずいた。ここは、彼女に任せておけばいい。
「やばいよ。避難指示でてんのに、市役所の職員困らせてるってコメントが」
「でもダンジョンを隠してるんだ」
「職員さん可愛いって来てる。マズいって。俺たちが悪者になる」
「炎上する。逃げるぞ」
「台風の中ですが、隠ぺいしているダンジョンの真相に迫ってます。ですが避難指示が出ているので、従います。配信終わります。チャンネル登録よろしくね」
配信者が撤退していく声が、風と水の音に交じって聞こえる。
ダンジョン入り口へ目を向ける。
きっと、ダンジョンに足を踏み入れるのは、最後になるだろう。最後にしなければならない。
「上流ダム、聞こえますか?」
『上流ダムです。どうぞ』
「ダンジョン班です。これから攻略に入ります。攻略完了までは、可能な限り放流を引き延ばしてください」
『善処します。ですが、ダム崩壊の危険が出た場合は、放流します』
「承知しています」
限界まで耐えて、ダムが崩壊すれば、ダンジョン崩壊とは比較にならない被害が出る。
最悪の場合、ダムの緊急放流とダンジョンコアの破壊が重なれば、岡山市街地が広範囲に水に沈む。
ダムの限界が近づく前に、ダンジョンコアを破壊する。チャンスは、わずかな時間のみ。
一度大きく息を吸う。
「黒瀬さん、相良さん、田嶋さん、お願いします」
「ああ、行こう」
どうか、これ以上雨が降らないでほしい。




